Ⅹ
「フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ!」
身体は向かい風で冷えているのに、心臓と肺が燃えるように熱い。
肩で激しく息をしていると、額から汗がスッーと流れ落ちてきた。
この程度で息が切れるとは、俺もまだまだだな。
「ぐっ、ぐっ、抜けろ!」
グガァと呼吸を整えると壁から両足を抜いて、地面(山道)に着地した。
何故か六十メートルほど離れた所にいる四人組が武器を構えて警戒している。
(よく見ろ。俺だ、魔物ではない)
攻撃されないように堂々と、ゆっくりと近づいていくと言ってやった。
「さっきは済まなかったな。俺が悪かった」
「巫山戯んじゃねえぞ! 俺を殺すつもりか!」
俺の心からの謝罪に何故か悪魔が素早く激怒した。
だが、何という生き生きとした目だ。少し見ない間に見違えた。
死んだ目がキラキラ輝いている。死の間際に何かを悟ったらしい。
「……イカれてやがる。壁を走って下りるなんて人間のやることじゃない」
「おい、付いて来たら殺すって言ったよな! 謝って気が済んだならさっさと消え失せろ!」
謝罪が済んだのでどうするべきかと考えていたら、ハインズが呟き、ベルストロが怒鳴ってきた。
そういえば謝ることがもう一つあったのを思い出した。
「そうだった。借りていた剣を壊してしまった。これで足りるとは思えないが、謝罪の証だ。受け取ってくれ」
頭は下げずに言葉だけで謝ると、地面に宝箱と鞘に入った壊れた剣を置いて少し離れた。
出来れば一緒に入っている石ころと銅玉、毛皮だけは返してもらいたい。
今夜の酒代だ。だが、それを言うのは恥だ。
恥の多い人生ほど無様なものはない。
俺の人生に恥は無用の荷物だ。
「凄い、一人で宝箱って……」
「ど、どうせクソ雑魚ボスなんだよ、どうせ大した物も入って——」
確かに大した物は入ってない。石ころと毛皮だ。
コールが驚き、ベルストロが宝箱に笑いながら近づいて蓋を開けた。
「——やべえ」
そして、袋を開けると固まった。
やはり大した物じゃないらしい。
宝箱に近づくと中から毛皮、石ころと銅玉が入った袋だけをソッと取り出した。
言うのは恥なので、黙って返して貰うとしよう。
「では、借りは返した。さらばだ!」
「おい、ちょっと待て! 多過ぎ——」
何かを言われる前に、崖に向かって跳んだ。
予想通り、ベルストロが何か言おうとしていたが、もう聞こえない。
俺の身体は山を駆け降りる風になっている。
第十一話 村
山を駆け降りていると、森の中に伸びる道(森道)が見えてきた。
真っ直ぐから斜めに進路を変え、森道を目指した。
「うおおおおおおお!」
地面が近づいてきた。両足に力を込めて岩肌を踏み壊して減速していく。
いかに俺でも世界に体当たりして勝つ自信はない。
そして、硬い岩肌を一撃で貫くのが難しいのも分かっている。
いつでも貫けると油断していたら、大地と熱い抱擁を交わすことになる。
俺はそんな失敗はしない。
地面近くのこの辺の岩肌が硬いと判断すると、手に持った毛皮を素早く手放した。
「ゴーレム! 剣だ!」
「(任せて!)」
左手首の腕輪を右手で掴んで命じると、すぐさま反応が返ってきた。
右手の中で形を変えていき、気が付けば右手に剣の柄を握っていた。
素早く良い反応だ。
「止まれぇー‼︎」
その柄を両手で握ると振り上げ、前に倒れるように壁に切っ先を力一杯ブチ込んだ。
ズガァーンと不利な体勢だったが、まるで人間の身体に突き刺したような感触だ。
百三十センチはある刀身の半分以上が岩壁に軽々突き刺さった。
「がはぁ!」
だが、殺せなかった崖下りの勢いと反動で、俺の身体が半回転して背中から壁に大激突した。
「……ふぅー、成功だな」
「(どこが?)」
地上二十メートル、剣の柄にぶら下がったままひと息ついた。
多少背中が痛いがハンマーで強打された程度の痛みだ。
両足の足裏と両腕に力を入れて、壁から刀身を抜くと、壁を足裏で滑り降りて着地した。
「あとは村まで走るだけだな。ゴーレム、馬になれるか?」
ゴーレムに聞いてみた。山を駆け降りて、さすがに足が疲れた。
剣にも腕輪にもなれるなら、馬になってほしい。
「(馬って何?)」
「人を乗せて四本足で走る動物だ」
「(へぇー……自分で走れ)」
……だろうな。友に頼むようなことじゃなかった。
これでは人間に「馬になれ」と命じる鬼畜主人と同じだ。
落とした毛皮を回収して、ゴーレムに腕輪になってもらうと歩き出した。
高速の山降りのせいで足の感覚がおかしい。走るのは感覚が戻ってからだ。
しばらく歩き続けていると、ようやく足の調子が戻ってきた。
軽く走ってみたが問題なさそうだ。これなら夜までに村に着けそうだ。
