第25話 「リオン」

 sideテオドール


 僕は兄様が大好きだ。兄様はカッコよくて、天才で、優しくて、強くて大好きだ。だけど兄様は昔からそうじゃなかった。



『なんでこんなことも分からないんですか‼︎』


『ご、ごめんなさい・・・』


『ここの範囲が終わるまで授業はやめませんからね!』



 昔の兄様はよく怒られて、泣いていた。僕はメイドからなるべく近づかないよう言われていた。メアリーとじいやだけは兄様と仲良くしてくださいって言ってたけど。でも昔の兄様は多分僕のことを嫌ってた。



『あ、にいしゃま!』


『な、なに?用がなければ話しかけないで・・・』


『ごめんなさい・・・』



 話しかけるだけで睨まれて、避けられた。特に怒られた日や母上に会った後なんかに話しかけるだけで暴言を吐かれた。それで、はっとして申し訳無さそうな顔でいなくなる。


 僕の中で兄様は「弱い人」、幼いながらそう思っていた。



 だけど、兄様が三日間部屋に引きこもって出てこなかった。僕はそんな事を気にせずにメアリと遊んでいたら廊下を歩いている兄様と出くわした。だけど様子が違かった。いつもなら睨んでくるなり無視するなりしてくるのに「目があった」。初めて、兄様と目があった。それだけで嬉しくて抱きついたら頭を撫でてくれた。初めて撫でてくれたことに驚いたりもしたけど嬉しさが勝った。気まぐれと言いつつも優しくて、不器用な撫で方だった。だけど僕は生まれて初めてこんな嬉しいことはないと思った。



 その日から兄様は前向きに変わった。


 兄様のお陰で色々変わった。家も明るくなったし、楽しくなった。兄様に婚約死者が出来たときは僕の兄様なのにって思った。





 だけど、兄様が僕とクマゾーを守って死にかけたときは本当に、息が詰まって呼吸を忘れた。


 氷牙のお陰で兄様は生きてるし目も魔眼になって普通に生活できて安心した。でも、それ以上に兄様が『死ぬ』ということが怖かった。兄様が目覚めるまで毎日お見舞いに行ったし、鍛錬や勉強をサボってずっと隣で早く目が覚めてってお願いしてた。兄様が目覚めたときは本当に嬉しくて、二度と離れたくないと思った。



 そんなとき、兄様に気になったことを質問した。



「兄様、昔の兄様って僕のこと嫌いでしたよね?」


「……嫌い、というよりは苦手だったな」


「苦手?あの態度で?」


「昔の俺は人と話すのも、関わるのも苦手だったんだよ。だからテオのことも別に嫌いじゃなかった。それに、テオが羨ましかったんだと思う」


「僕が?」



 羨ましい?兄様がそんなこと思っていたの?兄様は僕の頭を撫でながら話す兄様の顔は悲しそうだった。兄様は最近表情筋が硬いって言ってるけど実はよく見ると口角や眉毛の動きで分かる。



「テオはまだ小さかったから教育なんてなかっただろ。特に俺は当主になるって決まってたから人からの期待が嫌いだったんだ」


「兄様は、人の期待が嫌いなんですか?」


「今も嫌いだよ、息ができなくなって誰にも届かない気がして。だから、テオが目をキラキラさせて話しかけて来ると少し怖かったんだ」



 頭を撫でるのをやめた兄様は懐かしむ様に話す。兄様は当主になるから確かにずっと勉強してた。期待が怖い、たまにパーティーに呼ばれて帰ってきた兄様はしんどそうなのは期待されたからだったんだ。



「でも、俺はもう逃げてばっかじゃダメだと思って前を向いてやって来たから今がある」


「今の兄様は僕は好きだよ」



 そういうと兄様は本当に悲しそうな顔をした。


 なんで?なんで、僕悪いこと言った?僕はそんな顔をさせたいわけじゃないのに。もしかして怒らせた?どうしよう、早く謝らなきゃ。兄様を怒らせるなんて。



「テオ、どうしたんだ?」


「あ、ぼ、僕、悪いことを・・・」


「ん?別にテオは悪いことしてないぞ」


「え、でも悲しい顔してたし」


「・・・前の俺はちゃんとした『リオン』で今の俺は彼を模倣したにすぎない。テオが『リオン』のことを好きなら、前の俺も好きであって欲しい」


「どういうこと、ですか?」


「今の俺は、ある意味偽物だからな」



 兄様、何言ってるの?いつだって兄様は兄様じゃないの?だけど目が、本気だった。


 いつもの優しそうで愛おしそうな目や、訓練で悔しそうだけど楽しそうな目じゃない。本当にそうなんだって思わせてくる様な目をしてる。



「兄様、怖い・・・」


「あ、ごめんなテオ。今日はもう疲れたし寝ようか」


「うん・・・」



 いつもの兄様の目に戻った。だけど、ちょっとだけ感じた恐怖はまだ残ったままだった。慣れた手つきで頭を撫でてくれるしいつも優しい兄様だけど、初めて兄様が怖いと思った。

 ◆



 ◆



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 ◆



 ◆

 朝、珍しく1人で起きれた。隣にはまだ静かに眠る兄様がいた。兄様の体に触れると服越しなのに冷たい。兄様は魔眼の影響で体の体温が人よりずっと低い。僕を守って目が潰れて魔眼になったけど、後天的に魔眼を得る代償で体温が極端に低くなって暑さにとても弱くなった。だから触るととても冷たい、雪みたいに冷たい。でもちゃんと心臓は動いてるからちょっと不思議だ。こんな冷たい人間なんて、普通死体くらいでしか感じないと思う。



「兄様、大好きです」



 まだ夢の中にいる兄様には届かないけど、昨日と同じ言葉を伝えるが反応はない。当たり前だけど言いたくなった、あの時の兄様の言ってる意味を理解したくなくて。兄様は兄様だから、偽物なんて存在しないんだ。


 兄様の腕を抱きしめてまた横になる。兄様は僕の体温が丁度いいって言ってくれたし、くっついてるだけでも僕は楽しい。



「兄様、僕は兄様がどんな人でもずっと大好きです。だから、僕に隠し事はしないでくださいね」



 頬にキスして僕は目を瞑った。くっついてたら兄様と一緒に起きれるし一番におはようって言えるから。

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