Ⅴ
「おい、捨ててんじゃねえよ! 馬が踏んだらどうすんだ!」
釣り針を捨てたら、急にハインズが叫んだ。
情緒不安定な奴だ。城勤めは諦めた方がいいな。
それに釣り針が欲しかったわけじゃないなら問題ない。
「キチンと潰して捨てた。他の悪いところを教えてくれ」
「……はぁー、もういい。種類分けしろと言っても出来ないだろ。シャツ着て寝てろ」
「分かった、そうしよう」
ふぅー、種類とか言われてもよく分からんな。石は石だ。
言われた通りにシャツを着るとしよう。
パンパン振って、シャツに付いたゴミを外に払い落として、ギュッと絞って水を追い出した。
右隅に座ると、床の石ころの方は田舎衛兵になりたい黄土髪の男(確かコールだったか)が何やら袋に分けている。
「あー、やっぱり金目のものは入ってないかぁー」
なるほど、地味な仕事だ。二つの袋に良い石と悪い石に分けている。
採取系という仕事は俺向きの仕事じゃないな。良い剣と悪い剣なら出来そうなんだがな。
「ほい、ギルドにはこっちを持っていきな。こっちはゴミだからね」
床から石ころが綺麗に消えて、二つの布袋を持ってコールがやって来た。
受け取ってみたが、良い袋とゴミ袋の石の違いが分からん。
「助かる。この借りは必ず返そう」
「アハハッ。いつかそうなるように期待してるよ」
ふむ、この小馬鹿にするような笑いは全然期待していないな。
まあ、よかろう。俺は戦いに生きる男だ。
そもそも石ころ拾いなど最初から向いていないと分かっていた。
(もしや、この男達……俺が一番苦手な仕事をワザと選んだのではないのか?)
だとしたら、一体何の目的がある。
闘技場初日の剣闘士をビビらせる、意地の悪い古参の剣闘士の悪ふざけか。
それとも、いずれ強力な同業者になるかもしれぬ俺を恐れて排除するつもりか。
どちらにしても——
「クククッ。面白い」
「おい、いきなり一人で笑い出したぞ。やっぱヤバイってアイツ」
やはり恐れている方か。それもやむなし。
強者が弱者に向けられる視線は、羨望か恐れのどっちらかだ。
恐れられているのは慣れている。だが、俺は敵じゃない——『仲間』だ。
闘技場でもチーム戦はあった。普段は殺し合う剣闘士とも一時的に協力し合うチーム戦だ。
そんな時に好き嫌いなど言ってられない。助け合わなければ死ぬだけだ。
だが、それは剣闘士の話だ。コイツらは冒険者だ。
俺が冒険者になるのを全力で阻止するつもりならば油断は禁物だ。
田舎衛兵が親切そうに渡したこの良い石袋の方が、実は悪い石袋の可能性もある。
自信満々で冒険者ギルドに持っていけば、一発失格になる。
もう戦いは始まっている。無敗の剣闘士には失敗も心を許せる友も必要ない。
「今日はこの『リンガ』村までだ。明日にはダンジョンに到着するからしっかり休んどけよ」
結局、どっちの袋が正解なのか分からなかった。
目的地の村に到着したのか、馬車が止まると御者が言ってきた。
馬車から降りて見上げた空の色は夕暮れ時だった。
それに村とはいえ立派な村だ。焦げ茶色の木壁の家が五十は並んでいる。
地面は土で商店や飲み屋っぽい雰囲気の店もチラホラ見える。
「あー疲れた。今日の馬車移動は異常に長く感じたな。ギルドから護衛料ぐらい貰いたいぜ」
「護衛っていうよりも護送って感じでしたけどね。俺、おかしな真似しないかずっと見てました」
「おっ、ちょうどいいじゃないか。この村で田舎衛兵の練習すれば。初任務は『村に現れた怪しい脳筋監視してみた』でどうだ?」
「嫌ですよぉー! 絶対やりませんよ!」
「じゃあ『村に現れた脳筋、みんなで捕まえてみました』」
「おっ、それいいな。何かする前に軽くボコって縛っておくか」
「何かする前はマズイでしょう。せめてした後にボコりましょうよ。軽くじゃなくて重めにですけど」
「コール、お前。考え方が汚いぞ。お前絶対に田舎向きの性格じゃない。街向きだ。田舎暮らしはやめておけ」
「汚くないですよ! めっちゃ綺麗ですよ!」
四人組は宿屋に泊まるらしいが、俺は金が無い。
寝るのはその辺でいいとして、問題は食べものだな。
馬は駄目だろうから、藁でも食べるとするか。
「お前達もしっかり休むんだぞ」
「「ヒーン」」
動き出した馬車の後ろを付いて行くと馬小屋に到着した。
御者が馬を柵の中に入れると、馬達の前に長四角のオケにワラと水を入れて立ち去った。
馬小屋には寝ずに宿屋で寝るようだ。ならば、好都合だ。
「少し分けてもらうぞ」
「ヒ、ヒィーン……」
御者が消えたので、馬小屋に入って桶からワラを一掴みした。
馬が迷惑そうに鳴いたが、たったの一掴みで文句を言うとは小さい馬だ。
ワラを先端から噛みちぎり、奥歯ですり潰していくと独特の苦味が口に広がっていく。
なかなか悪くない味だ。ワラは水と一緒に食べると酒になる。
酔いが回ってきたら荷台の上に寝転べばいい。酔いが覚める頃には出発だ。
第六話 神の闘技場
荷台の中で朝まで寝ていると、まずは御者、次にやって来た四人から色々と文句を言われた。
