第19話『今日は早めに休む』

 点滴を終えた後、にれかは神社で少し休んでから帰宅することとなった。大量に買い込んだ植物の荷物と一緒に、杳夜(ようや)に車で送ってもらう。

 店舗兼自宅に行く前に、にれかが所有しているビニールハウスと庭が在る場所へ車を向けると、そこにある小屋の中に買ってきた植物を運び込む。


「俺が持ちますよ」

「すみません」


 買い出しのときもそうであったが、重たい鉢植えや植物の類いは、杳夜(ようや)が持って運んでくれた。にれかは申し訳なさそうに頭を下げる。胸の中がまだ少し温かくて、身体を酷使してはいけない状態だと自分のことを理解しているにれかは、杳夜(ようや)の言葉に甘えて荷物を運んでもらうことにした。自分のことを駄目な人間だと思ってしまう認知の揺れのようなものが、ふと顔を出す。日頃忘れているが、身体が利かないときに思い出す。昔のにれかはもっと塞ぎがちで、自分に自信がなくて、何かにつけては自分が至らない理由を探していたものであった。

 せっかく楽しみにしていた植物市での買い物の途中で体調を崩すなんて、運が悪かったと思うようにしながらも、小さく溜息をつく。杳夜(ようや)とだって、もっと神職的な話が出来ると思っていたのだ。にれかは杳夜(ようや)に謝った。


「すみません……何もかもやってもらっちゃって」


 杳夜(ようや)はにれかのことを気遣ってか、当たり前だと言わんばかりに鉢植えを運んでいた。ハウスでの作業が終わると、車に再び乗り込んで、にれかを自宅まで送る。


「すみませんはいいですから、大事にしてください」


 杳夜(ようや)は素っ気なく呟いた。にれかがこうなることはよく知っているつもりだったので、何事も起きていないみたいにしれっとしていた。

 杳夜(ようや)としてはにれかのために出来ることがあるのなら、何でもやってあげたいというのが本当の気持ちだった。ただ、それは今言うことではないと思って、その言葉は想いと共に飲み込んで取っておく。杳夜(ようや)にはにれかに気づいてほしい気持ちがあったのだが、悟られてしまっても今はまだ違うという思いもあって、上手く言えないということもあってか素っ気なくなっていたのであった。にれかが自分の態度に何か誤解しているような気がしたのか、杳夜(ようや)は取り繕うように言った。


「俺は、にれかさんの理解者になりたいだけなんです。いつもよくしてくれる、にれかさんのために」

「何だか申し訳なくて」


 どうして気を遣って貰えて嬉しいと思ってそれを言葉に出来ないのであろうか――にれかは器用ではない自分を感じて嘆息する。申し訳ないと思う気持ちが先行してしまうと、いつもこうなのだ。杳夜(ようや)は自分の植物病のことをよく知っている人物ではあるが、よく知っている相手だからとて病気に甘えているような態度は取りたくない。してもらって当たり前みたいにはしたくないので、感謝の言葉が過ぎて溜息になってしまう。

 にれかの自宅に着くと、自宅の方に運び込む植物を、また杳夜(ようや)が持ってくれた。植木を片付けてもらいながらにれかがしゅんとしていると、杳夜(ようや)は何かを見透かしたのか、にれかに釘を刺したのだった。


「そんな顔しないでください」


 にれかが自分のことを駄目だと思ったり、非力な自分を感じているときに、杳夜(ようや)が居るといつもそんなようなことを言われてしまう。心の冷えた場所を、杳夜(ようや)は見過ごしてはくれない。それが嬉しいようなつらいような、複雑な気持ちで、にれかはぎこちなく微笑んでいた。


「今日は早めに休みます」

「うん、そうしてほしいです」


 杳夜(ようや)が帰った後、にれかは車が見えなくなるまで杳夜(ようや)を見送った。

 それから水を火に掛けて、薬湯を入れるための湯を沸かし始めた。


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