第16話 記憶と夢境

「なぁ、氷牙って封印される前に何かしようとしてたんだろ?」


「あー・・・しようとしてたがなんでお前が気にしてるんだ?」


「いや、契約を破るくらい大切なことをしようとしてたのなら俺はそれに償いをしなきゃいけないと思ったからな」



 ある日の夜、俺は氷牙の元を訪れた。あの本には氷龍について書かれていたけど氷牙については触れられていなかった。それに契約を破った理由も書いてない。


 しばらく一緒に生活して分かったが氷牙は義理堅い方だ。契約もおちゃらけた理由で破ることはないだろうからきっと氷牙にとってとても大切なことだったんだと思った。だから俺は、氷牙が今でもやりたいなら俺はその手助けをしなければならない、そう思っている。



「確かに大切なことだったな」


「なら」


「だけど、思い出せないんだよ。我が封印される前にしようとしてたこと、それに大切な人のことも」


「え・・・?」



 覚えていないってことか?確かに数千年経てば忘れてしまうかもしれないけど封印されていたのなら体も記憶も当時のままじゃ。



「封魔氷はかなり厄介なものでな。封印するためのものでもあるが、封印されるとどんどん力や記憶を封印するものでもあるんだ」


「じゃあ、記憶も封印されたってことか?」


「そうなるだろな。実際、かなり長い時を封印されていたから色々な記憶が朧げだ。幸いなのが魔法や戦いの記憶は残っているからな」


「・・・記憶を、取り戻したいとは思わないのか?」


「そうだな、取り戻したくはあるが我はどうすればいいかわからない。覚えてるのは大切な人に会いに行って、謝らなきゃいけないということだけだ」


「謝る?」



 氷牙は大切な人に会って謝罪をしたかった?



「なら謝りに行こう」


「お前には関係ない話だろ」


「いや、俺には責任がある。次期ウィンタリア当主として氷牙の記憶や力を取り戻すこと、それに大切な人に会いに行くというやらなかったことも全部俺が叶える」


「まだ力も名誉もない童がそんな豪語するとはねぇ、世も変わったもんだ」



 氷牙は三つ編みを触りながら微笑んだ。氷牙の優しく笑う顔を見たのは初めてだ。



「なら、ちゃんと約束は果たせよリオン」


「分かってる」


「それと、童にはもう遅い時間だ。早く寝ろ」


「あうっ」



 氷牙にデコピンをされて可愛らしい声を出してしまった。それとかなり痛いしヒリヒリする。氷牙におやすみと伝え自室にも戻る。俺はベッドに入って目を瞑る。


 いつもならすぐ眠れるのに、何故かまだ意識がある。さっきの話が気になったのかなと考えていると、一瞬浮遊感を感じた。浮遊感はすぐに無くなったけど怖かったぁー普通に。ジェットコースターとかの急降下するとかのフワッとするあの感じは少し苦手だ。


 それにしても中々眠れないなと思って一旦目を開けてみた。



「ここ、どこ?」



 目を開けたら知らないところの椅子に座ってた。


 周りを見渡すと屋敷と同じような中華家屋だけど色は全体的に赤枠と白漆喰の壁でかなりしっかりとした建物なのが分かる。あれ、俺さっきまで自分のベッドでぬくぬくしてたよな?なのにいつの間に中華家屋の中にいて、しかも来ている服も寝巻きじゃなくて正装になっていた。



「あ、起きた?」


「起きた…」


「はじめまして、僕は椿」


「リオンだ、よろしく椿?」



 混乱していると茶器を盆の上に乗せて奥からやってきた少女、椿と挨拶した。椿は慣れたように茶器を使ってお茶を淹れる。かなり手際が良いから何回もやってきたんだろう。椿は黒髪黒目で目元に紅色の化粧をしている色白な美少女だ。見た目からして16歳とかそれくらいだろう。


 椿は俺に茶を差し出してニコニコと笑う。だけど、普通にここがどこなのかもわからないのに手を付けられるわけがない!



