第20話『相容れないもの』
「埼玉王国には魔木禍のときに出た植物病を患っているひとが多いと聞いていましたが、にれかさんもそうだったんですね」
「そう見えないからね」
征也(ゆきや)は杳夜(ようや)と一緒に帰りながら話をしていた。帰り道が近かったため、体調を崩したにれかの話になっていた。自分が聞いていた埼玉王国の詳細と、実際に出会った人々のことを照らし合わせて、にれかも薔子もとても病を抱えて生きているようには見えなかったという征也(ゆきや)の言葉に、杳夜(ようや)は何処か遠くを見るような目になる。
「にれかさん、二年前にこの町に医療従事者として来てくれてから、魔木禍が終わった頃に病気が分かったんだよ。変な肺炎をしたのがきっかけで、診てみたら自己免疫が肺を傷つける病気だったんだって」
「植物性自己免疫性肺障害でしたっけ」
「うん、おまけに植物性造血障害……今のところ、根治させるための治療法はないそうだ」
「そんな難しい病気なんですか?」
「体内の植物幹細胞が傷を負って、血を上手く作れなくなる植物病なんだって。対症療法で寛解状態を維持できるようにしていくことが、神社の医師が目指している状態なんだよ」
「そうなんだ……」
そんな重大な病を感じさせないにれかに感服しながら、征也(ゆきや)は杳夜(ようや)に断ってから質問をする。
「雨霧さん、訊いてもいいですか」
「? 何を?」
「魔木って、何処から来るんでしょう? 神職の方に訊いてみたくて」
「俺もよく同じことを考えるよ」
杳夜(ようや)は何か思い出すような考えているような難しい表情で、神命(かみ)方の言葉と存在を遥かに想起していた。征也(ゆきや)が質問したことは、神職として、この町に暮らす者として考えることは常であるらしい。杳夜(ようや)は少しの間沈黙を噛んでから、分からないことというのは神命(かみ)方にも存在するのだと前置きした。
「神命(かみ)様方でも分からないことというのは、たくさん存在するんだって。だから神職は、神命(かみ)様方と一緒に神事をしている。共に考えながら、神命(かみ)様方がどう思うか、そのお心とお言葉を優先して、その言霊の柱になれるように常に精進しているんだよ」
「俺も、神命(かみ)様方と一緒に、魔木が何処から現れたのか、どうしてこの国に大量発生したのかを知ろうとしている。今はまだ、分からないけれども」
そこで言葉を句切って、杳夜(ようや)は魔木の話で自分が知っている限りの知識を共有してくれた。
「魔木っていうのは、悪の依り代になる樹木で『罪木(つみき)』という木から生まれて増えていくと聞いてはいる。罪木が何なのかは、俺は知らない。神道の世界ではそう言われているよ」
杳夜(ようや)が言うには、魔木というのは悪魔や悪霊が憑依する植物で、そういった木霊(ドラド)に取り憑かれる心ある植物なのだという。木霊(ドラド)に憑依された魔木は瘴熱を起こす気を出したり、花や樹皮から悪と疫病の匂いを出して人間を苦しめるようになる。
魔木は元々存在する『罪木』という大きな木の一部から挿し木に似た要領で増えていく。罪木が何なのかは知られていないが、その一部が種を運ばれて別の土地に根付き、魔木として成長していくのが常であるとのことだった。罪木は悪魔の植物で、人間の肌や本能が感じ取ることが出来ない病原菌や病毒素を持っている。だから人間という植物が触れてはいけないとされている。人間は長らく植物と共生して生きてきたが、罪木や魔木は異物に相当するのである。全ての病気や病菌は悪魔の発明品で、罪木は悪魔の国からやって来たとされている。
人間の祖は元々綺麗な植物から生まれてきていて、それに対して悪魔がその植物を虫喰う生き物であるという神話もあるのだと杳夜(ようや)が説明した。
「魔はひとの反対。少なくとも人間にとって異物で、互いに相容れないものを祖に持つんだよ」
「相容れない……対極にあるものですか」
征也(ゆきや)は眉を寄せて唸った。どんなに頑張って考えたところで理解できない考え事に耽る者特有の空気を醸し出している。
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