第26話『暴かれる魔女』

 亜久郎(あくど)たちが結界の中に閉じ込められる少し前のことであった。大宮駅前の酒場で、魔女が見つかったのである。卑猥な暴言を吐きながら暴れているとのことで、町民に取り押さえられたとのことだった。氷川神社に連絡が入り、魔女の扱いに長けているにれかが、多侑を伴って駆けつけることとなった。氷川神社からは分かりやすい場所であったが、少し距離があったため、にれかは急いで現場へ向かった。鞄の中に、魔女に与える薬を少しだけ用意すると、大宮駅前に向かう。


「魔女が出たって、どんなひとだろう……怖いなあ」

「魔女と言っても寓話に描かれるような姿はしていないんですよ。何処にでもいる、普通の女の姿をしています……尤も」


 にれかは魔女に初めて遭遇するという多侑に魔女とは何たるかを解説していた。魔女は容姿こそ普通の人間と同じ姿をしているが、その心根や魂胆は甘く見ることが出来ない生き物なのである。


「魔女は人間の変異種、悪魔と同じ異種生命体といってもいい生き物です。同じ人間の容姿や格好をしているけれど、その生態は常に、人間を貶める魔としての、ひとの真逆を行く生き物なんです」


 酒場に着くと、暴れている女が一人、取り押さえられていた。店ににれかと多侑が入ると、町の人々は待っていたと言わんばかりに二人を迎える。女は怒っているのか、上気して罵詈雑言を口にしていた。放せと言って喚いている。町民の方はと言うと、魔女を逃がすな、捕まえておけと息を巻いていた。にれかは多侑に指示を出してから、人混みを中を割って進んでいく。


「多侑君、魔女を押さえて貰えますか? 身体が、暴れ出さないように」

「拘束する感じですか?」

「そうですそうです、お願いしますね」


 にれかは鞄の中から緑色の紙みたいなぺらりとした薄いものを取り出すと、それを半分に折って小さくした。それを持ったまま、魔女に近づく。


「荊です、魔女は何処ですか」

「あっ、にれかさん」「此処です此処です!」「畑を枯らした女かもしれないんですよ」


 魔女は一見すると二十代前半くらいの容姿の女であった。放せ、黙れ、くそが、などと周りの人間に何か言われる度に頭のない暴言を繰り返している様子であった。にれかは魔女が誰かを確認すると、魔女の前までつかつかと歩み出た。そのまま持っていた緑色の薄紙を、何と素早く魔女の顔面に叩きつけるような速さで、その口の中に叩き込んでいる。魔女は豆鉄砲を喰らった鳩みたいに縦に震えた。口の中に入った緑色の薄紙は、紙なのにオブラート状に舌の上で姿を変えてしまう。みるみるうちに溶けてしまって、女は自分が突如暴行にでもあったかのように悄然とした。

 魔女の口の中で、この世の物とは思えない苦みが炸裂した。女はかがみ込むように膝をついて倒れ込むと、その場で激しく嘔吐を始めた。周りの人間が引いてしまう中、にれかだけが冷静に、その女を見下ろして呟いている。


「魔女ですね、この女」

「に、にれかさん、何をしたんです」


 胃の中身がなくなるのではないかと思うくらいの激しさで嘔吐を続けている女、魔女を見下ろして、多侑が尋ねた。にれかが最前、女の口の中に何かを突っ込んだのは分かっていたが、一気に争う意欲が無くなってしまったのか、周りの人間も静かになる。

 にれかはさらりとした口調で、先程の緑色の薄紙が何であったのかを説明した。


「これは苦艾(にがよもぎ)を加工して紙状に変化させたものです。魔女を割り出すときに苦艾は効くんですよ。魔女や魔は、苦艾を摂ると嘔吐しますから」


 にれかは腰に佩いていた小ぶりの刀の柄を手に取ると、それを軽く振った。刃の代わりに荊の蔓が、鞭のようにしゅるりと伸びたので、にれかは棘のついたその蔓で魔女を拘束した。魔女押さえの型があり、魔女が魔力を行使できないようにするための押さえ方があるのである。にれかが縄のように荊を扱うと、縛られた魔女は大人しくなった。


「でも、どうして魔女だって分かったんですか?」


 多侑が居合わせた町の男性に尋ねた。何でも酒場で相席になった女が、酒に酔って自分の言葉で植物が枯れると話をし始めたことが発端だったという。何の話かと思って深く聞いてみると、自分は言葉で植物を操れると豪語しだした。その内容が、植物を枯らすこと一辺倒であったので、おかしいと思ったそうであった。


「確かに……植物を操れるなら、元気に出来たっておかしくないのに」

「植物を駄目に出来ると力の自慢を始めたので、変だと思ったんです」

「魔女だと思われて当たり前ですね」

「それで、言葉で植物に悪影響を与えられるのは魔女しかいないと思って、お前は魔女なのかと問いただしたら怒って喚きだして……魔女だったら悪いのかって」


 多侑が眉根を寄せてにれかに訊いた。


「にれかさん、魔女って魔女ていうだけで悪いんですか」

「勿論ですよ。魔女は生きているだけで本来は罪なのですよ。人間の生の真逆、でも死ではなく本来排泄のようになくなるべきものなんです」

「それで、荊さん。この女、野菜を枯らしてやったって言っていて。ちょっと気になっていて」

「野菜を? ……それって!」


 にれかははっと何かを思い出して、縛っていた魔女に問い詰めた。


「水祭りに奉納する野菜を育てていた農家へ悪事を働いたのはお前か!」

「まさか、奉納野菜を!」


豊穣を願う祭りのために野菜を育てていた農家の藍沢農園という農家が、神命(かみ)方と氷川神社に奉納するために大切に育てていた野菜が突然萎れてしまったことは記憶に新しかった。にれかが鋭く問いかけると、魔女は項垂れたまま自分がやったことを首肯した。


「わたしが呪文を言った……神命(かみ)への贈りものなんて枯れればいいと思った」

「何て奴だ」「魔女ってそんなことができるのか」「ふざけるなよ」

「畑の土地をお祓いした方がよさそうね……あら、雨霧さん」


 にれかが溜息をついたとき、にれかが耳に着けていた無線機が埋め込まれたイヤーカフスから通信が聞こえた。相手は氷川神社にいる杳夜(ようや)である。


「此方は魔女を捕らえました。今から氷川神社に連れていこうかと思ってて」


「実は、逮捕者からの証言を受けて今から氷川水源に行くことになりました。今からにれかさんのいる場所に他の仲間と向かうんで、にれかさんは俺と一緒に来てくれませんか?」


 探し人が逃げた方面に同じく香水商の部下たちが向かっているとの知らせを受けて、目的地が同じだからと征也(ゆきや)が薔子を伴って闇市の犯人逮捕に一役買って出てくれた話をさっと共有して、杳夜(ようや)はにれかに同行を頼む。


「承知しました。私も水源に行きますね」

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