海月ちゃん
美容院から帰ってきたユキちゃんの髪色が変わっていた。ファッションには疎いからなんて呼ぶのか忘れたけど、ショートヘアの裾と少し長めの襟足に赤が入っている。いつも目元に入れている赤いアイシャドーや服と同じ色だ。ほんとに赤と黒が好きなんだな。
「きれいな色だね」
「赤いくらげみたいでしょ」
「うん。目とお揃いだね。かわいい」
「ありがとう」
ユキちゃんは赤い口角をきゅっと上げて、頭をふりふりする。動くたびに髪が揺れて、本当に海月みたいだ。
メイクを落とす為に大きな卓上鏡をテーブルの上に置いたユキちゃんは、急に何か思いついた顔で僕を振り返った。
「ねえ、キヨくん、メイクしようよ」
「えー」
「絶対似合うから。やってあげる」
「やだ」
「ちょっとだけ。ね! おねがい!」
僕の手を握りしめて上目遣いにお願いポーズをするユキちゃん。僕がこの黒目がちで大きなうるうるの目に弱いことを熟知しているのが微妙に腹立たしい。
こういうことは初めてではなく、今までパックに付き合わされたり、新色のリップをお揃いで塗られたりはしていた。徐々にハードル上げられてない? しかも言い出すと聞かないんだよなあ。
「……わかったよ」
「やた! キヨくん大好き!」
ユキちゃんは僕に抱きついて大いに喜びを表現した後、そそくさとメイク道具を取り出した。顔を洗ってくるように言われたので、大人しくその言葉に従う。
いつもより念入りに顔を洗って部屋に戻ると、テーブルの上に化粧品やメイク道具がずらりと並べられていた。
僕の膝の間に座ったユキちゃんに、あれよあれよという間にヘアクリップで前髪を留められて化粧水やら乳液やらを塗りたくられる。
「はーい、ではまず下地を塗っていきまーす」
「美容系ユー〇ーバー?」
「じっとしててくださーい。うーん! キヨくん、お肌きれーい」
やけにテンションの高いユキちゃんに顔中撫で回され、なんかもういいかと脱力する。ユキちゃん楽しそうだし。
ユキちゃんは僕には使い途も分からない化粧品やブラシを次々と使って、聞いても分からない解説をしている。しかしこんなのを毎日やってる女の子って大変だな。
「キヨくんは顔が薄いから、こういうメイク似合う」
「薄いって言うな」
「ん-、じゃあ、さっぱり系?」
「どう違うのか分かんないよ」
「リップ塗るのでお口閉じてくださーい」
「……」
「はい、完成!」
僕に向けられた鏡を覗き込むと、そこには青ざめた顔の物憂げな男が映っていた。目元はユキちゃんと同じようにほんのり赤い。それはたしかに自分の顔であって、自分ではない気がする。……でも意外といいかもしれない。
「へえ」
「宇宙一かわいー! かっこいい天元突破! 写真撮りたーい!」
「それはやだ」
ディスったり褒めたり忙しくない? 鏡の中の艶消しされた病的に赤い唇が僕の声に合わせて動く。ユキちゃんは聞いてない様子で、カラコンを並べて悩んでいる。まさか。それ僕の目に入れるつもり?
これ以上新しい扉が開くのは嫌だなと思ったけど、またお願いされたら聞いてしまう自分がいることも否定はできない……。
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