第3話 騒ぎ

冬が深くなってきて、薪の数が足りなくなった。

麓まで降りて、補充に向かう道中、とんでもない客と遭遇しちまった。


ツキノワグマだ。


ここの所、街にも出没してるニュースを地元テレビで目にしていた。

奴等は、この山を根城ねじろにしている。

もしかすると客の立場にあるのは俺達かもしれねぇ。

俺は、直ぐ様すべての行動を停止して、ヤツ等に警戒させまいと動きを止めた。

体調は2m超え。

襲われれば一巻の終わりだ。

奴が俺の存在に気付いた。

俺は底しれぬ恐怖を感じながらも冷静さを保とうとじっと視線をヤツに向けて離さない。

ゆっくりと近づく巨体。

その間50センチ。

こちらもゆっくり後ずさる。

目線を外せばそれは的に隙を見せるのと同じなのだ。

睨みつけるとは、弱いものの習性。

本当の強者は目線など考えにねぇ。

殺す気があれば直ぐにでも殺る。

目を確かめながら、隙を伺っているのは弱いもののズルさだ。

人が顔色を窺うのと同じだ。

それでも、相手は巨体の熊。

ビビらねぇはずはねぇ。



なんとか冷静に相手から離れ、事なきを得た。






山というのは、便利なもので一本の道が無くなろうとも幾らでも道があり、また、道がなくても自身で切り開いていくことも出来る。

人生じゃねぇが、山あり谷ありってのは、こういったことから経験できるみてぇだ。


麓に降りると、パトカーのサイレンが幾つも聞こえてきて眼の前にも何台か見かけた。

木こりのまささんの家に薪を買付けに行くとひそひそ話が始まった。


みつるさんとこのおしお婆さんが、熊に喰い殺されたんだと。まだ熊も見つからねぇらしい。」


「お潮さんが・・・」


俺は、絶句した。



先月のことだった老人会のカラオケ大会。

俺も、歌を歌うのが好きで、休暇を兼ねて出場した。

年はまだまだ老人会には加われねぇんだが、この地域は過疎化で人口が少いということで、老人会主催のカラオケに変更され、孫、ひ孫の代から老人まで幅広く出場した。

久しぶりに合う同級生たちや、その家族、遠くの親戚などが数百人が集まった。

その老人会の会長が、この土地の最年長だったお潮婆さんだったんだ。

俺は、その大会で準優勝した。

景品は米、味噌、そして1万円の金一封。

優勝は、可愛い3歳の女の子だった。

正さんのひ孫だったんだ。

優勝賞品は、何と牛肉10キロ、ハム・ソーセージセット、そして賞金は10万円。

正さんの喜びようはなかった。

賞品ではなく、ひ孫のゆきちゃんが、歌手になれると確信していたみたいだった。






「あんなに楽しんでいたお潮婆さんが、熊に食い殺され、死んだ・・・」

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孤独の山小屋 138億年から来た人間 @onmyoudou

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