三章 百地 蛍 (ももち ほたる)2
「
斎場を出ると約束通り外で待ってくれていた天文部の面々が、駐車場の前で手を振っていた。眉を顰める
「何聞かれた?」
集団に交じると、芝に第一声そう尋ねられた。
「先生のこと。健康面に問題はあったかとか聞かれた」
「そっか、俺らと似たようなもんだな」
芝が頷くと、永見が縋り付くような声で言った。
「ねえ。これ、ヤバくない? ガチでヤバいよ」
「ヤバいって、何がだよ?」
「芝もわかってんでしょ。もう二人だよ?
「いや、待てよ。先生も莉子も病気で死んだんだろ。殺されるとかじゃねえじゃん」
「はあ? バカなの、芝って?」
「バカってなんだよ」
「じゃあ、なんで刑事が聞き込みにくんのよ。病死でさ」
「知らねーよ、そんなん」
「ちょっと、落ち着けよ。喧嘩するなって」
いつもは小気味良い芝と永見の応酬も今日ばかりは険があまる。僕が割り込んだ後も芝は永見を睨むのを止めずに言った。
「とにかく、病死は病死だろうよ。俺は警察からもそう聞いたし」
「犯人が病死に見せかけたのかも」
「は? 見せかけるって、何? 無理だろ、そんなん。呪いでもかけたっていうのかよ」
「そう言ってんのよ」
「――え?」
永見の一言で全員が黙り込んだ。
それを言うのか、そんな目で全員が永見を見ていた。
「何よ、みんなも見たでしょ、莉子んちのあの小屋。あれヤバ過ぎだったじゃん。フツーに呪いの館じゃん。先生も莉子も莉子のお母さんも、みんなあいつに呪い殺されたんだよ」
「あいつって誰だよ」
「わかれよ、一人しかいないじゃん」
「なんだよ、はっきり言えよ」
芝に煽られ、永見はリクエスト通りに大声で吐き出した。
「莉子パパだよ! あいつがみんなを呪い殺したんだよ。次はあたし達かもしんない」
「本気で言ってんのか、お前? 呪い殺しとか意味わかんねえ。そんなもんあるわけないだろ」
「空が晴れる御まじないは信じるのに、呪いは信じないの? 呪いと呪いって字一緒だよ」
「うるせーな。仮にそういうのがあったとしても、莉子はあいつの娘だぞ。親父が娘を殺すわけねーだろ」
「……芝、それ本気で言ってんの?」
憐れと呆れが混ざったような目で永見に睨まれ、芝が口ごもる。
「もういいわ、芝は。
「…………」
「七楓?」
「あ、ごめん。えっと、私は…………」
いつも意見のはっきりしている鈴前が珍しく語尾を濁らせた。
まるで病人のように顔を青ざめさせ、鉛でも吐き出すようにしてポツリポツリと言葉を発した。
「私も正直……莉子のお父さんは……ヤバいと思う」
「だよね!」
「私、先生が死ぬ前に相談に乗ってもらったの。莉子のお父さんについて聞いて欲しくて。莉子のお父さんが、莉子のお母さんを殺したんじゃないかって言いたくて」
「おい、鈴前まで何言ってんだよ」
「芝は黙ってて。で、先生は何て言ったの?」
「全然取り合ってくれなかった、そんなことあるはずだろって。でも、その言い方がなんていうか、ちょっと変だった気がする」
「変?」
「切り替えが急すぎるというか、頭ごなしというか、いきなり話を聞いてくれなくなったの。まるで怖がってるみたいだった」
「怖がってる……何を?」
「莉子のお父さん――
恐怖が波紋のように広がった。
「ほらほら! やっぱり、ヤバいじゃん! もう確定じゃん! 絶対あいつだよ。先生あいつに呪われたんだよ。ねえ、警察に言いに行こ。大人に言わないとヤバいって!」
「いや、待って。さすがにそれは違うでしょ」
恐怖で妄想が暴走しかけている。怯える女子達を宥めるため、つい今しがた警察から聞いた話を明かすことにした。
先生は病院ではなく学校の隣のスポーツ公園で死んだこと。その様子が防犯カメラに写っていたこと。先生はずっと一人で公園にいたこと。一人のまま急に苦しみだして突然死んだこと。
それらは全てみんなを安心させるつもりで出した情報だったけれど、
「は? 何よ、それ……?」
永見の表情を見る限り、僕の意図とは違った効果を発揮したらしい。
「そんなん、まんま呪いじゃん! 一人で苦しみだすとか怖すぎるんだけど。ねえ、どうする? 本当にヤバいよ、これ! 絶対警察に言った方がいいって」
「落ち着いて、
「でも、でも……そうだ! 蛍のお父さんってそういうの詳しかったよね」
ああ、そうなるのか。本当に意図とは違う結果になってしまった。
「おい、永見ほんっといい加減にしろよ! 無神経過ぎんだろ。蛍の家の事情わかってんのか」
「だって、しょうがないじゃん! ねえ、お願い蛍。お父さんに聞いてみて」
「やめろ! 気にしなくていいからな、蛍」
永見と芝、睨み合っていた二つの視線がぐるりと一斉にこちらを向く。僕はそれを受け流すようにして残るもう一人の部員へと目を向けた。
「鈴前は?」
「え……?」
「鈴前は、どうして欲しい?」
「私は……」
鈴前は戸惑ったような目で部員達の顔を眺め回すと、
「……ごめん、わかんない。でも、次に佐原悟に殺されるのは私かもしれない」
力なくアスファルトに向かって言葉を落とした。
やっぱり鈴前らしくない。天文部の中で最後に言葉を交わした自覚があるからだろうか、鈴前が先生の死に一番動揺しているように見える。
「わかったよ。今度、父さんに聞いてみる」
そんな鈴前の顔が見ていられなくて、僕はついついそう言った。
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