(……そろそろか)


 美味そうな匂いだ。肉の表面に茶色い焦げ目が広がり、ポタポタと肉汁が落ちている。

 これで酒でもあれば一杯楽しめるものだが、酒どころか水もない。

 肉を食べ終えたら水を探すとしよう。狼や牛がいるなら水場もあるはずだ。

 さすがに水なしだと四日が限界だ。


 ガブリと肉の表面をひと齧りして、引きちぎり噛みちぎっていく。

 なかなか悪くない味だ。今まで食べた牛の中でも上位に入る。

 だが、やはり酒が欲しいな。

 倒した獣が落とすか、宝箱にあると期待するしかない。


「ふぅー……よし、行くか」


 食事も済んだ。休憩も済んだ。立ち上がると鞘に剣を戻した。

 そういえばベルストロが言っていたな。

 倒した獣の素材を売るのが冒険者だと……


 だとしたら、毛皮や肉も売れるのだろう。次からは燃やさずに拾っておくとするか。

 宝箱に酒が入っていなければ、毛皮を売って、村か町で酒を買うしかないからな。


 第八話 水探し


 とりあえず道を引き返して分かれ道まで戻ってきた。

 入り口はこっちで、こっちから来たから今度はこっちに進むとしよう。

 奥に続く道をしばらく進んでいくと、前方に黄色い目を光らせる獣達を見つけた。


「チュチュチュチュチュチュ……」


(ネズミ……ではないな。リスか?)


 太った猫を思わせるリスの大群(十七匹ぐらいか)が通路の壁を齧っていた。

 ネズミでないのは太い尻尾をよく見れば分かる。

 茶色い身体は毛皮というよりも、ゴツゴツと岩の彫刻のようだ。

 おそらく亀の甲羅のようなものだろう。全身に硬い岩石の甲羅をまとっている。

 鎧を着込んだ歩兵部隊といったところだな。


「ふぅー、水は期待できそうにないな!」

「——ヂュ(な、なんだ)⁉︎」


 だが、そんなことはどうでもいい。

 岩床をドンと一発大きく踏み鳴らして、岩食いリスに俺の存在を知らせた。

 壁を食うのをやめて、リス達が一斉に俺の方を振り向いた。

 

