Ⅵ
ハインズは身体を隠せるほどの長四角の大盾と棘付き金棒を構えて、少しずつ前進していく。慎重な性格だ。
コールは菱形の中型盾と剣を持って、周囲を嬉々とした表情で見回している。武装は立派な兵士だが、動きは好奇心旺盛な素人のガキだ。
ジャルマは長さ三十センチ、直径二センチほどの木杖を持って、ベルストロ、ハインズ、コール、俺に囲まれて進んでいく。
あの小枝で一体何を倒すのかさっぱり分からない。
(もしや、かなりの猛者なのか? そんな気配はまったくしないが……)
何事もなく洞窟を進んでいく。天然の洞窟というより、人工の洞窟の中を進んでいる気分だ。
四人の話では、ダンジョンを作ったのは神だという。
そして、ダンジョンで活躍した者には神から褒美が与えられるらしい。
もしや、俺をこの世界に連れて来たのは神なのだろうか?
三千戦を越えてやっとダンジョンに挑む権利を得たのだろうか?
ならば、神の前で見っともない戦いは出来ない。
神に『見事だ』と言われる戦いを披露しなくてはいけない。
これはローマ最強の剣闘士として責任重大だな。
「来たぞ!」
先頭のベルストロが危険を知らせるように叫んだ。
三人が立ち止まり、ハインズとコールが前に出て、ベルストロと横一列に並んだ。
前衛三人の盾——なるほど、ジャルマは指揮官か。あの杖は武器ではなかったのだな。
それなら小枝を持っている理由に納得できる。
「ハァッッ、ハァッッ!」
獣の唸り声と駆けてくる足音が近づいてくる。
恐怖を掻き立てる唸り声『威嚇』が地面を這うように届いてくる。
獣の威嚇に慣れていない者は、これだけで身体がすくんで動けなくなる。
普段は大人しい奴がキレると、動揺して動けなくなるのと一緒だ。
「ガウッ、ガウッ!」
(やはりか……)
複数の唸り声と足音の大きさと間隔で大体は予想できていた。
現れたのは予想通り——四足獣の獣『狼』だ。
銀色に輝く体毛を持つ狼は珍しいが、北方に生息する白い狼とは戦ったことがある。
通常の灰色狼よりも身体はかなり大きかったが、この銀狼は通常種よりも少し大きい程度だ。
だが、動きは通常種よりも明らかに速い。
五頭の銀狼が剣先のような鋭い陣形(V)で突っ込んでくる。
狼は賢い獣だ。明らかにやぶれかぶれの特攻ではない。
殺す気満々の強者の進軍と見ていいだろう。
「面白い。相手になってやろう」
腕試しの相手としては申し分ない。
だが、前に出るなと注意されている。ならば一番後ろから攻撃させてもらおう。
腰にぶら下げている袋の紐を緩めて石ころを一個取り出した。
『投石』だ。硬さも大きさも問題ない。グッと握り締めると、どれを狙うか定めた。
前の四人が邪魔だが、俺の投石は鼻の穴を通すほど正確だ。
『なに? 石ころが鼻の穴を通るわけないだと?』——『だったら試してやろうか?』
と舐めた口を利いた奴らの鼻の穴に片っ端から入れてやった。
(よし、アイツにするか)
先頭の銀狼の右側にいる銀狼の眉間に狙いを定めた。
だが、石ころを投げる前に予期せぬ出来事が起きた。
俺の前にいるジャルマだ。
「”時よ、歩みよ、重くなれ 針は進まず、足も進まず 進むは我らの世界だけ〟——《スロウ》」
「なん、だと……貴様ぁー‼︎」
この俺としたことが!
てっきり杖を持った指揮官と思っていたのに違った——【悪魔】が紛れ込んでいた。
ジャルマが持った杖が不気味な紫色の光に包まれると、その光が銀狼達に向かって飛んでいった。
「グギュゥ……!」と五頭の銀狼の動きが明らかに遅くなった。
間違いない、本物の悪魔だ。
石ころを握ったまま素早く前に走り込むと、右拳を悪魔の後頭部に叩き込んだ。
「死ねぇ!」
「ごがあ……!」
「はぁ? ……お前、何やってんだよぉー‼︎」
岩をも砕く俺の拳が炸裂し、悪魔が顔から地面に叩きつけられた。
ベルストロが振り返り叫んだが、さらに倒れている悪魔の頭を右足裏で踏み砕いた。
「がぁがあっ!」
「覚悟しろ。お前の息の根を完全に止めてやる」
普通の人間ならば気絶か即死だが、相手は魔法を使う本物だ。
この程度で殺せるわけがない。百発、いや、千発はブチ込む。
頭を左手で掴んで無理矢理立たせると、悪魔の眼前に右拳を構えた。
だが——
「このクソ脳筋‼︎」
「おっと……」
「何やってんだよ‼︎」
拳をブチ込む前に、俺の顔にベルストロの斧槍の槍先が斜め横から突き出された。
もちろん躱せる。悪魔を掴んだまま後ろに跳んで回避した。
「落ち着け、悪魔が紛れ込んでいた。こっちは任せろ、すぐに始末してやる」
仲間を攻撃されて怒るのは分かる。だが、コイツは悪魔だ。
