第12話『逃亡者たち』
大宮駅の東口から、南銀座と呼ばれる辺りに不審な弦楽器の音が響いていた。
場末のキャバレー、大宮の端にある粗末なバーの入口で、二人組の男女が歌と楽器を披露していた。
「唇、唇、そなの唇――」
不審な男が椅子に腰掛けて琵琶を爪弾いている。その琵琶の音色と伴奏に合わせて、頭の弱そうな女が歌を歌っていた。
「私とあなたの、唇、唇――」
奇妙な、と言うよりも変な歌だった。女はその歌詞を何を疑うでもなく声に出して舌に乗せている。だが、その歌を耳にしたものは誰一人としてまともにその歌唱を聴くことは出来ていなかった。気のない動作で通りがかった客たち、恐らくは不思議な歌詞が鼓膜を捉えて、ふいに足を止めただけの人々であろう、その人々は少し立ち止まっただけで、ぼんやりとしながら歌の対価を琵琶を弾く男の前に置かれている箱の中に入れていくのである。
「唇、唇、そなの唇――私とあなたの、唇、唇――」
硬貨が箱に投げ込まれると、琵琶を弾いている男がにやりと口角を上げた。
「また勝手に煙草買ったの⁉」
「いいじゃん、煙草くらい」
「鼠奈(そな)が稼いだお金なのに!」
「おれだって琵琶弾いてるし」
「だいたい……あたしにはお金使わせないで、狡い!」
「お前に使わせるとすぐなくなるからだよ」
「鼠奈(そな)疲れた、休みたい」
金室亜久郎(かなむろあくど)は溜息をついた。仕事の都合で組んでいる女・岩村鼠奈(いわむらそな)が煩くて仕方がないのである。そう言う性分で、鼠奈(そな)の性格の悪さと我が儘な気質に関してはよく分かっているので適当にあしらいながらも、面倒くさくてうんざりしていた。
口論の原因は、旅先のあちこちで稼いでいる日銭を、自分には使う権利がないのに勝手に使われたと言われたことから始まっている。鼠奈(そな)に金を渡すとすぐに使ってしまうのだ。手を組み始めて最初の頃、鼠奈(そな)に稼いだ日銭を渡したら鼠奈(そな)が男娼を買ってその男に金を使い一文無しになったことがあるので、以来金銭は亜久郎(あくど)が管理をしている。亜久郎(あくど)にとっては我が儘な鼠奈(そな)は雑にしていい相手であるから気楽ではあるのだが、すぐに癇癪を起こすところには嫌気が差していた。言い合いになっても結局、金の管理が出来ないことを鼠奈(そな)の事実として突きつけて諍いが沈静化するくだりにはもう何度目だろうと溜息が出るくらいだった。
「それにしてもしくじったよな、あと少しで、追手を殺せるところだったのに」
「亜久郎(あくど)がぼさっとしてるから悪いのよ。だからひとが来ちゃったの」
「……お前さ、自分が原因で追手がかかってんの分かってる?」
「分かってるわよ、そんなこと……だから鼠奈(そな)が魔術で撒いたんじゃん」
「姑息な魔術だろ、撒くんじゃなくて仕留めてくれよ」
「だって殺すのは怖いし」
「なんなの、お前」
亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)は関所を何カ所か当たってみたのであるが、通行止めとのことで、大宮の町に戻ってきたのである。水祭りと神命(かみ)のお渡りのため、彼らが国に入ったその数時間後に、交通に規制がかかる時間を迎えていた。そんな神事の事情など知らない亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)は、肉薄してきた追手を鼠奈(そな)の魔術で撒いたところで埼玉王国からは出られない時間をただ潰していた。仕方がないので、キャバレーや飲み屋で亜久郎(あくど)が琵琶を弾く傍ら、鼠奈(そな)が歌を歌うことで日銭を稼ぎながら大宮に潜伏を続けていたのである。
何処かにこっそりこの国を出られる道がないかと探してはみたものの、よそ者の二人にはそんな道は分からなかった。日銭を稼ぐためにやっている鼠奈(そな)の歌は、鼠奈(そな)が埼玉王国に流れてくる前に疎まれながらやっていた仕事だった。通りすがりの客たちが鼠奈(そな)が歌う変な歌に金を置いていくのは、魔術にかかっているからだった。そんな不正をしながら旅にかかる金を何とか工面している。