「あ、ごめんね。ここがどこだかわからなかったよね?」


「嗚呼、ここってどこなんだ?俺は自室で寝ていたはずなんだけど」


「ここは『夢境』、僕の旦那様が作り出した夢と夢の狭間で夢を繋ぐ場所でもあるんだ。僕はここで暮らしてるの」


「夢と夢を繋ぐ狭間?」


「うん、たまに寝ている人の夢がこの夢境と繋がっていつの間にかここに来るんだ。リオンもその1人」


「なら俺の意識だけがここに来てるのか?」


「そうだと思う、旦那様がそう言ってたから」


「旦那様?」


「旦那様は僕の大切な人で大好きなの!あ、人ではないけどね」



 なるほど、だから俺が寝ていると思ったのに目を覚ましてみたらここにいたのか。体の方は多分休めているはずだから明日の訓練には師匠がなさそうで安心した。

 それに人ならざるものなら夢境なんてもの作れるのか。やっぱ異世界すごいな、感心するわ。しかし不思議だな匂いは感じられるし、茶器に触れれば温かさも感じるなんた夢じゃないのに夢なんて。



「椿、旦那様はここにいるのか?」


「…旦那様はここにはいないよ、遠くにいるの。ここを出てからずっと帰ってきてないの」


「…考えなしな発言だった、すまない」


「気にしないで。でも、旦那様は生きてるしこの夢境が崩れてないのなら無事だって分かってるから」


「旦那様が死んだらここも崩れるのか?」


「うん、でも生きててくれるだけでも嬉しいんだ。本当なら帰ってきて欲しいけど」



 悲しそうに笑う椿を見て俺は助けたいと思った。椿を見ていると、何故か氷牙の大切な人を忘れてしまったように本当は苦しいけど我慢している様な感じに見えたから。



「なら椿、俺が旦那様を見つけてくる」


「え、なんで?」


「椿を見ていたら助けたいと思ったから。それに、こんなところでずっと一人ぼっちは嫌だろ?俺も、昔は一人ぼっちだったから」


「・・・うん、1人は寂しいよリオン」


「だから俺が旦那様を見つける!そしてまたここで椿と会って、そしたら椿に直接会いに行くから」


「ありがとうリオン、すごい嬉しい」



 椿は明日から立ち上がって俺に抱きついてくる。ひぇ!胸が、胸に顔が埋まってる⁉︎ラッキースケベってやつ⁉︎俺は混乱と恥ずかしさで顔が真っ赤になる。しばらくしてようやく椿が離れてくれてほっと息を吐く。


 その後は椿に旦那様がどんな人なのか聞いてみた。



「旦那様はとても優しいよ、生贄にされた僕をここまで育ててくれてたくさん愛してくれたから!元々世の中には疎い僕にいろいろなことを教えてくれたの、見てて」


「蝶だ・・・」



 椿に言われて見ていると手のひらから蝶が生み出された。蝶は赤く、ヒラヒラと空を舞う。転生してからは本物じゃないけど初めて見たな・・・そう考えると俺って転生してから本当に知らないことばっかだなと再確認できる。



「すごいでしょ、僕の魔力から生み出したし結構使えるんだよ。旦那様は魔法も戦闘も得意でね・・・」


「椿、そろそろ見た目とかついて教えて欲しいんだけど」


「あ、ごめんね。旦那様は、古の獣の一角って言ってたかな?僕のことを生贄にした村では神様って呼ばれてたから」


「神様か・・・人の姿はしてるの?」


「僕の前じゃずっと人の姿だったよ。白髪で長身の美形で・・・ごめんリオン、ここまでみたいだ」


「椿?」


「そろそろリオンの体が目覚める。だからよく聞いてリオン。ここに来れることは本当に稀でもしかしたら2度と夢境に来れないかもしれない」


「!嘘だろ?」


「だからもし、ここにまた来れたらそれだけで僕は嬉しい。旦那様のことも、リオンの目的が終わった後でもいいし忘れてもいい」


「ダメだ!それは俺が許せない」


「リオンは優しいね。でもリオンのことを優先して」


「っ!なら、またここに会いにくる!だから椿、辛くなったら心の中で俺の名前を呼んでくれ!絶対、また夢境に来るから!約束だ!」


「・・・うん、約束!」



 どんどん視界が白く、ガラスみたいにヒビが入っていく。ピシ、と音がした時に俺は椿にある言葉を伝えた。その後すぐにガラスは完全に割れて椿の姿やあの光景は暗闇になった。

 ◆

 目を開けると見慣れた自室の天井だった。体を起こして窓の外を見る。ここはウィンタリア領で間違いない。


 俺は最後に椿に伸ばした右手を見た。最後の言葉は届いたのか分からないが、絶対にまた会いに行く。そして、約束を果たす。



「またな、椿」



















「またね、リオン。待ってる」



 山茶花椿の髪飾りをつけた少女は先ほどまで少年が座っていた椅子を見ながら笑って呟いた。

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