「いいか、街を出てしばらく進むと川がある。その川で石を拾うのがお前の仕事だ」


 床に置いた一枚の紙を指で叩きながら、ベルストロが説明を始めた。


「ふむ、その石は投石用というわけか。だとしたら、硬くて投げやすいのが千個は必要だな」

「要らねえよ。三十個って書いてるだろうが。とにかく色が綺麗で形が面白いのだ。観賞用だと思って珍しいのを拾うんだな」

「観賞用だと? 石を見て何になる?」


 石と言えば投石だ。石の利用価値など投げる以外にない。

 石を鑑賞して喜んでいる奴がいるなら、そいつの方が鑑賞に値する。


「知らねえよ。とにかく石集めたら、道を街に向かって引き返せ。キチンと集められていたらギルドが【無級】の冒険者カードをくれる。言っとくがこのクエストで報酬は出ねえからな。仕事が出来るかどうかの試験で、報酬が登録料になるからな」

「なるほど、そういうことか。いいだろう、やってやる」


 面白い。ようやく理解した。

 おかしな仕事だと思ったが、どうやらこれは腕試しらしい。

 つまりこの程度の仕事も出来ないようなら役立たずということだ。

 石拾いなどガキの遊びみたいなものだが、仕事とは所詮は遊びの延長だ。

 喧嘩と戦争の違いと同じで、やることは相手を倒すというただ一点でしかない。

 そこに金が絡めば仕事、絡まなければ遊びという具合だ。


「さてと、脳筋の相手はもう十分だろ。ハインズ、ジャルマ、コール、作戦会議と行こうか。今回は初の『銀級ダンジョン』だ。全員準備は万全だろうがしっかり最終確認しておけよ。もしも足りない物があったら、今なら脳筋送るついでに街に引き返せるからな」