亜久郎(あくど)は神妙だが何処となく気の抜けた風情でぼやいた。
「あーあ、何で神様に従わないといけないんだろ」
「見て、亜久郎(あくど)。素敵なお茶屋さん!」
呟いている相方は無視して、鼠奈(そな)は遠目に喫茶店を見つけていた。荊にれかが店主の喫茶店『りんごの花』である。鼠奈(そな)は亜久郎(あくど)を急かすように休憩をねだった。
「亜久郎(あくど)、喉渇いたし休もうよ」
「そうだな、少し休むか」
鼻先でふうと息をついて、亜久郎(あくど)は早足になった鼠奈(そな)を追って歩く。仕方がないので休息を取ることにして、鼠奈(そな)の我が儘にうんざりしていることを隠しもせずに、亜久郎(あくど)は鼠奈(そな)に続いた。
「何名様ですか?」
「二人」
店の扉を亜久郎(あくど)が押すと、来店を迎えた薔子が人数を尋ねた。亜久郎(あくど)は素っ気ない口調で連れがいることを伝えると、席についた。小さな椅子が向かい合った、二人掛けの席だ。
「何にしようかな-、小鉢のお団子が美味しそう……」
鼠奈(そな)は早速メニューを凝視しているが、亜久郎(あくど)は店の様子や内装を注意深く窺っている。店員の雰囲気、客が何人いるか、何が提供されているか――
「ちょっとは注意しろよ、おれたちは一応理由があって旅の身なんだからさ」
「何で?」
「入った先の店に知り合いなんかいたら最悪だろ? 確認しろよ」
「あたし、醤油団子と緑茶にする。亜久郎(あくど)は何にする?」
「聞いてないふりすんなよな……おれもそれでいいや」
時間はちょうど三時だった。亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)の他に来ている客も、おやつ時のお茶とお菓子を楽しんでいるようであった。亜久郎(あくど)が手を挙げて店員を呼ぶ。薔子が客のいなくなったテーブルを片付けていたので、にれかが注文を取りに行った。
「お決まりですか、お伺いします」
「醤油団子とあったかい緑茶を二人分お願いします」
「承知しました、お待ちください」
ささっと注文を確認してキッチンに行ってしまったにれかを、亜久郎(あくど)はじろじろ眺めていた。頬杖をつきながら、カウンター席の向こう側に見えるにれかの様子を見ている。
「いい女」
あからさまにぼやくと、亜久郎(あくど)は親指を立ててこそっとにれかの方を指で示した。鼠奈(そな)がその視線の先を見やる。
「美人じゃね? めっちゃ綺麗」
「まーた亜久郎(あくど)の病気が始まった」
鼠奈(そな)は呆れたように溜息をついた。鼠奈(そな)にとってはいつものことなのだ。亜久郎(あくど)は美人とみるといつも鼠奈(そな)に、これ見よがしに美人だなと言うのである。鼠奈(そな)はそういった部類の顔立ちではないので、不快感を前面に出す。
「亜久郎(あくど)って綺麗系好きだよね」
「でもさ、あんまり見かけない顔の雰囲気じゃね? 綺麗系で清楚系」
自分が言うとそんな綺麗な女性も汚く聞こえてしまうことに気づかない態で、亜久郎(あくど)はによによと顔を緩ませながらにれかの方を見つめていた。
「亜久郎(あくど)のくせに綺麗系で清楚系とか言わないでよ、笑える」
「お前失礼なんだよ」
「亜久郎(あくど)が綺麗って言うと、どんなに綺麗な人でも格が下がるよね」
などと言いつつ、鼠奈(そな)もにれかを見つめていた。凜としている眉目、細すぎない鼻梁、愁いを帯びた長い睫毛に、雪のような白い肌――同性が見ていても目を引くものがある容貌に、鼠奈(そな)でもうっとりしてしまう。
「鼠奈(そな)は美人が嫌いだもんな」
「そうだけど……でもあのお姉さんは綺麗だと思う」
「へえ、意外。お前でもそう思うんだ」
棘のある言い方で亜久郎(あくど)は言った。
「自分より綺麗な女が大嫌いな鼠奈(そな)ちゃんがね」
「気には入らないけど……つい見ちゃう綺麗なお姉さんって感じ」
