Ⅱ
第三話 荷台の商品
馬が起きるまで、荷台の中に入って、売れ残りの商品を見ることにした。
(何だ、これは……本当にタダで貰っていいのか?)
荷台の中は宝の山だった。
恐ろしいほどの綺麗な服と靴、美味そうな果物と野菜が無造作に置いてあった。
全てを売れば、ローマなら屋敷の一つぐらい余裕で建てられそうだ。
「おい、本当にタダで貰ってもいいのか!」
荷台の後ろから地面に飛び降りると、馬を介抱している御者に大声で訊ねた。
「ああ、遠慮せずに貰ってくれ。大した物じゃない」
「大した物じゃないだと……野菜と果物もか!」
「ああ、商品を売った村で貰いすぎちゃってな。困っていたんだよ。得意先や知り合いに配るのも面倒だし、野菜の方は箱ごと持っていってくれて構わないよ」
「な、何だと⁉︎」
この御者、正気じゃねえ。野菜とはいえこの量だ。
それをタダでだと? 頭のイカれた奴か、金持ちにしか出来ない芸当だ。
「わ、分かった。いただくとしよう」
だが、貰えるなら遠慮なくもらうとしよう。
いざとなれば売れば金になる。それで当分の生活費には困らない。
荷台に戻ると、よく分からない赤い果物と赤い野菜を両手に持った。
「……こっちは硬く、こっちは柔らかいな」
果物の方はズッシリと硬く重い。
野菜の方は水を布で包んだようなプニプニした感触がする。
まずは喉を潤す為に野菜の方を食べてみた。
ガブッ——
「ミキティ~~~~イ‼︎」
「「ヒヒーンンンンン‼︎」」
「うわぁあああ‼︎ ど、ど、どうかしたのか⁉︎」
何だこれは? あまりの美味さに思わず叫んでしまった。
左手に持っていた果物も思わず握り砕いてしまった。
それにしても——ガブッ、ガブッ、美味すぎる。あの御者、もしや神か?
ここは天国で、御者は死んだ者に服と食べ物を渡す天使なのではないのか?
そう考えると知らない場所で目を覚ました理由に納得がいく。
(まさかこの俺が闘技場以外で死ぬとはな……)
たかが火傷程度で俺が死ぬとは思えぬが、馬糞に悪い病気が紛れ込んでいたのかもしれぬ。
やはりタダより高い馬糞はないということか。今度からは落ちている馬糞は使わないようにしよう。
赤い野菜を食べ終わると、握り砕いた赤い果物も食べてみた。
こっちも思わず叫びたくなる美味さだった。
しっかりとした噛みごたえがあり、わずかな甘味と酸味があった。
野菜よりは俺好みの味だ。
「ふぅー、この辺で勘弁してやるか」
果物を五つ、野菜を三つもいただいた。
多少は腹も満たされたし、次は服選びだ。
服はこのままでもいいが、この街では貧相な服は悪目立ちする。
高い服は着慣れぬが、高そうな横長木箱の中を物色させてもらった。
「うむ……」
何個もある木箱の中は男物と女物で分けられていた。
もちろん男物を選ぶが……今まで服というものにこだわりを持ったことがない。
着れれば何でもいい、とさえ思っている。そんな俺だ。服選びは苦手分野だ。
「これとこれにするか」
胸元部分が縦に切れ、それを交差した紐で絞る丈夫な布地の半袖白シャツ。
両手首に手首の前半分を守る茶革のリストバンド。
ゆったりと動きやすそうな濃い茶布の長ズボン。
足を完全に覆い隠した黒い革靴。
「ふむ、まあまあだな」
適当に選んだ服だが、着てみると革鎧のような安心感がある。
肩や腕、足を動かし、動きにくい箇所がないかも確認する。
問題なさそうだ。そもそも俺の体格に合う服があまりなかった。
鍛えられた筋肉と百九十を超える身長はローマの剣闘士なら珍しくないが、この世界は違うらしい。
この大きめの白シャツ以外の服だと、着るだけで破けそうだ。
さて、着替えは済んだ。
着ていた服と靴は木箱に詰め込んだ。これはもう俺には必要ないものだ。
他の誰か必要な者の元に向かうと信じて捨てさせてもらう。
「ふむ……」
武器も欲しいところだが、この荷台の中には見当たらない。
ここが天国ならば、武器も必要ないほどの平和な国だということか。
俺のような戦うしか能が男は何の役にも立たないかもしれぬな。
「御者よ、この服をもらうが問題ないか?」
