世界で一番特別なTS娘
ペンギンフレーム
ep1 美少女は正義だな!
世の中には、大きく分けて二種類の存在がいる。
一つは、どこにでもいる有象無象。角の立たない言い方をするのなら、普通の人とでも言えば良いか。あえて悪く言うのならモブ。
そしてもう一つは、常人とは一線を画す選ばれた特別な存在。それはスポーツの才能だったり芸術の才能、あるいは抜きんでた美貌や特別な力を持つ者。例えばこの俺、大空きらら様という超絶美少女のように。
腰元まで伸びる森の精霊のような美しい深緑の髪に、パッチリした大きなエメラルドグリーンの瞳。肌は絹のように白くサラサラで、人魚の歌声のように麗しい声。同年代の平均身長よりも一回り小さい愛くるしい体躯。それでいて出るところは出ているという魔性のアンバランスさ。
町を歩けばその美しさに100人中99人は振り返り、さらにその半数はだらしなく鼻の下を伸ばすことだろう。
芸能界にスカウトされた回数なんて最早覚えていない。都をちょっと歩けばキッチリ身だしなみを整えたスーツ姿の女性や、だらしない恰好の男が名刺を片手に寄って来る。
まったく困ったもんだ。確かに俺は滅茶苦茶可愛いが、まだ世界中に名を知らしめる時期じゃない。有名になって動きづらくなる前に、俺にはやっておかなきゃいけないことがあるんだ。
「ワンコ、匂いはどうだ?」
「別に何も感じませんよ。ほんとに出るんですか?」
名前も碌に知らない田舎の小さなファーストフード店の一角で、揚げたてのポテトをつまみながら声を掛けると、俺の対面に座ってハンバーガーの包装を丁寧に剥がしている白いボサボサ頭の少年、通称ワンコがひくひくと鼻を動かしながら怪訝な視線を向けてきた。
ワンコに特別な意図がないのはわかりきってるが、身長差の関係で俺とワンコが顔を突き合わせると必然的に見下ろされる格好になる。
出会った当初はギリギリ俺より低いくらいだった背丈は気が付けばとっくに追い抜かれていて、時の流れの速さを感じさせると共に、平均身長にも及ばない自分の小ささを突き付けられているようで少しだけムカツク。
俺様を見下ろすとは、ワンコのくせに頭が高ぇ。
「なんか怒ってます?」
「別に。自分の美少女っぷりが恐ろしくなっただけだ」
実際のところ、見下ろされるのは好きじゃないが自分の背が低いことに対してそこまで大きなコンプレックスを抱いているわけじゃない。染色体にY字の一つでも含まれていればまた違ったのかもしれないが、何の因果か今生の俺は女。それもとびきりの美少女ときたもんだ。モデルやアスリートを志していたのなら高身長に憧れただろうが、可愛く振舞ってチヤホヤされるだけならむしろ背は低い方が良い。自分より背の高い女が好きって男は少数派だからな。
「ははっ」
「なんだその乾いた笑いはよぉ」
「言動が美少女のそれじゃないじゃないですか」
「えー、ワンコくんひどーい! きらら悲しい、えーん」
目元に手を当てて涙をぬぐう仕草をしつつ、チラッチラッとワンコに視線を送る。どうだこのクソボケワンコ野郎。俺様の美少女力にあてられて声も出ないか。
「いやもうあざといとかそういうレベルじゃないですよ。そんなコテコテのぶりっ子今時いませんて」
「ぶりっ子じゃないもん! なんでそんなひどいこと言うの……?」
胸の前で両手を組み、上目遣いで覗き込むようにワンコを見上げる。小さな体に見合わずそこそこ大きく育ったおっぱいをぐいぐいと寄せ上げて谷間がハッキリと見えるようにするサービス付きだ。
くくく、これまでこの美少女アクションで鼻を伸ばさなかった男はいねえ。言葉遣いが男っぽいとか行動がガサツとか、そんなことを言ってくるやつでもこうしてやればあっという間に態度は軟化。さらに積極的なボディタッチとかも加えてやればもうイチコロよ。こいつ、俺に気があるんじゃないか? なーんて勘違いしてソワソワし始めるんだよな。告られて振ってやると逆恨みされるんだが。
まあ、とはいえ、
「先輩だって仮にも女の子なんですから、そういうのはやめた方が良いっていつも言ってますよね? またストーカー増えたらしいじゃないですか」
ワンコはこれで堕ちねえからつまらないんだよなぁ。こいつと一緒に活動し始めてから大体二年ほど経ってるが、最初は赤くなってワタワタと慌ててたくせにいつからか女の子がみだりに肌を晒すもんじゃないとか言い出しやがって。お前は俺のお母さんかっての。つーか仮にもってなんだ仮にもって。こっちは歴とした美少女じゃい!