「ふーん」
「亜久郎(あくど)の言うとおり、あんまり見ない系統の顔だよね。目が大きくて口小さいし、いいなあ」
注文の緑茶を入れているにれかがふと顔を上げると、亜久郎(あくど)と目が合った。亜久郎(あくど)がじっとにれかを見つめていたのである。にれかは何だろうかと思いつつも、亜久郎(あくど)が此方を見ているので微笑んでおいた。亜久郎(あくど)は特に意味もなくでれでれとした笑みになる。
テーブル席の下で鼠奈(そな)に足を踏まれて、亜久郎(あくど)は涙目になった。
「追ってきてた奴、どうなったかな?」
「……あの怪我だ。鼠奈(そな)の妖術で深手だったし、そうそう追っかけては来れないだろ。今のうちに移動できるだけ移動しておいて、距離を離して逃げ切ることに専念だな」
「でも何とかっていう神様のお祭りで関所は封鎖……迂回路もないし、どうしたらいいのかな」
「とりあえず、浦和に行けば知り合いがいるんだよ。そいつを頼って大宮(ここ)から浦和に出て、隠れる場所でもあればいいんだけどな」
「浦和って何処?」
「此処から少し南の方にある町。距離はそんなにないんだけど、鉄道も使えないし、どうやって行くかな……」
「あたしたちが捕まったら神様のお祭りのせいにする」
「そうだな……ま、追いつかれないようにしような」
「この期間、どうしよう」
「隠れられそうな場所を探して、そこで琵琶でも弾いてられたらいいけど」
「隠れつつ日銭稼ぎが出来そうな場所探しってこと?」
「そういう感じ」
「お待たせしました。醤油団子と温かい緑茶になります」
亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)の席に注文されたお茶とお菓子を運んだのは薔子だった。薔子がテーブルに現れると、亜久郎(あくど)は一応会釈をして見せる。鼠奈(そな)は店員が丁寧なのは当たり前だと言わんばかりの態度で腕を組んでいる。
薔子が小鉢に入った醤油団子と竹のフォークを懐紙の上に置くと、続いて温かい緑茶のカップを二人の席に置いていく。
そのとき、カップを置いた薔子の手、手のひらに痣があるのを見て取った鼠奈(そな)が、何の気もなしに――実際は責めるための本能の起動なのであるが、棘のある声で言った。
「あんた、手に何か付けてんの?」
「えっ?」
薔子がきょとんとするのに続けて、鼠奈(そな)が乱暴に薔子の手首を掴んだ。吃驚している薔子のことはさておいて、薔子の手のひらに濃くなって浮かび出ていた痣を見つけると、まるで見咎めでもするかのように鋭い声を上げた。
「気持ち悪い手! 何これ!」
薔子は何のことか分からず、とっさに、捕まれていた手を振り払っている。ややあって、気持ち悪い手だと言われた理由が自分の手のひらに濃くなっていた痣のことであると、そのことを言われていたと気づく。
亜久郎(あくど)はと言うと、金切り声を上げた鼠奈(そな)のことを連れの人間として詫びるそぶりもなく、鼠奈(そな)がそう言ったから初めて薔子の手を見た様子だった。痣を見ると、肌色の変色だけを見て薔子そのものには興味なさそうにぼやいた。
「魔毒っぽい痣だね」
亜久郎(あくど)の呟きを聞いた鼠奈(そな)は、何か意地悪を言う口実でも得たように続けた。
「うつる病じゃないでしょうね」
態度を急変させた鼠奈(そな)の元に、にれかがすたすたと歩を進める。薔子の植物病は確かに魔毒が骨に達してしまったことから生じる症状が主たるものなのではあるが、魔毒のことを連れの男は知っているようだとみて、警戒する。二人のことは装いからして旅人だろうとは思いつつも、不審に思いながらも鼠奈(そな)の態度を窘める。客だから言っても許されることではないのである。
「彼女はそのような感染する病気ではありません。気持ち悪いだなんて失礼だと思わないのですか」
