Ⅸ
「……もう終わりか? 俺はあと百発は余裕で続けられるぞ」
腹から右拳を引き抜くと、静かに熊像に問うた。
「ゴゴッ、ゴコォ(ぼ、僕だって)……!」
やはり俺が見込んだだけはある。
俺の問いに対して熊像が膝を震わせながらも立ち上がった。
まだまだやる気らしい。
……だが、もう長くないことは分かっている。
腹の穴から亀裂がドンドン広がっている。
俺の一撃がしっかり、コイツの魂に届いている。
「ゴガァ(うわぁー)!」
「……」
やがって待っていた熊像の一撃、渾身の一撃——魂身の一撃がやって来た。
その一撃で熊像の亀裂が大きく広がった。だが、俺の身体は上半身が少し動いた程度だ。
吹き飛ばされるような一撃が今は見る影もない。明らかに死にかけの一撃だ。
その証拠に攻撃した熊像の方が地面に両膝をついて倒れた。
「ゴッ、ゴゴゴッ……」
(ここまでだな……)
久し振りの楽しい戦いだった。だが、どんな戦いにも終わりはやってくる。
強者を痛ぶる趣味はない。むろん、弱者に対しても同じだ。
鞘から剣を抜き、熊像に剣先を向けて戦いの終わりを宣言した。
「ここまでだな、強き者よ。誇りに思え。神から与えられし我が剣『神剣ベルストロ=ホーリンヘルグ=エルブライド』でお前を屠ってやろう。……最後にお前の名を聞かせてくれるか?」
「……」
倒す前にダメ元で訊ねた。魂で殴り合った戦友だ。友の名前ぐらいは知りたい。
それに時折り、テーブルの脚が床に擦れるような音が出ていた。
「ゴゴォ」とか「ゴッゴッ」ぐらいは名乗れるだろう。
「……(ゴーレム。僕の名前はゴーレム)」
「むぅ!」
まさか、子供のような声がハッキリ聞こえて少し驚いた。
「……良い名前だ。では、さらばだ、ゴーレム!」
だが、それも少しだ。すぐに軽い笑みを浮かべて剣を握り締めた。
そして、全身全霊を持って、ゴーレムの腹の穴に剣先をブチ込んだ。
「ハァッ!」
——バキィン‼︎
「……」
「……」
剣が折れた。それも真ん中から真っ二つにだ。
「……見事だ」
「……(何が?)」
折れた剣の刀身を目の前に掲げて確認すると、真っ直ぐにゴーレムを見て言った。
「神剣が折れたということは、『神がお前に死ぬべきではない』と言っているのと同じだ」
「……(僕、生きてていいの? 殺さないの?)」
「フッ、そのようだな。では、俺は行く。水を探している途中でな」
ゴーレムの問いに笑って応えると、折れた剣を鞘にしまった。
コイツを倒しても酒は出ないだろう。ならば、この部屋にもう用はない。
左手を軽く振り上げて別れを示すと道を引き返そうとした。
「(待って!)」
「ん、どうした?」
すると、ゴーレムが大きな声で呼び止めてきた。
引き返すのをやめて立ち止まると何だと聞いた。
「(こんなに優しくされたの初めてだから。みんな、僕を殺そうとするから)」
「そうか……」
まあ、それが強者の宿命だ。命を狙われてこそ一人前の戦士だ。
「(だから、僕を連れていって。僕がそれの代わりになるから)」
「……」
臆病者が泣き声を言うのかと思ったが違ったみたいだ。
そう言うとガラガラとゴーレムの身体が崩れて、一本の剣が剣先を下に地面に立っていた。
茶色の両刃の岩で出来た長剣だ。
良い剣か悪い剣か長年剣闘士をやっていれば自然と分かる。
間違いなく『良い剣——それも最上の部類』だ。
おそらく強度は鉄以上、切れ味は俺が振るえば大木さえも斬り倒せるだろう。
剣闘士としては是非とも欲しい剣だ。だが……
「いいのか? 俺が進む道は危険しかないぞ」
俺は剣闘士で冒険者だ。命を狙う側でもあり、逆に失敗すれば命を失う側でもある。
死を恐れる者が軽々しく付いて来るべき道ではない。
「(そんなのへっちゃらだい!)」
それなのに子供のような元気な返事が返ってきた。
何も分かっていない子供だ。ならば、俺が保護者になるとしよう。
では、まずは保護者の第一歩として名前を決めるとしよう。
「そうか、ならば連れて行こう。今日からお前は『神剣ゴルバチョレフィーナス』だ」
器用に地面に立つ剣を持ち上げると、その名を——新しき名を言った。
「……(ゴーレムでいいよ)」
子供のくせに謙虚な奴だ。立派すぎる名を貰って怖気付いているな。
この程度の短い名で怖気付くようでは、まだまだ先は長いぞ。
「遠慮はいらない、ゴルバチョレフィーナス。それにこれは仮の名だ。お前の活躍次第でさらに名は長くなる——」
「(ゴーレムでいいよ)」
「……ゴル——」
「(ゴーレムがいいよ!)」
どうやら意志は固そうだ。ハッキリと己が決めた名を伝えてきた。
「………分かった、そうしよう」
「ありがとう、オジちゃん!」
「オジちゃんではない。まだ三十三だ」
ならば仕方ない。
ゴルバチョレフィーナス、お前の名は『ゴーレム=ゴルバチョレフィーナス』だ。
