第15話『植物市の買い物』

 翌日、植物市の開催日になった。水祭りの、祭りの期間に入ったのである。王国の水位が一気に上昇する。川や水辺に近づかないように神社と神職からお触れが出て、人々はそういった場所、神命(かみ)のお渡りが在る場所には近づかない。この期間の水は、神命(かみ)の通路であり、人間では通れない道になるとされているのである。

 大宮の町は植物市が開催されて賑わっていた。会期が数日間にも及ぶ植物市にはたくさんの出展者でひしめき合っていた。見たこともない植物を扱っている店や、薬草を小さな苗で扱っている店、鉢植えに入ったまだ小さい樹木を売っている店など様々だ。

 初日は特に賑わいを見せる。期間の全ての日程で出店している店もあれば、この日だけに出店していると決まっている店もある。事前に出展者の一覧は出されるので、にれかはそれを確認して、今年の買い物は初日に参加することにしていた。目当ての植物を扱う店が出ているのが初日だったからだ。

 朝早く、植物市に一般参加者が入れる時間の二十分ほど前の時間になると、にれかの店の前で車が停まった。乗っていたのは神職の杳夜(ようや)である。にれかが植物の買い出しの手伝いを頼んだところ、快く引き受けてくれたのだった。いつもの法衣とは違う軽装で、にれかを迎える。にれかも植物と荷物を運ぶのに汚れてもいい服装で髪を三つ編みに編み込んで纏めた格好で家を出る。


「雨霧さん、来てくれてありがとうございます」

「行きましょうか」


 買う予定の植物を積み込んでも大丈夫な大きさの車に乗り込んで、にれかと杳夜(ようや)は発進した。杳夜(ようや)は今回の荷物持ち兼運転手だった。


「にれかさん、相変わらず免許取る予定はないんですか」

「ないですね……普段車とか必要ないですし」

「ははは、そっか」

「いつもありがとうございます、乗せてもらっちゃって」

「車くらいいつでも出しますよ」

「助かります」

「でも免許取ればいいのに……免許あれば遠くに出かけたり遊びに行けますよ」

「遊びに行く予定もないですもん、お店が忙しくて」

「それもそうか……今日買うものって、店で使うものですか?」

「はい、薬草と香草の苗とか、あとは鉢植えのお花とかほしいんですよね。それと、新しいお茶の木も」

「たくさん買うんですね」

「はい、雨霧さんが車を出してくださるからご厚意に甘えて」

「そっか、よかった」


 植物市の開催している通りの駐車場まで向かって、そこで車を降りる。

 薔子と征也(ゆきや)はにれかと杳夜(ようや)が植物市に出かけている時間、他の道を通って植物市を巡回することとなっていた。目的地付近の駐車場まで来ると、車を停めながら、薔子と征也(ゆきや)の話をする。


「征也(ゆきや)君の怪我の具合って、どうでしたか?」

「ええ、だいぶよくなっていましたよ。魔毒がしみた出血も収まっていましたし」

「よかったよかった……転んだときに出来た傷から魔毒が身体に入っていたから心配だったんだ」


 にれかは征也(ゆきや)の診察をしてあげているために、杳夜(ようや)の質問に答えた。


「喰らってた幻術についてはどうです?」

「そのことなんですけれど、鮫島さん、不思議なことを話されていて」

「不思議なこと?」

「魔毒を受けて部分的な記憶障害が出ているみたいなんです。思い出したいことがあっても、思い出そうとすると脳が頭の外側から内側に向かって萎縮してしまうような感覚があるって話されてて」

「そうか……それは厄介だな。まだ魔毒か、何かしらかの呪いが効いているのかもしれないな……」

「変な夢を連日みるとも話されてて」

「変な夢……内容はどんな感じですか?」

「強面の男性が自分の方を向いて手を振っている夢ですって」

「へえ、何だろう……」

「その男性の背景が、鮫島さんの故郷に似ていたとお話ししてて、何だろうねって薔子ちゃんと真千花ちゃんと言ってたんですけど」

「気になるな、それ」


 杳夜(ようや)はにれかと一緒にいることが出来て、日頃しない話などもしながら楽しそうに買い出しの準備をしていた。実はにれかと杳夜(ようや)は神命(かみ)が定めたある決まりの下にある二人なのであるが、その詳細は杳夜(ようや)しか知らない。にれかが知っていることは、自分には神命(かみ)が定めた決まりがあるということだけであった。


