四
或る日。
少し前に簡単なライン工のアルバイトを始めた。その帰り道に和食を食べたくなった。
古めかしい建物で、雰囲気の出ている店を見つけた。少し高くても良いと思った。給料はカバンに持っている。のれんを潜った。窓の外に庭園が見える席についた。風流だ。店員の持ってきたお冷も、心なしか上品に感じる。
一汁三菜。焼き鮭の定食を頼んだ。家で焼く鮭はまるで平凡であるのに、この店で見ると、随分な贅沢だ。こりゃいい。
鮭を一切れ口に運び、白ごはんを食べようとした。茶碗を持ち上げて、と思ったが、そうだ、私は左腕を失っていた。虚しくなった。反射でやろうとしたことができないのだ。不意に現実を突きつけられたように感じた。
行儀は悪いが、どうしようもないので、茶碗は机に置いたままで、顔を茶碗に近づけ、箸で口元まで白ごはんを運んだ。
半分ぐらい食べた。また一切れの鮭と、茶碗に顔を近づけて白ごはんを食べる。
あら、行儀がなってないわ。
ほんと。
近くの席で女性が二人で話しているのが聞こえた。
私のことだと思ってどきどきとした。
いやね、犬みたいよ。
茶碗が持てないのだもの、犬よ。
女性二人は言った。
私のことを言っているに違いない。急に食欲が失せてしまった。席を立ち、お会計をしてもらうことにした。
お残しよ、お残し。
犬でもご飯は残さないわ。
女性二人は言う。
お会計を済ませて店を出た。片腕で稼いだお金を払って、片腕がないことを馬鹿にされた。
なんて惨めだろうか。
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