「面倒だ。まとめてかかって来い」

「「「ヂュ~~~~(肉が来たぞ)!」」」


 いい反応だ。来るように手を振って言うと、リス達が飛び跳ね向かってきた。

 速度は遅く、動きは単純。脅威なのは数だけの虫のようなものだ。

 異常に突き出た二本の尖った前歯に毒でもなければ、動くだけの石の塊でしかない。

 酔っ払いが持ち上げ、地面に叩きつければ木っ端微塵になる皿と同じ存在だ。

 そんな皿か鉄皿か分からない存在に、まずは小手調べに右拳を一発ブチかました。


「フンッ!」

「ヂュ……!」


 ボガァ——やはり皿だった。もしくは硬めのレンガの壁だ。

 俺の右拳によって、リス皿の顔が呆気なく砕け散った。

 さらに向かってくるリス皿達にも両の拳を振り回し、掴んで投げつけぶつけ砕いていく。


「クッククク!」


 こいつは楽しくなってきた。

 一、二、三、四、五……とこのリス皿なら、いくら割っても店主に怒られる失敗はない。

 わずか数分の一方的な破壊だったが、全てのリス皿を砕き終えてしまった。

 こいつは日に五十枚は割らないと満足できそうにないな。


「ふむ、石ころか……」


 追加の皿がやって来ないので、床を探してみた。

 やはり酒も水も落ちていない。岩床に落ちているは丸い銅色の玉だけだ。

 一つ拾ってみると三センチほどの大きさのわりに重みがあった。


「これはもしや……?」


 もう一個拾って、玉同士を軽くぶつけてみた。

 カチカチとやはり石ではない。おそらく金属だ。色からして銅に近い金属なのだろう。

 これは良い投石、いや、投鉄を手に入れた。

 床に落ちている銅玉(二十三個)を拾い終えると腰の袋にしまい込んだ。

 剣に腕輪に投鉄と——武器が集まってきたな。あとは盾と馬があれば文句はない。


 だが、今は盾よりも飲み物だ。この際、果物でも野菜でもいい。

 ダンジョンの奥に向かって再び足を進めていく。

「ヂュ!」と再びリス達に遭遇した。弱いのに果敢に向かってくる。


 けれども容赦はしない。

 両の拳を振り回す、新たな銅玉に変えてやった。


 第九話 熊像発見


「なるほど……次はアイツか」


 分かれ道を数回、通路の行き止まりを引き返すこと数回、やっとたどり着いた。

 おそらくダンジョンは通路が行き止まりならばハズレ、行き止まりの部屋ならば当たりだ。

 まあまあ広いドーム状の空間の中央に巨大な茶色い石像(高さ三メートル)が一体置かれている。

 太く長い両腕、太く短い両足、胴体は両腕を合わせたよりも太い。

 クマの手足と胴がパンパンに膨らんだような……


 いや、その辺に落ちている六個の石ころに適当に手足や胴、頭としてくっ付けて作られた人形か。

 そんな感じの印象がする。どちらにしても分かったことが一つある。

 あの熊っぽい石像を倒しても酒は出てこない。デカイ銅玉が出てくるだけだろう。


「ゴゴゴッ(だれっ)……?」


 だが、戦わずに引き返すは剣闘士の恥。

 偽熊石像に向かうと予想通り動き出した。

 どうやらあっちも見逃すつもりはないらしい。

 牛とは違い、少しは楽しめそうだ。


「我が名はアンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス。ローマ最強の剣闘士だ」


 距離九メートルまで近づき止まると、熊像に名乗った。

 返事はすぐに返ってきた。


「……ゴゴゴッ《(ロックランス)》」


 それも強烈な返事が——


「面白い! 良い返事だ!」


 熊像が両手の手の平を俺に向けると、先端に行くほどに細く鋭い、太く巨大な岩角を一本撃ってきた。

 魔法だ。茶色い岩角は馬のように速い。俺が乗ってきた馬車も一撃で破壊できるだろう。

 だが——


「フンンンッツ‼︎」

「ゴゴッ(そんなぁ)‼︎」


 岩角に向かって走るとその先端を両手で掴み、左に振り回し、そのまま持ったまま熊像に突っ走る。

 こいつでお前をブン殴る。熊像の少し手前で踏ん張り、身体を回転させて真上に跳び上がった。


「うおおおおお!」


 悪魔の熊像よ、お返しだ。熊像の頭目掛けて、岩角の太い方を振り下ろした。


「ゴゴッ(消えて)」

「ぬぅ……!」


 だが、持っていた岩角がこつぜんと消え去った。

 スカァッと両手が武器を失い、俺の攻撃が完全なる空振りに変わってしまった。

 そして、着地直後の隙だらけの俺の左側に、熊像の硬く握られた右拳が振り抜かれた。


「ぐぅはあ!」


 強烈な一撃だ。わずかだが俺の身体が横に動かされた。

 大盾の盾越しに全力疾走の体当たりを受けた時と似ている。


「ククッ、良い拳だ!」


 強敵との出会いに笑みを浮かべると、右腕を振り上げた。

 今度は俺の番だ。俺の胸辺りにある熊像の腹に狙いを定めた。

 けれども——


「ゴゴッツ《(ロックランス)》‼︎」

「くぅっ!」


 踏み込む瞬間、地面から感じた嫌な気配に後ろに大きく跳んで距離を取った。

 その直後、熊像の周囲の地面から五十を超える岩角が一気に飛び出した。

 見るのはこれで三度目か……魔法とは厄介なものだ。

 隠し武器や暗器と同じ部類になるだろう——いずれにしても臆病者の卑怯者が好む戦法だ。


「……フンッ。デカイ図体してずいぶんと慎重だな。俺が怖いのか?」


 地面に着地すると鼻で笑って、熊像に言ってやった。


「……ゴゴッ(はぁっ)? ゴォッ(怖いだって)?」

 

(ほぉー……)


 どうやら俺の勘違いだったらしい。

 熊像の周囲から岩角が消えて、熊像が怒りをあらわに歩いて向かってきた。

 ドシン、ドシンとゆっくりと、地面を高らかに踏み鳴らしてやって来る。

 やがて目の前までやって来ると立ち止まった。


「……」

「……」


 睨み合いだ。俺からは何もしない。冷たく静かな時が流れていく。

 けれども、お互いの身体から放たれる闘気はすでにぶつかり合っている。

 そして、すぐにそれはやって来た。

 熊像の無言の右拳が、再び俺の身体の左側を襲った。


「ぐぐぅ!」


 ドゴォン。さっきよりも重い。臆病者には出せない戦士の一撃だ。


「ククッ、やはり良い拳だ! フンッ!」

「ゴゴッ(ぐぅっ)!」


 戦士の一撃を踏み止まり耐えると、すぐさま俺の右拳を腹にブチ込んでやった。

 かなり硬い。リス皿とはまったく違う。大自然で鍛えられた天然の巨石だ。

 だが、俺の拳は岩をも砕く。熊像の腹にクモの巣のような亀裂が浅く走った。

 一発で倒せぬとしても、その身体を魂ごと砕いてやる。


「うがぁ!」「ぐごぉ!」「ぐうっ!」

「ゴゴッッ!」「ゴォッ!」「ゴォン!」


 強者を決める殴り合いが始まった。お互いの強烈な一撃を交互にブチ込み続ける。

 熊像の大きな右拳の一撃は俺の頭を含めた上半身全てを殴りつけ、俺は熊像の腹の一点を殴り続ける。

 勝負のルールは決めてない。決める必要もない。先に倒れた方が負けだ。

 殴り合いは一発から始まり、十発を超え、二十発を超え、三十発を超えた。


「ゴガガガッツ(ぐぁばあ)‼︎」


 ——そして、俺はローマ最強の剣闘士だ。無敗の剣闘士は決して倒れない。

 俺の右拳が熊像の腹を貫き、その奥深くに突き刺さった。

 熊像がガクッと倒れ、地面に両膝をつけた。

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