好き嫌い

 ユキちゃんは偏食だ。いや、偏食というより、調理方法によっては食べたり食べなかったりする。

 たとえばトロロは嫌いだけど、短冊切りにしたものなら好き、とか。目玉焼きは半熟が良くて、固焼きは食べない。食べる時は塩。ケチャップは嫌いなのに、トマト煮込みやパスタは食べる。

 細かく細かく細分化して、自分の好みに完璧に合致するものを選んでいる。


 今日は新鮮なアサリが手に入ったので、うちで酒蒸しを作って二人で食べていた。他にも色々作ったから、いつも使っているローテーブルの上には料理がたくさん並んでいる。


「あ」


 急にユキちゃんが口を押さえて涙目になった。箸を置いて悶えているのを観察して、またユキちゃん的に重大な事件が起きたのかと考える。


「どうしたの」

「……砂が入ってた」


 ユキちゃんはお行儀悪くラグの上に横たわり、「もうご飯いらない」と膝を抱えて丸くなった。


「他にもおかずあるからそっち食べたら?」

「もういい」


 まるでこの世の終わりみたいな顔をして、僕の腰にしがみついてグズグズ鼻をすすっている。貝の砂でそんなにダメージ受ける? もったいないから僕は酒蒸し食べるけどさ。

 まためんどくさいモードに入ってしまったユキちゃんは放っておくしかない。僕は薄い背中をポンポンしながら、片手でご飯を食べ続ける。しばらくして落ち着いてきたらしい彼女は、僕の膝に頭を乗せてぽつりぽつりと話し始めた。


「貝を最初に食べた人はすごいと思うの」

「人類の偉大なる一歩だね」

「あの見た目の生き物を口に入れようとした勇気を称えたい」

「まあ、そうね」


 僕は箸で貝殻と身を分解してしげしげと観察する。たしかに見た目はグロテスクだよな。調理方法も確立してなかった頃の人類が、生のこいつを見て食べたいと思うだろうかと想像してみる。貝塚築くほどには人気食材なんだろうけど、多分、僕は先陣を切るのは無理だ。

 

「美味しいものがそこにあったんじゃなくて、生物はその食べ物が美味しいと感じるように進化したのよ」

「なるほど」

「でも砂が入る仕様なのは無理」

「仕様って」

「私の進化を妨げる」


 ユキちゃんは何に進化しようとしているんだろう。貝しか食べられない訳じゃないと思うんだけど。ユーカリしか食べないコアラみたいになるつもり? パンダだって笹以外の美味しいものあったらそっち食べると思うよ。


「これ全部食べちゃっていいの?」

「出汁はのむ……」


 ユキちゃんは咀嚼する僕の喉仏を見上げていたが、のそのそと起き上がり、キッチンから紙コップとコーヒーフィルターを持ってきた。慎重な手つきでフィルターに出汁を流し込み、コップに溜まった液体を検分する。


「よし」


 不純物が混入していないことを確認したユキちゃんは、紙コップに唇をつけて満足げに微笑む。どうやら僕の彼女は今何かに進化したようだ。

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