第27話『魔物を追って』
にれかは杳夜(ようや)に従って、杳夜(ようや)の運転する車に乗り込んだ。魔女は後からやって来た神職に託して、一路氷川水源まで車を飛ばす。件の闇市の主催が香水商だと発覚し、逮捕に向けて動き出す。香水商たちは氷川水源か浦和に向かうとの情報を得て、にれかと杳夜(ようや)は水源へ、薔子と征也(ゆきや)は浦和へと車を急がせていた。
「氷川水源は神職だって限られた決まった日にしか入らないのに、奴らは何が目的なんだろう。植物かな」
「私はそうだと思います。持ち去ることが禁じられている区域に入って、彼らは香水にできそうな植物を手に入れようとしているように感じます」
「逮捕の用意だな。営利目的の商売人に氷川を荒らされるわけにはいかない」
杳夜(ようや)はアクセルを踏み込んだ。夜闇の中を、灯りを付けた車が駆けていく。
「にれかさん、以前、自分の好きな香りで香水を作れる店の話をしていたのを覚えていますか?」
「ええ、真千花ちゃんが教えてくれたお店のことですよね。覚えていますよ」
「その店、件の香水商が元締めの店だったんだよ。仲間が事情聴取に行っててさ」
「そのお店が?」
「魔木禍が過ぎて二年……活気が戻っては来たけれど、不審なことがないか心配になるよ。藍沢さんの農園だって、近くにオーガニックを謳う八百屋が出ていたし……そういうことって、魔が近くに来ていて実際の現実が少しずつ変わっていくものだと神命(かみ)様は仰られているんだ」
「魔が近くに来ているから、実際に変わってしまう……怖いことですね」
「そういう日常の変化に、おかしいことはおかしいと気づけるようにしないとと思ったよ」
杳夜(ようや)はひとも車もまばらな道に入ると、速度は上げながら静かに車を飛ばした。氷川水源はもうすぐそこに迫っていた。水源の奥の瀧と水が湧く山から町に向かって風が吹いていた。魔の訪れを告げる夜、にれかと杳夜(ようや)はその風が含んだ魔木の瘴熱から発せられる震えを肌に感じ取っていた。
魔がどうやって魔のいない場所を浸食していくのか、にれかと杳夜(ようや)はそんな話を車の中で続けていた。変わりゆくことがおかしかった場合に、気がつけない自分がいたときには、自分が既に魔に入られているのだと結論づけて、杳夜(ようや)はにれかに言った。
「もし俺が魔に入られておかしなことを言っていたら容赦なく祓ってやってほしい」
「そうならないことを願いますわ」
杳夜(ようや)は唇を結んで沈思した。例え修行と潔斎をしている神職であっても油断をしてはいけないと思っていたのであった。魔は必ずしもひとの姿を借りて現れるとは限らない。魔木や、普通の植物が木霊(ドラド)に憑依されたためにその種を運んでくることもあり、目では判断が付かないことだってあるのだ。
杳夜(ようや)は氷川水源の位置を示す看板を見つけると、そこで減速してハンドルを切った。夜の闇は一層濃くなっている。彷徨うだけの木霊(ドラド)の声が、夜の森には谺する。にれかはそっと杳夜(ようや)の横顔を見つめた。精悍な顔は、硬い表情を保っている。にれかは胸にそっと手を当てると、心臓の鼓動を数えた。生きている感覚と、誰かのための仕事に飢えて忘れがちな鼓動を。
心臓は緊張しているようであった。氷川水源に入るのは久しぶりのことであった。夜になど訪れない場所であったから、本来畏れを抱くべきものに対して恐ろしい感覚を覚える。指先を握り込んで、にれかは前を向いた。車が鳥居をくぐる。
にれかは車内で軽く頭を下げて会釈をすると、再び闇の中を進み出した車の中で顔を上げた。
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