荷台から降りると御者の男に堂々と訊いた。熊も獅子も一度も恐れたことはない。
御者が神か天使かもしれぬが、神相手に戦えるならこの命惜しくはない。
「ほぉー、男前が上がったな。問題ないが、さっきの大声は何だったんだ?」
「フッ、少し感極まっただけだ」
御者に聞かれたので、軽く笑って誤魔化した。
あの程度で動揺するとは、俺もまだまだだ。
「……そうか、よく分からんが馬もさっきの大声で目を覚ましてくれた。悪いがあんたを見ると馬が怯えるから荷台の中に隠れてくれ」
「分かった。では、冒険者ギルドに着いたら教えてくれ」
「了解だ、と言ってもすぐ着くぞ。五、六分ってところだな」
「承知した」
弱者が強者に怯えるのは自然の理だ。御者に言われたとおりに荷台に入った。
だが、面白いことに精神的な弱者が肉体的な弱者になるとは限らない。
奴隷として闘技場に無理矢理連れて来られた少年が、とんでもない狂戦士に成長するのはよくある話だ。
第四話 冒険者ギルド
(ふむ、それにしても立派だな)
走り出した馬車の荷台から街並みを見るが、見れば見るほど立派だ。
規則正しい並んだ建物、馬車が三台並んで走れるぐらいに広い石畳の道、店に並ぶ商品も全てが国宝のように綺麗に並べられ、住民達も皆王族のように身なりが美しい。
文化、教育、作法、どれをとってもローマ以上だ。これでは俺は田舎からやって来た村人だ。せいぜい恥をかかないように頑張るしかない。
「ドウドウ、よし着いたぞ!」
ふむ、着いたか。馬車が止まり、御者が荷台の壁を叩いて知らせてきた。
荷台を降りる前に赤い果物を一個掴んだ。美味いのでもう一個食べたい。
(ここか……)
荷台から降りると周りを見た。
四角い大木のような建物がたくさん、闘技場のような大きな円形の建物が一つ。
おそらく、この闘技場のような建物が【冒険者ギルド】で間違いない。
「助かった。これが冒険者ギルドか?」
御者に礼を言うと、闘技場を右手の親指と視線で指して訊ねた。
「ああ。あんたならきっと活躍するはずだ。あんたの噂を聞くのを楽しみに待ってるぜ」
「フッ、そうなるといいがな。じゃあな」
「ああ、頑張れよ!」
御者の返事を聞くと、冒険者ギルドの開かれた扉に向かって歩いた。
背後を見ずに左手を上げて御者に別れを告げると声援が返ってきた。
もとよりそのつもりだ。それに頑張らない人間はいない。
獣や植物も含めて全てのものは頑張っている。
頑張るのをやめた時、全てのものが死ぬのだ。
……少なくともローマではそうだった。
「ほぉー……」
冒険者ギルドの中は石畳の地面だった。
天井は無く、雨が降れば水浸しになるだろう。
グルッと円を描く屋根のある壁(観客席)の近くには武器を持った若い男達、女達が並んでいる。
ローマにも女剣闘士はいたことはいたが、筋骨隆々の岩のような女達だった。
ここにいるような貴族令嬢か町娘のような見た目の良い者はいなかった。
やはり冒険者とは戦闘を専門にする仕事ではないらしい。
だが、武器を持っているということは戦いはあるということだ。
ならばローマ最強の剣闘士として、強さをアピールさせてもらおう。
赤い果物をひと齧りすると、ローマの闘技場の観客達(数千人)には圧倒的に負けるが、ギルドに集まる冒険者達(二百人)に向かって堂々と名乗った。
「我が名はアンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「「「…………」」」
俺の名乗りに建物の中がシーンと静まり返り、人々の視線が俺に集まった。
「ふむ……」
だが、それも一瞬のことだった。すぐに視線を壁(観客席)に戻していく。
観客席は一階と二階があり、その中に似たような白い服を着た男女が立っている。
一軒一軒の独立した店をグルッと繋げて、円になったような感じに見える。
そして、一階と二階の店の中に入れるのは白い服を着た男女だけのようだ。
つまり白い服の男女が店主、それ以外が客というわけか。
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