「ストーカーじゃなくてファンクラブな」
「実質ストーカーみたいなもんじゃないですか」
「実害はないし別に良いだろ。むしろ秩序が作られててこっちとしちゃ大助かりだよ」
「毒を以て毒を制すってやつですか。でも誰がいつ暴走するかわからないんですから、気を付けてくださいよ」
「ハッ! 本気で言ってんのかワンコ? 俺がユーザーでもねぇパンピーの集団に何されるってんだ?」
俺の罪深い可愛さに心乱されて暴走するやつは確かにいるかもしれない。だが、そんなもの俺にとっては何の脅威にもならない。
何人居るんだか知らねえけど、何十人、何百人で束になってかかろうがこの俺が負けるわけがねえ。
「そういう風に慢心してると足を掬われますよ」
「やれるもんならやってみろってんだ」
好戦的な笑みを浮かべているのを自覚しながら、新作ハンバーガーの包装を乱暴に破り、大口を開けてかぶりつく。
「んぅ!?」
一口食べてみて、その風味ですぐに気が付いた。
何とかその一口分はドリンクで胃袋に流し込んだが、これ以上は無理だ。
「このハンバーガー、ピクルス入りじゃねえか!」
俺はピクルスがこの世の食べ物で5番目くらいに嫌いなんだ! こんなもん食えるか!
「ああ、期間限定の……。ちゃんと確認しないからですよ」
「クソが! いつもピクルス抜き頼んでんだから注文の時に言えよ! こちらピクルス入りですがよろしいでしょうかってよぉ!」
こちとら美少女だぞ! 最高クラスのおもてなし精神で対応しやがれ!
「いつも来てるのはこの店じゃないっすよね。買っちゃったものはしょうがないんですから、好き嫌いしないで食べましょうよ」
「うるせー! ワンコのと交換しろ!」
「嫌です。普通に食べかけじゃないですか」
「美少女JKの食べかけバーガーが食えるなんて役得だろうが! 商品化したら最低でも一万は取るぞ!」
「発想が美少女じゃないというか警察に捕まりそうというか――ああ!?」
うだうだ言ってるワンコに食べかけのハンバーガーを押し付け、ワンコが持っていたハンバーガーを強奪する。強奪されたワンコが声をあげたが知ったことではない。文句を言われるよりも早く奪い取ったバーガーにかぶりつきモキュモキュと可愛らしく頬を膨らませて咀嚼しながら所有権を主張する。ワンコのも食べかけだったが、俺はワンコと違ってそんな些細なことは気にしない女。今生ではあまり見かけないが、かつては回し飲みだって当たり前の時代だった。最近の若者は軟弱でいけないなぁ。
「先輩、それは流石に……」
「シェアってやつだよ、シェア。今流行りのやつ。うん、美味いな」
「そんな流行り聞いたことないですよ。しょうがないですね……」
俺に何を言っても仕方ないと諦めたようで、ワンコはぶつぶつと文句を言いながらも押し付けられた美少女JKの食べかけバーガーを食べ始めた。まったく、どうせ最後は引き下がるんだからいちいち無駄な抵抗をするなって話だ。
とはいえ、俺がむさ苦しい野郎だったらワンコだってもっと本気で嫌がっただろう。やはり可愛いは正義ということか。美少女は何をやっても許される。THIS ISイージーモード。
「えへへ、間接キスだね、ワンコくん」
「っ!? げほっ! ごほっ! な、なんなんですか!」
「えー、だってワンコくん、最近冷たいんだもん。きらら寂しい……」
「あの、先輩の本性知ってる俺にそういうことして何の意味があるんですか……?」
「本性知っててもドキっとしねえ? 趣味だよ」
「ほんっと、悪趣味ですね!」
美少女ムーブで男を揶揄うことほど楽しいものはない。
まあ、変に恨まれるのも面倒だから基本的には本性晒した上でやってるんだけどな。揶揄ってるだけでこっちにその気はないってちゃんと態度で示してるんだが、それでも勘違いする奴は勘違いする。男みたいな口調で気さくに話してるのが逆に距離縮まってると思わせちゃうのかね~。
美少女はイージーモードとは言ったが、顔面偏差値の低い連中にはわからない苦労ってもんが美少女にもある。勘違い野郎に襲われそうになったことや、チャラチャラした猿どもとか柄の悪いゴミに絡まれた回数を数えようとすると、両手の指でも足りなくなってしまう。
本気の力比べになったら女の子は男に勝てないからな。そういう意味では完全なイージーモードとは言えないだろう。所詮、面が良いってだけじゃそこらの有象無象と変わらんのさ。我を押し通せる強さがなけりゃ、見てくれが良いだけのモブだ。
そして、だからこそ、やっぱり俺にとってはイージーモードだと言わざるを得ない。何せ俺は世界で一番特別な存在だからな。
「そもそも、――!」
また何か小言を言おうとしたワンコが、不意に言葉を切って顔を上げた。キョロキョロと忙しなく周囲を見渡しながら、しきりにひくひくと鼻を動かしている。
「先輩っ」
「ああ」
少しだけ焦ったように早口で俺を呼ぶワンコに対し、みなまで言わずにゆっくりと席を立つ。
ワンコの視線の先を見れば、ファーストフード店に面する車道の中心で棒立ちしている人影がいた。危くその人影を轢きそうになった車からけたたましいクラクションの音が鳴り響くが、まるで意に介していないようで微動だにしない。
「怪人だな」
断言するのと同時、人影が急激に膨張を始め桃色の肉が蠢く巨体で暴れ始めた。
クラクションを鳴らしていた車は団子状の腕の一振りで叩き潰され、一拍遅れて派手に爆発。膨張した人影に気づいていなかった店内の客たちも爆発音で事態に気が付き、ワーワーキャーキャーと喧しい悲鳴を上げながら出口へと殺到する。
全身の肉が膨れ上がったかのような気色の悪い巨人は狩りを楽しむかのように不愉快な笑い声をあげ、逃げ惑うモブどもを追いかけようと力強く駆け――出せなかった。
踏み出そうと力を込めていた足に、いつのまにか大穴が空いていたのだ。足に込めていた力が抜けて姿勢を崩した怪人が出来の悪い肉団子みたいな手を地面について困惑の雄叫びをあげる。
「ォオオォオオオォォォォー!?」
だが、それもほんの数秒のこと。桃色の肉が盛り上がり穴は見る間に塞がっていく。これだけなら、たかが数秒モブどもが延命しただけに過ぎない。
もしもこの場に、この大空きらら様がいなかったのならな!
「よう」
たかが数秒。されど数秒。ワンコの支援射撃で怪人がもたついたそのほんの僅かな時間の内に、俺は店の中から怪人の足元まで移動していた。余計な回り道は一切なし。店のでけーガラス窓をぶち破り、真っ直ぐ一直線に駆け付けた。
店の中からじゃよくわからなかったが、凡そ3メートルくらいか。原作情報では確か、サイズの分類が中型、強さは銀か純銀くらいだったはず。発生したてでこれなんだから、あんだけ凶悪になるのも頷ける話だ。だからこそ、ここで摘んでやろう。
「頑張って俺を引き立てろよ?」
「オ――」
そこからは最早一方的な蹂躙だった。怪人に悲鳴をあげさせる暇も与えない。再生すらも追いつかせない。俺の拳が巨人のブヨブヨした身体を叩くたびに、桃色の肉片が花火のように飛び散って消えて行く。
蹴りの一つで胴体が真っ二つに千切れ、それでもなお暴れようとした上半身を思いきり地面に叩きつけドギツいビビッドピンクの染みにしてやる。上半身の後ろ半分を失ってもなおピクピクと痙攣し息があるようだったが、頭部に当たる部分を踏み潰すとあっさり静かになった。
あっという間の出来事に、逃げ遅れて腰を抜かしているモブどもが呆然とした表情で俺を見上げる。
くくくっ、この俺のあまりの強さと美少女っぷりに声も出ないらしい。
でもなあ、それじゃあ駄目だ。この最強無敵にして空前絶後の絶対美少女である大空きらら様が活躍したってのに、こんな風に静まり返ってるのはおかしいだろ?
俺はモブどもの視線に応えるように高らかに腕を掲げ命令する。
「喝采しろ! この俺の勝利を!!」
夕焼けの空を切り裂くような鋭くも麗しい声が響き渡り、ようやく自分たちが助かったことを知ったモブどもがざわめき始める。最初は自身や親しい人間の無事を喜ぶ安堵の声から始まり、徐々にその関心は恐ろしい怪物を難なく打倒した俺の元へと収束していく。
「ユーザーだ……」
「オーラユーザーが怪人を倒してくれたんだ……! もう安心だ!」
「誰だあれ? 知ってるか?」
「公安のユーザーがたまたま近くに居たんじゃないか?」
「いや俺は知ってるぞ! 界隈じゃ最近少し名前が売れてる新進気鋭のプロユーザーだ! すげえ可愛い子で名前は――」
「なんでもいいよ、とにかく助かったんだ! ありがとうございます!」
ああ、これだよこれ! こうして称賛を一身に浴びている時が一番、俺の特別さを感じることが出来る。
可愛さだけじゃ駄目だ。面の良い女なんていくらだっている。特別になるために誰かに媚びるなんて死んでもごめんだ。
強いだけじゃ駄目だ。親しみを感じさせる要素がなければ、特出した強さはいずれ恐怖の対象に変わっていく。
俺はただ単に注目されたいのではなく、好き勝手してそれでも大勢のモブに認めらたいんだ。
そうすることで、俺は可愛さと強さを兼ね備えたこの世で最も特別な存在なんだと承認欲求が満たされる!
ああ世界よ、俺の可愛さと強さにひれ伏せ。肯定しろ。称賛しろ。
俺を誰だと思っていやがる。
「俺こそは最強無敵の美少女ユーザー! 大空きらら様だ!!」
高らかに名乗りを上げるのと同時に美しい緑髪を靡かせてモブどもに背を向け、戦いの余波でひび割れたアスファルトを強く蹴り一息の内に戦場跡から遠ざかる。
遠く離れ聞こえなくなったはずのモブどもの歓声が、いつまでも耳の中に残っているような錯覚を感じ、俺はその心地の良い余韻を味わいながらニマニマと可愛らしい笑みを浮かべた。
思い出し笑いでも可愛いんだからやっぱ美少女は正義だな!
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