第23話『魔物を含む者たち』
香水商を乗せた車が氷川の森を進んでいた。向かっている場所は氷川水源と呼ばれている、この町で一番大きな水場であった。神社の真裏、蛇の池の離れになる森の奥に位置している。
大型の車の中には、香水商とその部下たちの他、亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)も乗っていた。用心棒として抱え込まれたので、同行していたのである。香水商は氷川水源の水を採取するべく、夕闇が濃くなってきている宵の中を車を走らせる。車の中で亜久郎(あくど)に、香水と植物市に出店していたことに何の関係があるのかを話していた。
「最近大宮の駅前に香水店を出店してね、この町の水を使う足がかりにしようとしていたんだ」
「大宮の植物市には去年から参加している。部下たちと、複数店を出しながら、同時にたくさんの植物の買い付けもしているんだよ。なかなか面白い植物が出回っているんでね、いい買い物になるんだよ」
「魔木ってやつ、買っていいの?」
「流通している品種もあるんだよ。この町に数年前に大量発生した品種はまだそういった名目では出回っていなくて買えなかったがね」
分かっているやらいないやら、興味がある振りをする亜久郎(あくど)には気づかずに、香水商は話を続けた。
「とはいえ、魔木を買う者はあまりいないようではあるね。私が魔木を買う理由は香水に使うためなんだよ」
「魔木は危険だが、香りがいい」
「今は色魔木を使って媚薬成分が入った香水を作りたいと思っていてね」
「売れそう、それ」
亜久郎(あくど)が追従して口角を上げた。
「買った魔木は自分の敷地に持ち帰って、そこで育てることもしている。香水の原料になる香料を取るためなんだよ」
「たくさん栽培して事業に使おうと思っていてね」
「? 育てることはいいの? 怒られるんじゃない?」
「……まあ、法には抵触するだろうな。そこは合法化されている似た植物だということにして誤魔化すまでだ」
香水商は大宮から浦和に出てから国外脱出するつもりらしかった。同乗した亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)は浦和の先にまで同行することとなったが、鼠奈(そな)の隠れ場所を得るために、亜久郎(あくど)はこの香水商のお抱え用心棒になるのもいいかもしれないと画策を始めていた。商売の手伝いもして少し金をもらう約束もしていたので、このまま国外に身を潜められる場所を用意できるかもしれないと短い沈黙の内に思案する。
「関所、破るつもりなの? 行けんのかな」
「なに、関所は破らない。そんな荒っぽい方法は危険だからとらない」
「じゃあどうすんの?」
「浦和に貨物車両を二両用意してある。それに密航してこの国を出る」
「荷物に紛れてか……成程ね」
香水商曰く、浦和から先の道には協力者が待っているとのことでそこまで車を走らせて向かうのだという。一般貨物運送に利用される形の車を用意していて、それに荷物を積み込み、自分たちもコンテナに乗り込んで移動をする。
「道はあるの?」
「災害対策水路に併走するように作られている下道があってね。夜は殆どひとは通らない。そこを通過して関所を避けられるんだよ」
香水商は亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)の事情も聞いていたので、浦和にいるという亜久郎(あくど)の知人についても言及した。
「浦和に知り合いがいるんだったな、連れてきても構わないが」
香水商は余裕の態で、亜久郎(あくど)の都合まで考えてくれている雰囲気を醸し出していた。亜久郎(あくど)はどうやら香水商に気に入られたらしかった。懐に入っているだけだと思いながら、亜久郎(あくど)は何か考える表情になったまま、沈黙したのだった。
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