「征也(ゆきや)君がみていた夢、故郷の景色でも見ていたんじゃないのかな? 故郷を悪魔に荒らされて、そのときの関係者を追っているんだろう? 何か思うところでもあるんじゃないのかな」

「手を振っていた男性に関しては、面識はないんですって。全然知らないひとだそうです」

「不思議な話だな」

「思い出せないことが他にもいくつかあるらしくて、心配なんですよね」

「そうだな……俺もあとで聞いてみようかな。幻術が解けていないようだったら大変だし」


 魔毒による幻惑から来る幻覚的な症状は精神病に似ているので治療が難しいとされている。一般的に精神病薬と言われるものの投与をすることで治癒が見込めないかをみていくことになるのである。

 杳夜(ようや)はふとにれかの方を見て、何か思い詰めるような表情になる。にれかにいつか言わないといけないことがあるのであるが、今はまだその糸口さえ、言葉に出来る自信はなかった。今は植物市での買い物を手伝いながら、自然に隣にいることが出来ればと思って、話を植物市関連のことに戻す。


「にれかさんは来年は出店するんですか?」

「うーん、どうしようかと思ってて」


 町長の大青にも訊かれていたことであるが、にれかにも植物市の出店の話は来ているのである。にれかの庭とビニールハウスには薔薇が綺麗に咲いているし、薬草のハウスには成長の早い薬草が何種類も、お茶を提供するために栽培されている。たくさんある薬草や香草は、店が出せると言っても過言ではなかった。


「来年、お茶屋さんのブース、お茶の手売りなんてどうでしょう?」

「お茶の手売りか、いいじゃないですか」


 杳夜(ようや)はぱっと表情を明るくして、にれかの発案に賛成していたが、言い出したにれかの方はと言うとあまり乗り気ではないのか、単純に来年のことを今から言うのは気が早いと思ったのか、苦笑いして誤魔化している。


「なんて、来年の話なんかしていたら鬼が笑いますよ」

「いいと思うけどなあ、にれかさんのお茶屋さん」

「個包装のハーブティーを箱詰めして販売とかいいかなって思ったんですけどね」

「やりましょうよ、それ」

「でも他のお店が植物を売っているのに、ちょっと違う感じがしません?」

「俺はいいと思うよ、町も賑わうだろうし」


 にれかと杳夜(ようや)は笑い合いながら植物市に駆り出していった。

 大きめの鉢に植え付けられた植物は杳夜(ようや)が荷物持ちとして車へ運んだ。小さな植物の苗はいくつか買い込んでから運び、にれかは球根なども大量に購入した。紙の袋に入っている薬草の種を吟味し、実際に中身の状態を見せてもらいながら品定めをして買っていく。

 薬草の種があまりに小さくて、一緒に店を回ってみていた杳夜(ようや)は驚きの声を上げた。


「こんな小さな種から芽が出るんだ?」

「はい、かみつれの芽は可愛いんですよ」


 買ったものを一旦車に積み込んで、にれかは杳夜(ようや)に礼を言った。


「手伝ってくださってありがとうございます、雨霧さんがいてくれてよかった」

「手伝えることがあれば何でも言ってくださいね……こんなことくらいしか出来ないですけど」


 仕事の合間に手伝えることがあれば何でも言ってほしい――杳夜(ようや)はにれかにそう伝えて、顔を背けた。杳夜(ようや)は植物市三日目の開催期に氷川神社で奉納舞踊があって、神事のために神社に向かうまではにれかの手伝いを去年もしていたのだった。これがいつものこと、毎年のことになればいいのにと、杳夜(ようや)は密かに思って溜息をついていた。