「言われるまでもない。最初の一回目だ。準備は万全、これで失敗するようなら全員鍛え直しだ」

「もういい、銅級ダンジョンは……駄目な時は銀級で鍛えよう」

「そうそう。宝箱の装備品でも狙った方がマシっすよ。年齢的に鍛えるのも限界ですって」

「二十四で限界って、限界早過ぎだろ。せめて四十まで頑張れ」

「無理無理、冒険者は三十までですって。あとは田舎で衛兵やって、そのまま平穏な老後ですね」

「夢の無い奴だな。せめて王宮の上級兵士ぐらい言えないのかよ」

「そんなの三十手前のハインズさんを見れば、不可能なのは分かりますって!」

「違いねぇ——」

「「「ガッハハハ!」」」

「コール、テメェー! 俺はまだ二十八だ! あと二年あれば下級兵士ぐらいなれるんだよ!」


 ……こいつはまた盛大な死亡フラグを立ててやがる。

 黙って四人の話を聞いていたが、老後の話をした剣闘士はほぼ確実に死ぬ。

 というか俺が殺した。容赦なく殺した。


 だが、ここは天国だ。

 多少とはいえ世話になった連中が死ぬのは目覚めが悪い。

 ここは手助けするのが——


「おーい、そろそろ川に着くぞ。降りる準備はいいか?」


 四人への世話になった礼を考えていたら、御者が呑気な声で知らせてきた。


「おっと、もう着いたか。じゃあ脳筋、頑張れよ」

「風邪引くんじゃねえぞ」

「……ああ、そうしよう」


 御者の声に反応した二人がそれぞれ、別れの挨拶を言ってきた。

 降りることは降りるが、石ころ拾いに時間をかけるつもりはない。

 馬車が石橋の上で止まったので飛び降りると、長さ五メートルほどの石橋の下を川が流れていた。

 膝下ほどの浅い川で透き通るように綺麗だ。川底までハッキリ見える。

 川底には五~七センチ程度の石ころが散乱している。

 この中から三十個の石を拾うわけだが……


「「ヒヒーン」」

「あ~、余計な荷物が減ってスッキリした」

「ちょっと、まだ聞こえますって。離れてから言いましょうよ」


 まあ、こうなるな。用は済んだと馬車が走り出した。

 では、置いて行かれないように素早く拾って乗り込むとしよう。


「セイィ!」


 白シャツを素早く脱ぐと、シャツの中に両腕を突っ込んで、石橋から川に飛び込んだ。

 バシャンと水飛沫が盛大に舞い、両足が冷たい水に浸かった。

 このままチマチマと石ころを一つ一つ拾うつもりはない。


「フンッ!」


 両腕に気合いを入れると、川底の石ころをシャツをスコップ代わりにすくい取った。

 丈夫なシャツだ。ザッと二百~三百個といったところだろうか。

 これだけあれば問題あるまい。

 石ころが落ちないように両腕を抜いてシャツを丸めると、高く飛び上がって石橋の上に着地した。

 馬車との距離は百メートルちょっと。この程度なら楽に追いつける。

 左肩に石ころシャツを担ぐと馬車に向かって走った。


 ドッドッドッ——


「ん? 何か足音聞こえないか?」

「馬の足音だろ」


 馬車の荷台まであと少し。右手を伸ばして荷台を掴むと一気に荷台の中に飛び込んだ。


「待たせたな」


 ドスンと荷台の床に着地すると四人に言った。


「「「ふぁああああつつ‼︎」」」

「——って、この脳筋! 脅かすんじゃねえ!」


 何故だか悲鳴が上がり、右肩をベルストロに軽く叩かれた。

「すまぬ」と謝ってみたが、走っている馬車に飛び乗るのはローマでは普通だ。

 おそらく濡れた靴とズボンが問題なのだろう。荷台が濡れてしまっている。

 確かにこれは悪いな。これでは寝転べない。


「ふぅー、それより何で……いや、分かった。そのシャツの中に石が入ってんだな」


 灰色髪の老け顔ひげ男(確かハインズだったな)が俺を指差して何か訊こうとしていたが、何やら一人で納得している。


「その通りだ。三十個以上は確実にある」

「何、堂々としてんだよ。量より質なんだよ。その前に街に帰れよ。何で乗り込んでんだよ」

「俺なりの礼儀だ。このままではお前達は死ぬ。その銀級ダンジョンとやらで借りを返させてもらおう」

「何が礼儀だ。絶賛迷惑中だ、この野朗。さっさと飛び降りるのが一番の礼儀だって身体に教えてやろうか」

「まあまあ、叩き落とすのは石ころ見た後でもいいだろ。きっとどれがいいのか分からなかっただけなんだよな?」

「……ん? 何だ?」


 靴を脱いで、ベルストロの話を聞き流しながら靴に入った水を外に捨てていると、何やらハインズが聞いてきた。

 よく分からんが、何か用があるらしい。


「て、てめ、このクソ脳筋……!」

「駄目だ、ハインズ、落ち着け! 殴ったら負けだぞ! 相手は脳筋だ!」


 今度は真っ赤な顔で拳を振り上げている。

 それをベルストロが止めているが、どうやら怒っているらしい。

 よく分からんが、怒っているなら謝るとしよう。


「よく分からんがすまん。悪かったな」

「これ、絶対悪いと思ってないですよ。態度がそう言ってます」

「だな。さっさとシャツ貸せよ。この石ころ拾いは性格診断になってんだ。俺達が診断してやるよ」

「ほぉー、それは助かる。では、頼もうか」


 石ころなど正直どうでもいいが、仕事を手伝ってくれるらしい。

 やはり謝った効果はあったようだ。

 丸めたシャツを解いて、床の真ん中に広げてみた。


「あー、まさしく脳筋だな。コイツに薬草採取させたら、森の草全部刈ってくるぞ。森全滅だよ」

「だな。採取系は出禁確定だ。ほら、石ころのはずなのに草が混じっている。ホント、凄えよ」

「ちょっと見てくださいよ。錆びた釣り針ありましたよ」

「やべぇな。さっきから俺達の常識が覆されっぱなしだ。俺達の頭がどうにかなりそうだぜ」

「大丈夫。イカれているのは一人しかいない」


 石ころの中を四人がいじくり回し、楽しそうに笑い合っている。

 どうやら問題ないどころか、かなり良いらしい。大成功というやつだ。

 

「そんなに褒められると照れるな」

「……褒めてねえよ。貶してんだよ。てめぇ、これギルドに持っていったら確実に追い出されるぞ。冒険者なれねえぞ」

「うっ、それは困るな。どこが悪かったんだ?」


 思わず照れてしまっていたが、大成功ではなく大失敗だったらしい。

 確かに人の失敗と不幸は笑い話の定番だ。だが、大失敗はまずい。


「全部だよ、全部。普通は石ころ拾ってこいって言ったら、石ころしか拾ってこないんだよ」

「そうか、これがいけなかったのか」


 急ぐあまりに余計な物まで持ってきたのがまずかったらしい。

 釣り針を摘むと外に捨ててやった。これで問題は消えた。

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