手を離さないでね?
僕と奏さんは電車に揺られていた。
「上野には行った事がないからすごく楽しみ」
「奏さんはは出身が岩手県でしたよね?」
「そうだよ。何も無い田舎だったから初めて東京に来た時はとにかく驚いたな〜」
「今日はしっかり案内しますから」
「おっ、頼もしいね。エスコート、期待してるよ?」
そう言って奏さんはニコッと笑った。
電車が上野駅に着くと多くの乗客が降りた。
連休中とあってやはり人が多い。
奏さんは人混みに慣れていないからか、何度か人の波に流されそうになる。
すると突然、奏さんが手をブラブラさせながら「透君、エスコート、エスコート」と言い出した。
何の事だろうか、と少し考えてから、もしかして手を繋げという事だろうか、と思った。
間違えたら恥ずかしいが、人混みで手を見せてエスコートと言われれば可能性が高い気がする。
僕は思い切って奏さんに手を差し出して「お手をどうぞ」と小さな声で言った。
奏さんはそんな僕を見て微笑むと、「紳士だね」と言いながら僕の手を握った。
そして、横に並ぶと上目遣いで僕の事を見て、「しっかり案内してくれるって言ったんだから手を離さないでね」と笑顔で言った。
そんな奏さんに見惚れて僕は返事を返さずにただ頷くだけしか出来なかった。
駅を出て横断歩道を過ぎると美術館が見えた。
「美術館もあるんだね」
「右に曲がると博物館もありますよ」と僕が言うと「上野って凄いねー」と感心したように言った。
話しながら進むと動物園が見えた。
「あっ、ついに見えた! 透君、入る前に写真を撮ろう!」
彼女はそう言うと入場口を背にスマートフォンを掲げた。
「透君、もっと近付かないと」と言うと奏さんはただでさえ手を繋いで近いのにさらに距離を詰めてきた。
良い匂いがしてきて体が固まってしまう。
その間に奏さんは、「はい、チーズ」と言って写真を撮ってしまった。
「綺麗に撮れたかな」と言って奏さんと僕は撮った写真を確認した。
写真の中で奏さんは綺麗に微笑んでいて、対して僕は慌てた表情だ。
「透君、可愛いね」
奏さんのその言葉に僕は恥ずかしくなる。
「もう一枚撮りませんか?」
今度は少しでもまともに写ろうと僕は意気込んだ。
しかし、奏さんは愛おしそうに写真を見ると、「だーめ、この写真が良い」と言ってスマートフォンをしまった。
本当は折角の奏さんとのツーショットなので、格好良くとはいかなくても、普通に写りたかった。
しかし、愛おしそうに写真を見ていた奏さんを思い浮かべると、奏さんが満足ならそれで良いか、と思うのだった。
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