(なるほど、そういうことか)


 どうやら観客席の店主達から仕事をもらうのが冒険者の仕事らしい。

 店主から四角い薄い紙を貰った冒険者達が喜んで観客席から離れていく。


 つまり自分を売り込んで、買ってくれと頼んでいるわけだ。

 良い主人が奴隷を買いにやって来た時の奴隷達と同じ反応だな。


(さて、俺は誰を選ぶべきか……うむ、アイツにするか)


 観客席にズラリと並ぶ店主達の中から一人の男を見つけた。

 冒険者達は見た目の良い若い女の列に並んでいるが、あの男からは戦士の気配がする。

 他にも何人か戦士の気配はするが、あの男が一番気配が強い。

 果物をガツガツ素早く食べ終わると向かってみた。


「仕事が欲しい。何かあるか?」


 左頬に大きな切り傷がある黒髪の男の前に立つと聞いてみた。

 二十代後半。細身だが、鍛えられた良い筋肉は服の上からでも分かる。


「仕事はあるが……お前、見ない顔だな。等級は何だ?」

「とうきゅう? 何だ、それは?」


 壁に背中を着けて立っていた男が、壁から背を離して質問してきた。

 よく分からないが、『とうきゅう』というものが仕事に必要らしい。


「はぁー、そこからか……やっぱり脳筋か」

「のうきん? それは何だ?」


 店主がため息を吐くと、別の知らない言葉を言ってきた。


「分からないならいい。等級は【無級】【白級】【銅級】【銀級】【金級】の五つがある。無級は新人冒険者、金級は凄腕冒険者だ。冒険者カードは持っているか?」

「持ってないが、それは必要なものか?」

「じゃあ、冒険者じゃないな。だったら無級だ。手続きするから名前——って、さっき言っていたな。手続きはしておいてやる。この無級冒険者の依頼でも見ておけ」

「分かった」


 色々とよく分からんが、勝手にやってくれるらしい。実に親切な店主だ。

 店主が紙束を引き出しから取り出すと、俺の前の木台の上に置いた。

 そして、店主の方は別の紙を一枚取り出して書き始めた。

 俺はその間に言われた通りに紙束を見てみた。


(……ふむ、さっぱり分からんな)


 見ることは出来る。だが、字は読めん。

 紙には何やらたくさん文字が書かれているが意味不明だ。


「すまん、字は読めん。何と書かれているんだ?」

「くぅっ、そこからかよ。おい、ベルストロ! ちょっとこっち来い!」


 正直に言うと店主が頭を押さえてから、俺の後ろの方に向かって手を振り叫んだ。

 振り返ると四人組の男達がこっちに向かって歩いてくる。

 店主には負けるが、戦士の気配がなかなかに強い。

 そこそこの強者達で間違いないだろう。


「何だよ、アルベインさん? 俺達、これから『ダンジョン』に向かうところなんだぜ」

「だからだ。コイツを荷物持ちでも何でもいいから連れていけ」

「……何だよ、それ? 荷物持ちなんて必要ねえよ」

「お前の意見なんて聞いてねえんだよ。字も読めない脳筋無級野朗だ。この無級クエストの中から、通り道にあるクエストでも受けさせろ。先輩冒険者としてしっかり教えろよ。もしも、使えないようなら道に捨てていいからな」

「かぁっ! 酷え野朗だな。それでもギルド職員かよ?」

「うるせい! 使えねえ奴は最初から最後まで使えねえんだよ! 道で野垂れ死ぬか、魔物に殺されて死ぬか、どうせ死ぬんだ気にすんな!」

「気にするに決まってんだろうが! おい、お前! さっきの……えっと……アンドウなんたらだったな!」


 どういうことだ? 何故だが俺のなすり付け合いが始まっている。

 そして、ベルストロと呼ばれる丸坊主の赤髪の男が、店主から俺に急に向きを変えると人差し指で差しながら怒鳴ってきた。

 この国の奴らは名前を覚えるのが苦手な奴が多いらしい。仕方ない、もう一度名乗るか。


「アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス——ローマ最強の剣闘士だ」

「何でもいい。とにかく途中まで連れて行ってやる。そこからは一人で『ガリウス』まで帰れよ」


 文句を言いながらも親切な男だ。

 だが、また知らない言葉を言ってきた。


「ガリウスとは何処にある?」

「この街の名前だよ。ローマって何処の田舎だよ? 聞いたことねえぞ」


 この街の名前が『ガリウス』だったか。

 だが、ローマを知らないとはこの者も田舎者だな。

 だったら教えてやろう。


「ローマは『偉大なる皇帝・ネロパトラッシュラ=アントウェルペン=ルーベンス三世陛下』が治める国だ。俺はその国で剣闘士として——」

「そんな話聞いてねえんだよ! というか全然興味ねえよ!」

「……」


 やれやれ、自分で聞いておいて最後まで聞かぬとは。


(フッ)


