第20話 一緒に逃げよう、と言った主人とそれを受け入れた従者




「ユキちゃん、ユキちゃん」

(……は、る……?)


 ユキは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。

 ユキちゃんと呼ぶのは世界で一人だけ。

 ずっと助けを求めていた、主人だけだ。


「ユキちゃん、起きて」

「は、る……?」

「うん。ぼくだよ、ユキちゃん」


 夢なのではないかとユキは疑った。

 だがここは現実で、カイの部屋のはずなのにハルがいた。突然のことで、ユキは情報を処理できずにいた。


「は、る……? 本当にハルなの?」

「うん」

「わ、たし、ずっと、ハルのこと……」

「うん。耐えてくれたんだよね」

「っハル、ハル、私、私……!」


 ユキが泣きじゃくる。

 ハルはユキを優しく撫でる。


「ごめ、なさ……っ、わた、し、カイに、カイ、に……っ」

「泣かないで、ユキちゃん」

「でも、わたし……っ」


 たくさんカイに染められて、ハルを疑いかけた。助けてほしいと願っても、無理だとわかっていて、でも願わずにはいられなかった。


「ど、して、ここに、いるの……?」

「助けに来たんだよ、ユキちゃん」

「っ……!」


 ずっと、夢で言われ続けた言葉だった。


「ぼくは、ずっと正面から戦ってた」


 それが、当たり前だと信じていたから。


「でも、それがすべてじゃないって思ったんだ。ぼくはユキちゃんを助けたかった。そのためにひどいことをしなければならないなら、ぼくはどうするか考えたんだ。そして、」


 ハルは、心を決めた。


「ぼくは、どんなにずるい方法でも使うって決めたんだ」

「っ、それが、これ?」

「うん。授業をサボってドアを壊して来た」


 見ると、ハルの後ろにあるドアは全壊していた。武器は……持っていない。なら素手で壊したのか。ユキは信じられないものを見る目をした。


「ハル。あんた、いつからそんなに強くなったの?」

「ちょっと鍛えた。あ、もっと壊した方が良かったかな!?」

「……それは過激よ」

「そうかな?」

「……」


 ハルのこういうところは今に始まったことではない。ハルは単純すぎるのだ。


「……ばか」

「そうだね。ごめんね」

「でも、好きよ」

「! ……ぼくも好き。大好き」


 ハルはユキに優しいキスをした。

 そして、ユキの手を取って言った。


「ぼくと、一緒に逃げてくれませんか?」

「! それっ、て……」

「うん。外に逃げる」


 ハルは背負っていたリュックを見せた。食材やタオル、服など、たくさん入っていた。


「ぼく、逃げるよ」


 寮を、家を出るのだとハルは言った。


「ユキちゃんはどうする? ユキちゃんが決めていいよ」

「……わた、しは」


 真っ先に浮かんだのがカイだった。きっと逃げたら、怒って殺しにやって来る。そう思うとすごく怖い。だけど、ユキはハルのことを信じていた。


「ハルと、一緒に逃げたい」

「〜〜っ! ……いいの?」

「うん。ハルと一緒なら、どこにでもいける気がするの」


 怖くて仕方ない。だけどそれは、外でも同じことだ。なら、ユキは賭けに出る。


「……じゃ、行くよ」

「うん」


 ハルは窓を開けてユキと一緒に飛び降りた。


「急ご!」

「っ……うん!」


 ユキは逃げ出した。ハルと共に、永遠に。

 あとから、カイが追ってくるだろう。学校も、ハルの家も、すべて。

 だがそれでも逃げる価値があった。

 二人は全ての束縛から解き放たれたのだ。


「……ありがとう、ハル」

「ぼくからも言わせて。ずっと耐えてくれて、戦ってくれて、守ってくれて、ありがとう」

「……守れてないよ。私は、弱いもの」

「ううん。守ってくれたよ、ユキちゃんは。だからこれからはぼくがユキちゃんを守りたいんだ」

「ハル……」


 ユキがハルに触れる。温かかった。

 生きてる、現実だ、とユキはちゃんと知った。


「逃げて、逃げて、そのあとは、一緒に暮らそうよ、ユキちゃん」

「……ええ。そうね」


 そんな未来は、あるのだろうか。

 ユキにはわからない。

 だけど、あってほしいと切に願った。



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