「しかし、こんなに植物を買い込んで、育てるの大変じゃないですか?」

「大変ですよ! でも、お店で提供するものですから、頑張って育てないと」


 にれかは薬草園と植物を育てているビニールハウスの手入れの話をして、苦笑いしていた。植物の世話はにれかと薔子の二人でやっているのだが、時々人手がほしくなると嘆いてみせる。


「もう少ししたら、薔薇の植え替えをしようかと思っているんですよ、挿し木で育てていた分が増えてきちゃって」

「もらったときは切り花だった薔薇を挿し木にして育てていたら大きくなったものもあって、畑か、もっと大きな鉢植えに植え替えてあげないと窮屈で可哀想かなって思っているんですよ。でも大変で、後回しにしちゃってます」

「株を分けて、また挿し木にして増やそうかなとも考えてて」

「にれかさんは薔薇が好きですね?」

「ええ、薔薇は好きです……可愛らしくて品があって。雨霧さんはどうしたらいいと思います?」

「うーん、俺は花は詳しくないからな……でもにれかさんが好きな花なら、増やしてほしいです。花屋として出している花だって、にれかさんが育てている花でしょう? 白い紫陽花と赤い薔薇、綺麗でしたよ」

「そうですか? 嬉しいです」

「俺も飾る分、買わないと」


 杳夜(ようや)は何か考えるように顎に手を添えてから少しして、何か思いついたように尋ねた。


「薔薇の植え替え、手伝いましょうか?」

「是非! 真千花ちゃんを呼んで、多侑くんも頼んで、皆でやりたいですね」


 にれかと杳夜(ようや)は植物の出店を見て回っていた。にれかはあれもこれもと目移りしているようだった。買うものはどうせたくさんになるので、まずは目当ての出展者を訪ねてから他の店を回ると言った買い物の仕方を考えていたようであったが、自制の甲斐もなくにれかは植物に散財していた。

 植木と薬草の買い付けとなり、薔薇と柤をたくさん、何種類も購入する。林檎の木の苗や香草、飲用はできない薬品としてのみ使える薬草を買っていく。種は複数の店で買う。数年がかりの仕事になることを覚悟しながら、にれかは何本もの木を畑に植える計画もしていた。


「木も植えるんだ……大変だな……」


 重たい鉢植えを運びながらぼやいた杳夜(ようや)に、にれかは微笑みかける。木は植えてから何年も成長までにかかるが、その樹木から採れる樹皮を薬用にしたり、医療のために使っていくのに育てていきたいと思っていたのである。


「何年も時間は必要ですけど、木も育てたいんですよ。数年経ったら実を付けるものもありますよ」


 何度も植物市の店と車を往復しながら、ふと杳夜(ようや)が他の店とは趣の違う店を発見して視線を巡らせる。植物を扱う店が殆どなのだが、植物を使った植物製品を扱う店も数多く出店されていて、杳夜(ようや)が見つけたのは香水店だった。有名な香水商が来ているという話は神社で聞いていたが、その店だろうかと首をひねる。店先には香水の展示がされていた。ショーケースが出されていたり、香りを試すために用意された紙が置かれている。香水瓶がたくさん並ぶ中、店の前では木を幾つも持ってきて、買い付けが行われていた。植物をえり好みする人々の姿がある。

 杳夜(ようや)はにれかに、何となしに尋ねた。


「にれかさんって香水とか、買うんですか?」

「買いますよ?」


 自分が変なことを聞いているような気分に陥って、杳夜(ようや)は慌てて香水店の見えた区画を指さした。変な意図があって質問したわけではないと言う代わりに、目の端が捉えた店を示す。


「あそこ、香水の店が出てるなって思って……」

「香水? あ、本当だ」


 昨年は香水店の出店はなかったので、にれかは長い睫毛をぱっちりさせた。さして目は光っていないが、植物市の規模も大きくなったのだなと言った感慨に溢れている様子だけは窺える。