 だが、俺としては礼儀知らずな剣闘士共の中に戻ったようで居心地がいいな。


 第五話 初クエスト


「もういいだろ。さっさと行こうぜ」

「ああ、そうだな。お前……あー……」


 身内に不幸でも遭ったのか、酷く暗い目をした黒髪の男がベルストロに言ってきた。

 それにベルストロが返事をすると、何やら俺を見ながら唸っている。

 やれやれ、またか。もう一度。いや、もう二度目だが名乗ってやろう。

 

「アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウスだ」

「そうそう、名前がクソ長えんだよ。お前って呼ぶからいいな?」

「フッ、仕方ないな。好きに呼ぶといい」


 3000戦無敗——舐められるのは久し振りだ。心が昂揚していく。

 こういう舐めた奴らには口ではなく、拳で分からせるのが剣闘士の流儀だ。


 だが、まあ今回は剣闘士ではなく冒険者だ。

 しかも俺が教わるていだ。ここは仕事で分からせるしかない。

 殴り倒してしまったら、俺一人では仕事が出来んからな。


「脳筋に採取系は無理だな」

「アイツ、武器も持ってねえぞ。討伐系も無理だろ」

「あーくそ! これなら馬鹿でも出来るだろ! よし、行くぞ! 付いて来い!」


 何やらもめていたが紙束の中から適当に一つを選ぶと、四人組が動き出した。

 この独特の雰囲気は、闘技場の舞台に上がる直前の雰囲気に似ている。

 勝つか負けるか、誰もが勝つと信じて舞台に上がり死んでいく。

 四人組の後に続いて、俺も冒険者ギルドを出た。

 ここから先は生きるか死ぬかの戦場だ。


「おい、こっちだ。今日は特別だからな」


 闘技場……いや、冒険者ギルドを出ると、右手に進んだ近くの建物の中に多数の馬車が止まっていた。

 巨大な馬小屋のような広い建物の中には壁はなく、床は土、外壁と屋根だけの簡素な作りだ。

 左右の柵の中には十人は乗れそうな幌付き馬車が合計二十台以上も綺麗に並んでいる。

 そんな馬車小屋の前でベルストロが偉そうに説明を開始した。


「いいか。お前は無級だから普通は馬車は使えない。ギルドが馬車を使わせてくれるのは【銅級】からだ。今回は俺達【銅級】冒険者がいるから特別に乗れるんだ。分かったな?」


(あそこに見える馬糞の山は質が良さそうだな)


「……ああ、感謝する。助かる」


 適当に感謝を済ませると、四人組が馬車に荷物を乗せ始めた。

 俺は荷物はないので外で待っていると、立派な大きな馬を二頭連れた御者の男がやって来た。

 御者が馬二頭を馬車に繋いでいると、


「オッチャン、まずはこの川まで頼むわ」

「……『ジラコッタ川の綺麗な石拾い』か。さっさと乗りな」

「はいよ」


 どうやら俺は操縦しなくていいらしい。

 ベルストロに依頼が書かれた紙を見せられた御者が何度か頷くと、馬車に乗るように親指で指した。

 言われた通りに馬車の後ろから中に乗り込んだ。

 馬車の中は余計な荷物はなく、かなり広いが大の男が五人も座れば暑苦しい。

 この中で長時間過ごすとなると、精神的にまいる者も出るだろう。


「ふぅー……」


 だが、俺はギュウギュウ詰めの馬車移動には慣れている。

 馬車の右隅の角に座ると、背中を馬車の壁に預けて目を閉じた。

 商品として奴隷商に色々な町や村に馬車で連れて行かれた経験がある。

 何事も経験だ。こうやって寝ている間に到着している。


「おい、寝るな。クエストの説明しねえぞ」

「……」


 やれやれ、これも定番だな。ベルストロの不機嫌そうな声に目を開けた。

 馬車に詰められた奴隷の中にも話し好きはいた。どんな主人に買われたいかと期待に胸を膨らませていた。

 そういう現実が見えない奴ほど、ちょっとした失敗で主人に手足の骨を折られていた。

 そうやって自分が初めて人間ではなく、奴隷という商品になったことを自覚する。

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