この星を何分の一にしたの永遠に輝くプラネタリウム
夏の六時はまだ明るいけれど、もうすぐ訪れる夕焼けの気配がして、なんだか寂しい。
母に頼まれて商店街のお魚屋さんに行く途中、電気屋の前でまのんはふと足をとめた。ショーウィンドウに飾られた最新型のテレビに、旅行番組が映されている。どこか外国の山奥の村で、リポーターが野原に寝転がって夜空を眺めていた。吹きわたる夜風が草花を揺らして波を描く。画面越しでも分かる満天の星。CMに切り替わるまでずっと、まのんはその名前も知らない村の景色に見とれていた。画面の中でかぶり物をした人々が踊り出してやっと、我に返る。
「見に行きたいですね、星……」
誰にも聞こえない声で呟いたとき、ズボンのポケットの中でスマホが震えた。何気なく取り出し、ミカモちゃんからメッセージが届いていることに気付く。
「まのんちゃん、今日は一緒に星を見に行こー!」
まるで、私の心の中を読んだみたいですね。そう考えてから、きっとミカモちゃんも同じ番組を見ていたのだろうと思い至る。
まのんは、ぽちぽちと返信をした。
「私たち、気が合いますね」
「星を見に行くって……プラネタリウムですか」
少しがっかりしているまのんの手を引いて、ミカモちゃんは嬉しそうに科学館の中を突き進んでゆく。
ここは町外れにある古びた建物で、科学に関する本を集めた図書館に併設されて、滑車の原理を学べるおもちゃなどの展示とプラネタリウムがある。小学生のころは学校行事でよく来たけれど、最近はめっきり足が遠のいていた。
「今日は夏の星座の番組と銀河鉄道の夜の映画の二本立てだって! 私、宮澤賢治好きなんだなぁ。まのんちゃんは……嫌い?」
まのんの表情をうかがうように、ミカモちゃんが不安そうな顔をする。
「好きですよ、もちろん」
私はただ、本物の星空を見たかっただけです。
半球型の室内には、二人の他に誰もいなかった。真ん中の席に並んで座り、背もたれを倒してまだ何も映されていない灰色のスクリーンを見上げる。
「ねえ、まのんちゃん、覚えてる?」
「何ですか?」
まのんは天井を見上げたまま聞き返す。
「ずーっと前、小さかった頃に一緒にここに来たんだよ。私はまのんちゃんが大好きだったけど、お引っ越しが決まってて。だからお星様にお願いしたの。いつかまた、まのんちゃんと会えますように、って」
語尾が涙で濁ったような気がして、まのんはミカモちゃんの方に振り向く。そのとたん、すとんと世界が暗くなって、夜の闇の中に親友を見失った。まのんは手を伸ばす。柔らかい手に触れると、向こうから手探りで握ってくれた。
「ミカモちゃん、まのんはあなたに会えて幸せです」
「あのね、この科学館、今月いっぱいで閉館になる予定なの。だから私、魔法をかけるよ」
この星を何分の一にしたの永遠に輝くプラネタリウム
「ね、これで大丈夫」
「そうですね、ミカモちゃんの魔法は絶対ですから」
満天の星の下で、私は構えていたライフルを下ろした。ここは、町外れにある科学館の屋上だ。この辺りでは一番背が高い建物だから、襲撃場所に選んだのだろう。
見下ろす町は、田舎だとは言え、星よりも密な人工の灯に満たされている。温かいオレンジ色の民家の灯、青い街灯、コンビニのプラスチックみたいな白い蛍光灯。
あの光の海に、私の帰る場所はない。捨ててきてしまった。あの人がいない家なんて、苦しいだけだから。
「私は正義なんだ。正義の魔法少女だ」
言い聞かせるように叫んだ。誰に向かってだろう。私自身? それとも――
この星に私の帰る場所はない永遠に輝く空き家の灯
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