だが、一つ新たな問題が発生した。
靴を履いているはずなのに、何故か足裏に地面の感触が直に伝わってくる。
立ち止まり靴の底を見ると、両足の靴底が消えていた。
あの御者の商人め、俺に不良品を渡しやがったな。
どおりで売れ残るわけだ。
「ふぅー、到着と……」
壊れた靴は脱いで、村まで軽く走った。
少し暗くなっているが、暗くなってから一時間も経っていない。
これなら酒場も開いているだろう。
だが、まずは金の調達だ。金が無ければ何も食えない。
目についた村人、といっても立派な服(長袖の白シャツ、半袖の紺色シャツ、黒長ズボン)を着ている。
お忍び中の第二王子だと言われたら、信じてしまいそうだ。
そんな第二王子っぽい若い村男に聞いてみた。
「すまない。魔物の素材を売りたいんだが、この村で買い取ってくれる店はあるか?」
「魔物素材なら『鍛治屋』が買い取っていますよ。案内しましょうか?」
「それは助かる。是非頼もう」
親切な男だ。きっと田舎衛兵にはこういう男が向いている。
男の案内で村の中を歩いていくと、数分で鍛治屋に到着した。
店の隣にある壁の無い、屋根だけの場所に剣が無造作に二十本近くぶら下げられている。
まるで収穫された野菜のようだ。剣の質は普通か、ちょっと悪いぐらいだ。
失敗作か、それとも鍛冶屋の腕の限界か……
まあ、俺としては素材を買い取ってくれるならどっちでもいい。
親切な男に礼を言うと石造りの建物に入って、炉の近くに立っていた鍛治屋っぽい服のオヤジに聞いてみた。
「すまない。ここで魔物素材を買い取ってくれると聞いたんだが、間違いないか?」
「ああ、間違いないぜ。もう店じまいするところだから、さっさと見せてくれ」
「それはすまない。この中に入っているので全部だ」
このオヤジも仕事終わりの一杯に行くらしい。だったらお互い早く済ませるとしよう。
部屋にあった四角い木卓の上に、ドンと宝箱を置いて、蓋を開けて見せた。
「ん? 銀狼の毛皮と壊れた靴だけか。宝箱の中身はどうした?」
「宝箱の中身なら一つは俺の腹の中だ。もう一つは謝罪として渡してきた」
宝箱の中を覗き込んでオヤジが聞いてきたので、簡潔に答えた。
「つまりは無いのか。宝箱持っていたから期待したんだがな……まあいい。毛皮なら一枚小銀貨三枚だ。それで構わないか?」
「ああ、それで構わない。それとこっちは買い取りできないのか?」
銀貨とはなかなか高額だ。ローマなら酒を樽ごと買える。
だが、まだ袋の中の銅玉を見ていないぞ。オヤジにこっちも買ってくれと袋を開けて見せた。
「ほぉー、『魔銅石』か。こいつを使うと良い農具が作れるんだ。……だが、量が少ないな。クワ一本ぐらいしか作れん。買い取るなら大銀貨一枚だな。それでもいいか?」
「構わない」
「(えっ、僕のご飯じゃなかったの?)
許せ友よ。男には命や誇り、大事な物を売らなければならない時があるのだ。
今がその時だ。ゴーレムに心の中で謝ると、オヤジに銅玉を全部売り渡した。
「ほら、大銀貨一枚と小銀貨三枚だ。次は『魔法石』を期待しているぜ!」
そう言ってオヤジが良い笑顔で金を渡してきた。
小銀貨は直径一センチ、大銀貨は直径三センチぐらいの大きさがある。
俺の知っているローマの銀貨と違い、綺麗な円をしている。
かなり高度な貨幣製造技術だ。剣の製造技術は低いがな。
「魔法石、それは悪魔の石みたいなものなのか?」
酒場に急ぎたいが、魔法=悪魔が関係しているなら話は別だ。
銀貨をポケットにブチ込むと、真剣な目でオヤジを見つめて訊いた。
「それは知らんが、魔法石は属性が備わった石だ。『錬金術師』が加工することで誰でも魔法が使えるようになれる便利なものだ」
「ん? 魔法なら誰でも使えるんじゃ無かったのか?」
俺の知っている四人の話とオヤジの話が違う。
どうもこの世界の常識が分からない。
「ハハッ。それはそうだが、高度な攻撃魔法は誰でも使えるもんじゃない。初歩魔法の『火』『水』ぐらいだ。『風』や『地』が使えるような才能のある奴なら魔法使いになれる」
「ふむ、なるほど……」
話を聞いてもよく分からなかった。だが、一つ分かったことがある。
『岩(地)』を操れるゴーレムは『才能』がある魔法使い、いや、魔物らしい。
覚えておけ、ゴーレム=ゴルバチョレフィーナスよ。
金で買えないものがある。それが才能と良い友だ。
古代ローマ最強の剣闘士『アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス』異世界の闘技場『ダンジョン』に挑む アルビジア @03266230
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