馬達には多少迷惑をかけたかもしれないが、お前達にも迷惑はかけていない。
文句を言うなら迷惑をかけた時だけにしてもらいたい。
「おい、これ使え」
「……いいのか?」
馬車が走り出し、静かに隅に座っているとベルストロが剣を渡してきた。
俺としては助かるが、己の武器を人に貸すのは愚かな行為だ。
盗まれる、壊されるのは当たり前。最悪なのはその武器で殺されて、全て奪われる場合だ。
ローマではよく聞く話だ。
「昨日みんなで話したんだよ。どうせ追っ払っても付いてくるだろうし、そこでダンジョンを教えることにした。脳筋には採取よりも魔物倒す方が向いてる。手に入った素材を売れば金にもなる。アルベインさんに頼まれたし、その日暮らしぐらいは出来るようにしてやるよ」
「そうか……大事に使わせてもらう」
ふむ、ダンジョンとは何かを——魔物と呼ばれる何かを倒す場所のようだ。
採取も含めて、冒険者とは猟師のようなものなのかもしれない。
剣闘士として人間はもちろん。熊、獅子、牛、馬と一通り獣は倒してきた。
魔物とやらも倒してやろうじゃないか。
村を出発するとしばらくは森の中を進み、山道を速度を落として登り始めた。
ガタゴトと馬車が揺れ続けるので、座るよりは軽く立っている方が楽だ。
今さらだが時間があるということで、四人組が自己紹介してくれた。
最年長二十八歳の灰色髪のひげ男が『ハインズ』
四人のリーダー的な存在で、苦労しているのが年齢よりも老けている顔でよく分かる。
次が赤髪丸坊主の『ベルストロ』
口は悪いが面倒見がいい男だ。きっと兄弟がいるのだろう。
動きから見て副リーダー的な存在なのだろうが、面倒見が良すぎると余計な仕事も頼まれやすい。
おそらくハインズが苦労顔の原因の一つだな。
次は黒髪、暗めの服装からも盗賊のような雰囲気が漂う『ジャルマ』
身内に不幸が遭ったばかりの暗い目つきをして、あまり話さない。よく分からない奴だ。
最後は田舎衛兵を目指している黄土髪の『コール』
コイツはきっと一人っ子だな。自堕落そうな雰囲気が明るい脳天気な性格に出ている。
衛兵になる前に確実に死ぬな。それも人に恨まれて死ぬパターンだ。
まあ、そうならないようにしっかり借りを返させてもらおう。
ガタゴト、ガタゴトと揺られ続けて、やっと目的地に到着したようだ。
馬車が止まり御者が荷台の後ろの布をめくって言ってきた。
「着いたぞ。初めてだろうから何日かかるか分からないだろ。迎えに来るのは何日後ぐらいがいいんだ?」
それに対して、ハインズが答えた。
「いや、迎えはいい。何日どころか、俺達の実力が通用するのかも分からん。通用しないようならしばらく泊まりで鍛えるつもりだ。運が良ければ、ここに来た馬車に乗せてもらうとするさ」
「了解だ。それでも一応ギルドの規則通りやらせてもらうぞ。一週間経ってもギルドに何も連絡が届かなければ捜索隊を派遣させてもらう。その際の料金は負担してもらうからな」
「分かってる。死ぬような無茶をするつもりもない。本当に無理なら今日中に村に引き返すとするよ」
「ああ、そうしてくれると助かる。……出来れば馬車には生きている奴だけ乗せたいからな」
「「「「……」」」」
御者がうつむき、馬車に軽く触れながら言った言葉によって四人に沈黙が流れた。
死体を運ぶこともあるようだ。
俺にとって死は見慣れたものだが、死は多くの者が恐れる存在だ。
剣闘士とはいつもその死の恐怖に直面し、恐怖に震える日々を送る存在だ。
だが、ある時から——勝利し生き残る日々が続いた頃から、ある種の幸福を感じるようになる。
試合前の不幸のドン底から、試合後の幸福の絶頂というやつだ。
これを知ってしまった剣闘士はもう普通の生活では満足できなくなる。
かく言う俺もその一人だ。平穏な日常など退屈なだけ、我が人生は戦いのみだ。
馬車から荷物を下ろすと、馬車のままでも通れるぐらいに広い、山肌に開いた大きな洞窟の中に入った。
冷んやりと中は涼しく。地面、壁、天井と洞窟内を覆う硬そうな黒岩は渇いている。
さらに緑色に光る苔、いや、これは岩の中に光る点があるのか。
その無数にある緑色の光が洞窟内を淡く照らしている。
そのお陰で火を使わなくても問題なく進んでいける。
(まるで満天の星空の中を泳いでいるようだな)
「お前は一番後ろで見ているだけでいいからな。絶対に前に出るんじゃねえぞ。冗談じゃなくて絶対だからな!」
「……」
戦斧と槍を合わせた武器『ハルバート』を持って先頭を進むベルストロが振り返り、俺に対して強めに言ってきた。
「ああ、そうならないようにしてくれ」
「してくれ、じゃなくて。お前がそうするんだよ! まったくこの野朗が……」
緊張しているのか、かなりイラ立っているようだ。俺の返事に過敏に反応している。
他の三人も馬車の中と雰囲気が違う。大なり小なり身体に纏う空気に圧を感じる。
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