第7話『神の住む土地』

 にれかと真千花は征也(ゆきや)を連れて街を簡単に案内していた。にれかの店と氷川神社、大宮駅を中心として、主な施設の場所を伝えていく。川ではなく陸路から国内に入った征也(ゆきや)に対して、必要なものが買える店や、町役場、図書館、病院、旅人たちがよく寄る場所のことを説明した。それから食事をとれる場所がまとまって存在している区画のことを話し、にれかが経営している喫茶店は氷川神社の近くであることを真千花が教えた。


「大宮駅の東口側に、旅のひとが寄って食事をお店の集まりがあります。宿もそこの区画の近くにあります。百貨店と、商店街があって、駅から歩いて五分もしないで行けます。お惣菜屋さんとかがいっぱいあって、美味しいお店ばっかりなんですよ」

「神社の近くには氷川参道の脇に町役場があって、その建物の隣に図書館が併設しています。氷川参道を抜けると、大宮から一個先の駅の方面に出られて、そっちも便利なんですよ。大きい病院もそちら側にあって、買い物にも便利なんです」


 にれかの喫茶店は氷川神社にほど近いので、にれかと真千花、征也(ゆきや)の三人は話しながら歩いて、にれかの提案で氷川神社に向かっていた。この町に任務で来たばかりの征也(ゆきや)が神命(かみ)方からの加護で守られるようにと思ったにれかの気持ちでの訪問だった。無論征也(ゆきや)はそんなことは知らないので、神命(かみ)に挨拶に行く気持ちで歩いている。

 二の鳥居をくぐると、長い長い参道を三人は歩いた。


「本当は神社というのはその土地に縁ある人以外はそこに行く必要はあんまりないと言うけれど……鮫島さんが来ていることを神命(かみ)様方が知ってくださったらと思って」

「神命(かみ)様方はおれに気づいてくれるでしょうか?」

「ええ、きっと気づいてくださりますよ。この地にあって私たちと縁した鮫島さんに幸があるように」


 大樹に道を飾られた参道を進み、一の鳥居に来ると、にれかは敷地に入る前に姿勢を正して一礼した。


「失礼いたします」


 真千花もにれかに続き、征也(ゆきや)も礼節は真似をして氷川神社の敷地に入る。にれかはすらりと手を伸ばして、氷川神社の敷地を示した。


「この町を守る大社、氷川神社です」


 漆塗りの大きな鳥居をくぐると、そこから先は空気が澄み渡っていた。水が、空気中に水として存在しているのである。参拝客や神職は、氷川神社の中に於いては水の中にいることと同じ状態で、呼吸が出来る水で空気が完成された敷地となっている。見た目には何の変哲もない、風の流れる空気があるだけなのであるが、その空気の光も全て、姿形を変えた水が作り上げた空間――それが氷川神社だった。入口にさざれ石が小さな石に囲われて置かれていて、綺麗に整えられた砂利の土の上に、まっすぐ歩道が延びている。空気がどことなく冷たいのは、肌に触れている大気が瑞々しいからだった。呼吸は出来るのに、溺れているような感覚が身体に出ていた。耳の奥で、金属を摩擦したような高く響く一本調子の音が聞こえる。その音は神命(かみ)が近くにいるときの空気が発する言葉であり、魔が死したときの声なき断末魔の音色なのであった。


「主神・清水瀧ノ神命(しみずたきのかみみこと)様の庇護の許に鎮座しています」

「摂社がいくつもあって、神命(かみ)様が天空の城へ召されてから啓示を受けた方々が神職となってこの神社を整えたんです」


 鳥居をくぐって敷地の中に入ると、すぐ左手側に社務所があり、反対側には舞などを披露する際に使われている建物があった。少し先に行ったところで摂社である小さな神社に行ける道が左右に続いていて、にれかたちはそこでは曲がらずに真っ直ぐ先へと進んだ。

 砂利道を過ぎ小さな橋を渡っていった先には、手を濯ぐ柄杓が置いてある水辺がある。神社にほど近い冠婚葬祭のための花屋が花を提供していて、いつも水辺には綺麗な花が飾られている。すぐ近くに門があり、境内はもうまもなくと行った距離だった。にれかと真千花と征也(ゆきや)は手を洗った。手を濯ぐ場所の奥に入り込んだ道を示して、にれかが説明した。


「この奥には蛇の池という、水が湧く綺麗な池があります。埼玉王国の水源、氷川水源にもつながっている場所です」


 三人が向かうのは境内なので、そこから門に向かった。門の入口で丁寧に頭を下げたにれかを真似して、征也(ゆきや)も頭を垂れてから境内の敷地に入る。

 小さな石の砂利が敷かれた氷川神社の中央の舞殿を避けて歩きながら、征也(ゆきや)は背の高い松の木を仰ぎ見ていた。他の参拝客の内、その大樹の幹に触れている者も見受けられる。その様子を不思議そうに征也(ゆきや)が見ていると、真千花が教えてくれた。


「神社の木に触れると心臓の鼓動の調子が整うんですよ」

「それで木に触れているんですね」


 お祓いをする建物や、神職の人々がお守りや札を売っている窓口を見て、征也(ゆきや)はふと何処から来たものか分からない行方知れずの風に吹かれて首をかしげていた。

 舞殿の周りに沿って歩くと拝殿の前に出る。にれかが参拝を促して微笑んだ。


「手を合わせていきましょう。鮫島さんに神命(かみ)様方からご加護がありますように」


 賽銭に硬貨を投げ込んで、二礼二拍手一礼すると、三人は並んで手を合わせた。征也(ゆきや)は勿論神命(かみ)を信じている者だが――日本に神命(かみ)を信じていない者は、普通にはいないことになっているのであるが――にれかのような神職と共に仕事をしていたという神命(かみ)との近しさがあるような知人はいなかったので、神妙な表情で誰もいない拝殿の中を見つめていた。誰かと目が合ってしまって、目をそらせなくなっているかのような姿だった。出会ったばかりだというのに加護をと言ってくれるにれかや、一緒に来てくれた真千花の心の深さを感じながら、征也(ゆきや)は境内に背を向けていた。とても長い間、誰かと話をしたような心地よい疲労感が肩にのしかかっていた。

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