「これは石ころか?」
ゴーレムを倒してもいないのに、地面から宝箱が現れた。
蓋を開けると酒ではなく、赤、緑、黄、青色の透明な石ころが合わせて三十個ほど入っていた。
宝石に似ているが、俺が知っている宝石は小指の先よりも小さな物だ。こんなにデカくない。
とりあえず宝箱ごと貰っておこう。左肩に担いだ。
第十話 下山
「さて、帰るか」
肉を食べ、剣と戦友を手に入れた。次は村で酒にするとしよう。
「ぐっ……!」
少し痛むな。殴り合いで身体が痛んでいる。
道を引き返しているだけなのにダラシない身体だ。
やはり早急に酒の力が必要だ。
途中の道に置いてきた銀狼の毛皮を拾って、今日は宿屋に泊まるとしよう。
帰り道は順調だ。魔物が全然出ない。
通った道を引き返しているからだろう。
俺が通った道はいつも屍しか残らない。
「そういえばお前達魔物は何故ダンジョンにいる? 住むならもっと良い場所があるだろうに」
戦いもなく黙って歩くのは暇だ。喋れるなら喋るとしよう。
右手に持つ剣に聞いてみた。
「(それは無理だよ。魔物はダンジョンから出られないんだよ)」
「何だと? それだとお前も外には出られないじゃないか」
かなり重要な情報だ。それだと付いて来れるのはダンジョンの出口付近までだ。
「(えっへん! それなら大丈夫。魔物は人間を食べると外に出られる実体を得られるんだよ。僕、何人か食べたから多分出られるよ)」
「ほぉー、それなら問題ないな」
心配したが、外に出られるのなら問題ない。
だが、人間を食べるのは問題ありだ。
死んだばかりの人間を遺族から買うしかないと思っていたが……問題なかった。
主食は岩らしい。宝箱の中の色付き石はコイツにとっての食べ物なのだろう。
試しに銅玉を与えると、刀身に開いた穴から喜んで食べていた。
これなら食費はタダだ。非常に助かる友だ。
途中に落ちていた毛皮二枚を回収して、出口まで無事にたどり着いた。
念の為にソッと通ってみたが普通に通れた。
さて、ここからは山下りだ。普通に歩いて下りると時間がかかる。
村の出発時間、青い空の色、涼しめの気温、俺の体感時間から判断すると、現在の時刻は夕方前だ。
眠気は感じない。いつの間にか一晩経って、早朝というわけではあるまい。
(これはなかなかだな……)
崖下を覗いてみた。崖はほぼ垂直に近い。
暗くなってからの移動は危険だ。ついでに宿屋や飯屋も閉まる。
だとしたら残り時間はもって二時間。ならば、山下りではなく『崖下り』しかない。
さすがの俺も山壁を駆け登るのは無理だが、逆なら可能だ。
しかも駆け降りている途中で転んでも勝手に下まで連れていってくれる。
「さて、行くとするか」
崖下りをする前に右手に持つゴーレムに気合いを入れるように言った。
念の為に左肩に担ぐ宝箱の中に毛皮と袋を詰め込んだ。
これで少しは走りやすくなった。
「(待って。このままだと危ないから、僕、腕輪になるよ)」
「ほぉー、そんなことも出来るのか?」
「(えっへん! ゴーレムだからね!)」
よく分からないがそういうものらしい。
剣が形を変えて、右手に着けている腕輪と同じ形になった。
これでうっかり手を放して落とす心配はない。
左腕に着けると今度こそ出発した。
「くぅおおおおおお!」
ドドドドドドドドドッと高速のその場足踏みで崖を高速で駆け降りていく。
一秒間に九歩という凄まじい速さだ。それがどんどん加速していく。
止まることも倒れることも許されない。失敗すれば崖下りが即転落に変わる。
両の太ももに何かが溜まってきたぞ!
両の太ももに何かが溜まってきたぞ!
両の太ももに何かが溜まってきたぞ!
「ミキティ~~~~イ‼︎」
叫びと共に両の太ももから何かを爆発させた。
前方に——というよりも下に見える突き出た岩を右に避ける。
次は左だ。目の前に現れた横に伸びる壁(多分道)を跳び越えて避ける。
再び山崖に着地し、転ばぬように岩肌を力で踏み壊し、貫き壊しながら走り続ける。
(なるほど。これなら速度も落とせるな……ん? あれは……)
走り続けていると再び現れた前方に伸びる横壁に動くものが見えた。
あの四人だ。どうやら悪魔は復活したらしい。
盾で運ばられずに自分の足で歩いている。
ならば「さっきは悪いことをした」と一言謝っておくのが礼儀だ。
悪魔の力も使いこなせれば問題ない。
俺も神剣ゴーレム=ゴルバチョレフィーナスを使いこなしてみせよう。
ドガァドガァドガァドガァ‼︎
「何だ! 落石か!」
「気を付けろ! さっきの野獣の雄叫びも気になる!」
両足に力を込めて、山肌を踏み壊しながら減速していく。
そして、山肌に両足首を突っ込んで完全に停止した。
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