鼠奈(そな)は指摘と注意を受けて、分かりやすく表情を曇らせた。むっとしていることを隠そうともせず、腕を組んだままにれかを見る。視線が高圧的だったが、鼠奈(そな)の幼さの抜けていない顔立ちでは怖いと感じられる威圧感はない。悪い態度で迎え撃ったことが裏目に出て、にれかも態度を硬化させている。
「謝ってください。彼女にそんなことを言われる所以はないですから」
「亜久郎(あくど)、何か言ってよ」
謝りたくない鼠奈(そな)は亜久郎(あくど)に助け船を求める。すると亜久郎(あくど)が鼠奈(そな)に代わってへらへら謝った。
「こいつの病気なんすよ、さーせん」
「謝る気がないなら出て行って」
にれかは怒っているのだと、鼠奈(そな)の態度が悪いのでその態度に相応しい感情で凄んだ。亜久郎(あくど)にも誠意はなさそうである。そんな客に自分の店で大切な店員に対する暴言を許しながら営業するような趣味はないのである。
「早くお金を払って、いなくなってくださいませ」
にれかがその美貌に静かに怒気を滴らせている姿を見て、鼠奈(そな)は冷静に周りの様子を見た。薔子のことを知っている客たちは、にれかの圧力が作った沈黙の中で、おかしい発言を聞いた者のようにしんとしながらも、不穏な気配を作りながら亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)をじとっと見ていた。困惑と軽蔑が織り混ざったような視線が、場違いな二人を刺している。薔子に対する中傷を聞き捨てならないと言わんばかりの客たちの静寂があった。他の客は全員、にれかと薔子の味方である。
にれかは店内に飾ってある植物の放つ空気が棘々しくなっていることに気づいた。植物を扱う者にだけ分かる感覚だった。店の植物から、この二人の客は歓迎されていない。招かれざる客と言うべきか、それとも存在を喜ばれていない客と言うべきか。植物薬剤師の勘が冴え渡る。植物が殺気立っているのである。特に女の方――店内の植物たちは全く歓迎していない。肌に触れてくる植物たちの瘴気。それは熱とは違ったものなのではあるが、店に入ってきたその二人組に対してだけは人間の肌と感覚が知り得ない事実を知っているのだぞと言わんばかりの気迫がある。
(植物がこの二人を歓迎していない……これは)
久しい感覚がにれかの肌の裏を走った。得体が知れない客ではなかったが、あまり関与をしないで追い出す方法をとるべき相手かもしれないとみて、険しい表情のままであった。店内に飾ってある植物には全てに意味があって置いてある。にれかが方位を気にして、また店内の気を理解するために植物を配置しているのである。店を始めて以来の、おかしさだった。植物たちが、店に配置されているもの以外にも、花屋として営業している空間に置かれている薔薇と紫陽花までもが刺々しい空気を醸し出し始めたのである。植物と植物が、植物同士にしか理解し得ないやりとりをはじめていて、にれかの肌に不吉な匂いを伝えてくる。
店内の他の客がそれぞれ話に興じることをやめて亜久郎(あくど)と鼠奈(そな)の方を見るようになると、鼠奈(そな)が叫んだ。他の客たちから浴びせられる視線の痛さに耐えられなくなったようだった。
「いいよ、行こうよ!」
「で、でも」
鼠奈(そな)が席を蹴ったので、亜久郎(あくど)は慌てた。鼠奈(そな)は悔し紛れか、酷い暴言を吐き付けてにれかに凄んでみせる。
「魔女の店みたい! 入るんじゃなかった!」
「魔女ですって?」
にれかが眉間を集めて侮蔑の言葉の一部を反芻させる。だがにれかが二の句を継ぐよりも早く怒ったのは薔子と他の客たちだった。
「私に謝罪なんていいわ! にれかさんに謝ってよ!」
「魔女だと! 言いがかりはやめろ!」
「薔子ちゃんに何てこと言うのよ!」
「あんたたちが不躾なことをしただけだろ! 魔女の店みたいだなんてよく言えるな!」
「謝れよ」
「謝りなさいよ」
「謝って出てけよ、お茶が不味くなるだろ」
氷川町の住民である他の客たちはにれかと薔子を守る意識で失礼極まりない客たちに糾弾の矢を浴びせかける。矢継ぎ早に謝罪要求と退出を求められて、鼠奈(そな)は口惜しそうに唇を噛みしめている。