人間じゃない。ベルストロに簡潔に説明すると再び拳を構えた。
「テメェーから始末してやろうか‼︎ ちょっとでも動いたらブチ殺すぞ‼︎」
それなのに必死の形相で『やめろ!』と訴えてきた。
簡潔過ぎたのか、仲間を悪魔だと信じたくないだけなのか……
どちらにしても銀狼との戦いを放棄したのは失策だ。
ハインズとコールが一頭ずつ相手しているが、残りの三頭がこっち向かってきている。
「はぁー」
……仕方ない。
悪魔の始末は後回しにして、素早く銀狼を倒すとしよう。
その後に時間をかけて事情を説明する。
左手から悪魔を放すと、右手に握っていた石ころを先頭の銀狼(四メートル先)の眉間を狙って思いっきり投げつけた。
「ぎゃぁん!」
石ころが顔面に消えて、銀狼が地面に崩れ落ちた。当然の結果だ。
剣闘士の間では建物のレンガの壁に石ころを投げつける遊びが流行っていた。
壁に跳ね返されるようでは論外。ヒビを入れる程度では雑魚。めり込ませて一人前。貫通させて一流だ。
もちろん俺は超一流だった。銀狼程度なら頭蓋骨を砕いて脳みそまで貫ける。
「ガウッガウッ(このクソ人間が)!」
さて、調子に乗っている場合ではないな。
仲間がやられて怒るのは人間だけじゃない。銀狼二匹が俺に敵意を剥き出しに向かってきた。
だが、俺にとっては好都合だ。一歩前に踏み込み、左拳を地面スレスレから上に振り上げた。
「がぎゅん!」
ドゴォンと左側の銀狼の顎下を左拳が砕き、宙に打ち上げた。
俺の拳はレンガの壁をも貫く。さらに一歩踏み込み、今度は右側の銀狼の大きく開いた口に右拳を振り抜いた。
「ぎゅぼぉぉお!」と横に並んだ鋭い歯を砕き、喉まで右拳を突っ込み、そのまま地面に拳を叩きつけた。
しゃがんだ状態から立ち上がると、邪魔だと右腕を振り回し、腕についている銀狼を壁に投げつけた。
「ガウッガウッガウッ(ありゃー人間じゃねえ、化け物だ)‼︎」
「ガウッガウッ(ヤバイ、逃げよう)‼︎」
……賢いな。ハインズとコールと戦っていた二頭が逃げ出した。
追いかけて倒してもいいが、悪魔が最優先だ。
倒し方は知らんが、頭が無くなるまで殴れば死ぬだろう。
「ジャルマ‼︎ しっかりしろ‼︎」
「そんなのいいから回復薬流し込め‼︎」
……余計なことを。
邪魔な銀狼がいなくなった途端、ベルストロが悪魔を抱きかかえ、ハインズが駆け寄り手当てをしようとしている。
何をするつもりか知らんが、そいつは演技だ。
顔面血だらけで歯がへし折れていたとしても、悪魔なら平気な顔で立ち上がる。
悪魔に会ったことはないが、それが悪魔だ。酒場の噂話でそう聞いている。
二人に近づくと教えてやった。
「そいつは悪魔だ。すぐに離れろ」
「何が悪魔だ! テメェー、俺達に付いてきたのは強盗目的か!」
「コール! 援護しろ!」
「う、動くんな! 動くんたら刺すからな!」
完全に頭に血が上っているな。それと動揺しているな。
三人とも冷静な判断が出来ていない。
まあ、それも仕方ない。悪魔は三人に見えないように後ろから魔法を使っていた。
俺が最後尾にいなかったら永遠に気づかなかっただろう。
俺がいて、助かったな。
「三人ともいいから落ち着け。そいつは魔法を使っていた。魔法を使えるのは悪魔だけだ」
「はぁっ? ブチ殺すぞ、クソ脳筋! ”燃えろ〟《ファイア》! 初歩魔法ぐらい誰でも使えんだよ!」
「……お前もかぁー‼︎」
俺としたことが油断した。悪魔がもう一匹潜んでいた。
ベルストロが手の平から拳大の赤い炎を出した。
手の平の上で真っ赤な地獄の炎の塊が揺れている。
右拳を振り上げ殴りかかろうとしたが、予想外のことが再び起きた。
ハインズの四角い盾が目の前に現れた。
「くっ、邪魔をするな。そいつも悪魔だぞ!」
目の前で魔法を見せられて、それでも庇うとは愚かな。
それとも悪魔に魂を支配されているのか?
だったら悪魔を倒して、早く解放してやらなければ。
「”燃えろ〟《ファイア》——ほら、誰でも使える。それで悪魔呼ばわりか? お前だって使えるだろう?」
今度はハインズが盾から右手を出して、手の平の上に炎の塊を出してきた。
四人中三人が悪魔、いや、四人全員が悪魔か。
だとしたら、むしろ悪魔達の中に紛れ込んだ俺の方が悪魔か。
「……」
俺としたことが勘違いしてしまったかもしれない。
もしかすると、この世界では誰でも魔法が使えるのかもしれない。
だとしたら、確かめる方法は一つだけだ。右手に意識を集中させると唱えてみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます