第2話 事故
令和6年1月2日
天候晴れ
気温零下3度
今日の朝食を作る際、宿泊中の女性二人が手伝ってくれた。
まだ20代の若者だが、この世にも僅かに人との関わりを大事にする若者がいたことは、正月早々、縁起のいい出来事だった。
雪のない正月の山。
観光登山客が少ないという大方の予想が外れ、山小屋の予約は既に満室お断りとなった。
雪がないことでかえって登山しやすい環境が整ってしまった。
今日もハードな一日となった。
「ねぇ、綺麗。あのお花。なんていうお花かな?」
「ああ、あれはツルリンドウだよ。一輪だけまだ生き残ったんだろうな。この山の名物みたいなものだよ。」
「記念に欲しいなぁ。」
「しょうがないなぁ、ほかならぬ彼女の頼みだから、摘んできてあげるよ。」
「えぇ、本当?嬉しい。気を付けてね。足元崖になってるから。」
「ベテラン登山者だよ、俺は。心配すんなって。」
これがこの事故の経緯だ。
そもそも、この山の草花を摘む行為は禁止されている。
ここは国定公園にも指定されてる場所だ。
しかし、その彼氏の男は、こともあろうに絶滅を危惧されている貴重な花を勝手に摘もうとした。
まあ、天罰が下ったんだろう。
崖に足を滑らせ、30メートル滑落。
救助ヘリを要請した。
しかし、悪いことは出来ないものだ。
ヘリが到着する前から、山おろしの強風が吹き始めやがった。
ヘリが近づくこともできず、救助隊による人力での救出となった。
5人がかりで救出に成功したが、彼氏の男は瀕死の重傷。
風が止む迄待って、ドクターヘリで山のふもとの大学病院に運んだ。
聞くところによると、下半身不随だそうだ。
登山はルールを守るから楽しいんだ。
安全が確保され、達成感を感じる。
当たり前のことをすれば、喜びを感じられるのが登山というものだ。
安全、安心な登山を心がけ、大きな喜びを登山者に味わってもらえれば、俺の仕事にも意味が生まれるんだが・・・
それでも今日も沢山の登山客が、この山の荘厳さ、美に触れ満足顔で下山していった。
朝食を手伝ってくれた若者も「有難う御座いました。」と礼儀正しく挨拶をして、無事に下山した。
事故に囚われることもある。
しかし、俺たち山の主が、安心させなければいけない。
登山は安全で、素晴らしいことを伝えるために。
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