「鼠奈(そな)は悪くないもん!」
「おい、鼠奈(そな)! 待てよ!」
やがて鼠奈(そな)は一人走って逃げていった。残された亜久郎(あくど)はおろおろとしていたが、慌てて鞄の中を漁ると財布からお茶と茶菓子の料金を引っ張り出した。テーブルに金を置くと、薔子の方にだけ軽薄に笑いかける。
「ごめんねっ」
それから亜久郎(あくど)は急いで鼠奈(そな)を追いかけて店を出て行った。
にれかは唖然としていた。開いた口がふさがらない。
「魔女の店って……」
にれかが驚き呆れてしまったのは、鼠奈(そな)が絵に描いたような魔女だったからである。驚きと呆れが去ってしまうと、苦笑いが零れる。魔女の店のようだなんて、言いがかりにも程がある。
魔女というのは人間の変異種である。姿形は人間と全く同じであるが、悪魔の男から生まれた女だとされていて、魔物と言われる動物と親しく、そこにいるだけで不幸と禍をもたらす害獣のような存在とされている。その正体の詳細は誰も知らず、木霊(ドラド)や悪魔同様に狩られる対象とされている地域が多い。尤も、魔女や悪魔には関与をしないという防衛が一番効果的なので、むやみやたらに攻撃をすることを神職はしない。
だが剣呑なものを感じて、にれかは店内の客たちを顧みた。にれかと薔子の身を案じて、他の客はすっかり怒ってしまっている。
「見つけたらしばいてやろうよ」
「にれかさんのこと、何だと思ってやがる」
「あんな言い方して、最低だわ」
「よそ者かな、嫌な奴らだったな」
店内の植物は未だにざわついていた。
実は、植物を扱える人間に対して『魔女みたいだ』と言う言いがかりは、本当の魔女がとてもよく使う言い方なのである。にれかも植物を扱う経験のあった家族から聞いた話ではあったが、まさか自分が言われるとはと思い、神妙な顔つきになる。
本当の魔女は、薬草なんか使えない。植物そのものに、嫌われているからである。
嫌な予感がしたが、にれかは亜久郎(あくど)のことも呼び止めることはしなかった。関わらないことが一番の対処だと、関わりを持たない自分にしておくことが大切だと、神職から教わった記憶を思い出す。今は自分よりも、薔子の方が心配だ。にれかはテーブルに置かれていた代金を取ると、レジを打った。
「薔子ちゃん、大丈夫だからね」
「にれかさん……」
何の謂われのない暴言に、にれかは毅然としていた。
「此処は私のお店。あなたは大切な従業員だもの。私が守るわ」
真千花が明らかに不快感でいっぱいと言った表情で口先を尖らせている。
「魔女の店みたいとか、よく言えるよね……気持ち悪い」
「ああいう奴らは、放っておけばいいのよ」
確証がないからその場での明言は控えたが、にれかは鼠奈(そな)のことを魔女かもしれないとみていた。本当に魔女であったのなら、実害が出るまで此方から関与しに行ったらいけないと思っているにれかは、魔女への対処法として、まずは退出を求めた。
基本は関与をしないことなのである。そういうものはいつだって、向こうから関わりを求めてやってくるからであった。
「ああいう女、大っ嫌い!」
店から逃げた鼠奈(そな)は誰もいないのをいいことに悪態をついた。走って後を追った亜久郎(あくど)はと言うと、鼠奈(そな)の変わり身の早さに辟易しているようである。
「綺麗とか言ってたのに何なの」
汚い言葉を続けざまに吐き捨てて悪態をつきまくる鼠奈(そな)に対し、亜久郎(あくど)は冷静だった。陥れてやりたいなどと癇癪を起こしている鼠奈(そな)に、逆に叱るような態度を向ける。
「魔女が魔女みたいとか言うなよ」
「だって」
「変わんないことを覆そうとするようなことばっかり言うからすぐ身バレするんだよ。真逆を行くな、魔女なのがばれるだろ」
鼠奈(そな)は相変わらずの不遜な態で、ふん、と鼻先を鳴らせただけだった。亜久郎(あくど)にも謝罪はせず、不服そうにしているだけだった。
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