やる気スイッチ

 ユキちゃんと一緒に大学のレポートをやっていたら、急に彼女がノートPCを閉じてそのまま後ろに寝転がった。

 ユキちゃんとは学科が違うから、出る課題も違う。もう終わったのかもしれないと思ったら、ユキちゃんは足をバタバタさせてクッションをバシバシ叩き始めた。


「あー、全然やる気出ない」

「終わったんじゃないの?」

「一行も進んでない!」


 威張って言うことじゃないと思うんだけど。ちょうど一区切りついた僕は、気分転換も兼ねてコーヒーを淹れに行く。


「ユキちゃんも飲む?」

「うん」


 ユキちゃんの好みに合わせてコーヒーに牛乳を入れて戻ると、彼女はラグの上に大の字になって、ぼんやり天井を見上げていた。


「あー。無限にぼーっと出来る。無限ぼーっと選手権なら優勝だわ」

「なに言ってんの。やる気のスイッチはね」

「知ってますう。5分10分でも始めたらやる気が出てくるんでしょ。分かってるけどその始める気力が湧かない時はどうすればいいの」

「とりあえず起きようか」


 僕はテーブルの上にカップを置いて、ユキちゃんの脇の下に手を入れて起き上がらせた。どっちにしろ起きないとコーヒーも飲めない。


「コーヒーありがと」

「どういたしまして」


 たとえやる気がなくてもきちんとお礼が言えるのはえらい。やる気について考えるのもえらい。ここは褒める作戦が良いのか。それとも少し厳しく言った方が良いのか。どっちもさらにめんどくさいことになりそうだな。僕は少し考えた末に、携帯のアラームをセットした。


「じゃあさ、時間決めてやろうよ。終わっても終わらなくてもいいから、その時間までパソコン開いて課題に取り組もう」

「うー」

「唸らない」

「にゃー」

「ニンゲンに戻ろう」


 猫の真似をして僕の脛を丸めた両手で踏み踏みしているユキちゃんを、心を鬼にしてまた元の席に戻す。


「猫のマッサージって仔猫が催乳する時の動きの記憶なんだって」

「足からミルク出ないよ」

「足の間からは出るよね」

「そっちのスイッチも押しません」


 ユキちゃんは可愛い顔して時々下品なことを言うからこっちが赤面してしまう。僕は動揺を悟られないように、ぐにゃぐにゃしてるユキちゃんの前にPCを開いて押し出した。するとようやく諦めたのか、彼女は溜息をつきながらキーボードの上に指を乗せた。


「ここから一時間頑張ろう」

「はい、パパ」

「こんな大きな娘を持った覚えはありません」

「つめたいわー」

「無駄口叩かない」

「はーい」


 しばらくキーボードを叩く音だけが響き、そのうちユキちゃんも集中し始めたようだ。時間の経過を報せるアラームが鳴っても気づかない。

 一足先に終わった僕はそっとアラームを止め、空になったカップを持って立ち上がった。お代わりを淹れてこようかな。

 結局やる気を出す方法とはなんなのか分からないままだけど、早く終わればその分二人で遊ぶ時間も増えるわけだしね。

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