 遠目にその店を見ながら、にれかは香水のディスプレイよりも、店の区画の周りで植物、特に樹木を選定しているような人々の影に注目する。


「きっとあの人だかりは、木を選んでいるんでしょうね……利用できる魔木を見ているんだと思います」

「そうか……商用利用できる魔木を」

「魔木っていい香りがするものもあるんですよ、種類によっては香りをとるためにも使えるんですよ」


 即売会形式である植物市に、香りのよい魔木を求めている職人たちが買い付けに来ているようだった。その店の近くまで来ると、にれかは店の屋号を確認する。その香水商の名前は『玄花(くろか)』と言って、にれかも聞いたことがあった。真千花が言っていた、最近大宮の駅前に店舗を新しく構えた、自分の好きな香りで香水を作ることが出来るという香水店だった。これがその店の香水かと、実際の店舗を知らないにれかは何となしに眺めていた。女性用の香水だけではなく、男性用の香りも用意されているのを、じっと見る。香水を買うわけでもないが興味深そうに見ているにれかに、杳夜(ようや)が言った。


「にれかさんはこういうものに興味ないんですか? せっかくだから見ていってもいいですよ」

「私は、ずっと使っている香水があるんですよ。そこのものが気に入ってて」

「……何て言う銘柄ですか?」

「ルテティアの淑女という銘柄です」

「お洒落だなあ」

「このお店の銘柄、真千花ちゃんが話をしてくれました。駅前にお店があるそうなんですよ」

「真千花ちゃんはこういうの詳しいよね」


 誰かの悪戯のように、風が吹いて、にれかの髪から花の匂いがした。悲しくなるような、凍空の下の街角で花を売る淑女の陰影が、杳夜(ようや)の目の奥の残影のように躍った。香りがそんな情景と絵を、杳夜(ようや)の脳裏に作り出していた。悲しくなりたくなくて、杳夜(ようや)はにれかのいい匂いが洗髪の時に使うような洗剤の匂いではないのかと思って、少しだけがっかりすることにした。


「後は何を買えばいいんですか? まだ見ます?」

「はい、あとは……樹皮を買いたいんです」


 にれかは出店情報が書かれたパンフレットを見て、樹木を扱っている店が纏まった区画を示した。そちらに移動して、店先に並ぶ木々や樹木から採取した樹皮を扱う専門店を覗く。

 にれかが必要としていたものは薬用化するための実験用の樹皮だった。自分で加工をするのには難しいものを簡単に手に入る形にして売られているものを見比べて候補を決める。


「こんなものも売っているのか……」


 感心したように呟く杳夜(ようや)に対して、にれかの横顔は至って真面目である。にれかと違って薬草や薬木には疎いので、素直に知らない世界に触れた者の顔をしていた。精油を抽出するための木片や木のチップも必要で、量り売りしているものを大きな麻袋に入れて買い込む。


「にれかさん、こういうものは何に使うんですか? お茶じゃないですよね」

「お茶じゃないですよ、これは精油を抽出して薬品として使うんです」


 薬用効果がある樹木の樹皮とチップを購入して代金を支払いながら、にれかは手をひらひらと横に振った。


「お茶に使えるものもありますけれどね。これは外用薬に使うものとか、煎じて内服薬にするものとか。魔毒に効く調合を調べるために必要なんです」

「喫茶店の仕事の後は相変わらず、植物病の薬作りですか」

「はい。神職をしていた頃と変わりませんよ」

「何て言うか……にれかさんって偉いよね。勉強熱心で」

「そうですか? そうだといいですけれど」

「氷川に来てからずっとそうやって過ごしているような話ばっかりじゃないですか」

「だって意外と時間がないんですもの……喫茶店のお茶のレシピも考えながら過ごしていると、植物病の勉強と薬品作りはなかなか進みません」


 あっという間に一日が終わってしまうと笑って、にれかは溜息をついた。植物病の研究と薬を作る作業は喫茶店の仕事が終わってからしているので、一日の内でもあまり時間は掛けられていないそうだった。時間を作らないとと笑うにれかに、杳夜(ようや)は頭が下がる気持ちで前向きに追従しておいた。


「日々勉強……か。俺は日本語の勉強くらいしかやってないからな……」

「いいじゃないですか、神職なんですから。日本語の勉強は大事ですよ」


 神職には日本語の勉強が常に求められていて、神職としての仕事を辞したにれかも、未だに日本語の勉強をしている。神職には正しく強い日本語と言霊が要求されるので、その技量を常に研かないといけないのである。

 そんな話をしている内に、話題は二年前の魔木禍の話に及んだ。

 魔木の大量発生。その原因は未だに不明である。神命(かみ)方も未だに原因を探って調べてくれている最中にあり、埼玉王国には未だに植物病という後遺症や、魔木の猛毒にかぶれて障害を負った人々がたくさんいる。


「今度、薔子ちゃんを神社で診るんですよね……薔子ちゃんも大分よくなりましたよね」

「そうですよね、あの頃に比べたら……薔子ちゃんのお母さんも、薔子ちゃんが仕事できるようになって嬉しいって言っててくれて」

「お母さんが? そうなんだ、それはよかった……にれかさんの支えのおかげもあると思いますよ」

「そうだったら嬉しいです」


 にれかは嵩張る木片の入った麻袋を抱えて、何か思い馳せるように中空を見上げた。


「あれから二年……何故魔木が大量に生まれてこの国を襲ったのかは分からないままだけれど、神命(かみ)様方のお力になれればと思って、植物の薬を作っています。本当に、それだけなんですよ。私は植物病を何か一つでも治せる薬を作りたい。この町で私が助けた命と皆さんからもらった目標で、神命(かみ)様方の力になれればと思うだけなんです」

「にれかさんの活躍がなければ、この町は危ないままだったからね。変わらずにれかさんが神命(かみ)様方の力になりたいと思っていること、神命(かみ)様方はお喜びだと思うよ」


 自信に欠けた風情で、にれかは呟いた。


「そうだと、いいですけれど」

「神命(かみ)様方も、自分たちが何もかも全て知っているわけではないからと仰られているんですよ。自分を過信したらいけないというか、お言葉を聞く度に、心が引き締まるよ」

「可能性として、植物に悪魔が悪事を働いて起きた変異だと言われてはいるそうなんだ。ただ、たくさんの植物が魔木に姿を変えて人間を襲う毒素を出すようになったのは、災害とは少し違うらしくて。少なくとも神命(かみ)様方は、これを災害にするおつもりはないそうなんだって。神命(かみ)様のお心は勿論、王家の方々に伝わり我々神職に伝わっていくけれど、結論はまだ出ないらしい」

「本当のことが分かったら、もう二度と起きないようにできるのかもしれませんね」

「うん、あったらいけないことだったと思うよ」


 車に樹皮が入った麻袋を運び込むと、にれかは袋の紐を少し緩めて、中身を杳夜(ようや)に見せてあげた。丈夫な袋の内側には、乾燥したチップ状の樹皮がぎっしりと詰め込まれている。何に使うのかを説明する。


「これは抽出して精油を取るんですよ。とってもいい香りがするんです。お薬用ですけれど、お茶の隠し味にも使えるんです」

「用途はいろいろあるんですね」


 そのとき、杳夜(ようや)が耳に付けている無線機に通信が入った。杳夜(ようや)が電話の代わりに付けているそれが小さく光ったので、杳夜(ようや)はにれかに断って通信に応答した。


「はい、雨霧です。何かありましたか?」

「浦和で強盗が出た。植物園から展示品の貴重な魔木が盗まれたんだ」

「えっ、展示品のですか?」


 にれかはきょとんとしながら、傍らで話を受けている杳夜(ようや)を見つめている。通信は杳夜(ようや)と同じ氷川神社の神職仲間からであった。何でも、王都浦和にある植物園に展示されていた貴重な魔木が盗難に遭って、犯人が大宮方面に向かっていったとの情報だった。植物市を警戒するように通達があったという。通信を終えて、杳夜(ようや)は何の話だったかを簡潔ににれかに伝えた。


「浦和の植物園で盗難被害が出たそうです、魔木が盗まれたって」

「浦和の植物園でですか?」

「にれかさん、よく行くんだっけ?」

「はい、植物の文献を調べに」

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