第16話 従者を取り戻しに来た主人と偽り続けた従者




(どこ、どこ……)


 ひとり、目覚めたハルはユキを探す。

 朝起きた時、ユキは部屋にいなかった。

 柔らかい温もりを感じて寝たところまでは覚えている。だが、そのあとは……。


(どこ行ったの、ユキちゃん)


 ユキは人との接触を極力避けるため、基本的に部屋から出ない。だが今ユキはいない。よく見ると、荷物もなくなっている。


(ユキちゃんのことがバレたなら、ぼくにもいろいろ通達が来るはず。なのに来てないってことは、学校が関与している可能性は薄い。だとしたら、これは……)


 ハルは部屋の隅々を確認した。そして、脱衣所のゴミ箱に小さな紙が捨てられているのを見つけた。


「っ、これ……」


 ハルは紙に書いてあった内容を見て、驚愕した。


―――後悔したくないのなら、明日の早朝に荷物を持って広場に来い


 ハルは全てを悟った。そして、急いで部屋から出た。


(ユキちゃん、ユキちゃん、ユキちゃん)


 ハルは特別寮に走る。


(あの言葉は嘘だったの? ユキちゃん)


 ユキは昨夜、ハルに言ったのだ。


―――ずっと、ハルのそばにいるから。私がハルを守るから。約束する。


 なのに、ユキは消えた。

 どうして、が止まらない。

 涙がボロボロと零れる。

 ハルは足を動かす。

 そして、ユキに会った。


「ユキちゃん!!」

「! ハル……!?」

「っ、ユキちゃん……!」


 だがユキはすぐに逃げた。ハルはユキを必死に追いかける。やっとつながったと思ったのに、長年の夢が叶ったと思ったのに、ユキはハルから逃げている。


「待って! ユキちゃん! ねぇ、待ってよ!」


 なんで自分から逃げるの、と。

 そんなに苦しそうな顔をするの、と。

 聞きたいことがたくさんあって。


「ぼくのことなら気にしないでよ! ぼくのせいでユキちゃんが苦しんでるなら、ぼくにも教えてよ!」

「っ……、ハルには関係ない!」

「ある!! ぼくはユキちゃんが……!」


 でも、無力なハルにはできなかった。


「おい。人の庭で騒ぐな」

「! カイ……!」


 カイがユキの近くに寮から飛んだ。

 そして、ユキの手を強く握った。


「いっ……!」

「逃げる気だったのか? ああ?」

「そ、んなわけ、ないでしょ……」

「……まあいい。今はおまえだ」


 カイはユキを奥に投げた。ユキは受け身を取れず、痛みを堪えてうずくまった。


「ユキちゃん!!」

「おまえは少し静かにしろ」

「っ……」


 カイは髪をかきあげ、ハルを睨んだ。


「で? 何の用だ」

「……ユキちゃんを、返してください」


 二人の間に不穏な空気が流れる。


「無理な願いだ。劣勢なのはわかってんだろ? ここから早く去れ。俺は気が短い」

「……そこまでしてユキちゃんがほしい理由は何ですか」

「それは俺がおまえに聞きたいことだ。おまえにとってユキはそこまで価値ねぇだろ。従者なんて言ってるが、こいつは誰かを守れるほど強くない」

「関係ありません」


 ハルははっきりと言った。


「ぼくが、ユキちゃんを好きというだけで理由なんて十分でしょう」

「!? ……くっ、はははっ! そーゆーことか!」


 カイは腹を抱えて笑った。


「……何がそんなにおかしいんですか」

「ああ、いいや、悪かったな。要は、情が湧いたんだろ? おもしれぇ技術を身につけたなと思っただけだ」


 カイはユキが誘ったのだと勘違いしたらしい。


「どーせ、おまえも見たんだろ? こいつはおまえに助けてほしくて体使って、でも見放されてやって来て。で、おまえは惜しくなったから取り戻しに来た。そうなんだろ?」


 ハルは怒りでどうかしそうだった。


「ユキちゃんはそんなことしない……っ!」

「……」

「ぼくが好きになったユキちゃんは、そんなことしない! 絶対にしない!! 何も知らないのに勝手に決めつけないでください!」

「何も知らない、ねぇ」


 カイは不機嫌そうに言った。


「じゃあおまえはこいつの何を知っているんだ?」

「何って、出会った時から……」

「俺はこいつの過去も、弱いところも、本質も、全部知ってる」

「っ、断言するんですね」

「逆に言わせてほしいな。……おまえはこいつの何を見ているんだ? 強い? 純粋? 全て? 馬鹿馬鹿しい。お前は何も見てない。見えてない。こいつはなぁ、傷つけられるのが怖くてお前のそばにいたんだぞ」

「っ……! カイ、やめて!」

「黙れマシロ。よくもまあ、ここまで偽って信じられて生きてるな」

「〜〜っ」

(マシロ……? ユキちゃんのこと……?)


 たしかにハルは、本当のユキを知らない。

 弱くて、偽って、欺いてきたユキが全てだと信じて疑わなかった。ユキの過去を、カイとの関係を聞かなかった。聞けなかった。


「一つ教えてやる」


 カイは冷たく言い放った。


「こいつは俺と一緒にいることを決めたんだ。……信じられないのなら、こいつの口から現実を受け止めろ」


 カイがユキを前に出した。


「ユキちゃん、嘘だよね」

「……」

「ユキちゃんはそんなことしないって、ぼく、信じて……」

「ハル」


 ユキは辛そうに、ハルに告げる。


「私、カイのそばにいるって決めた」

「っ! ユキちゃ……」

「ごめん」


 そう言うと、ユキはカイの方へと行った。カイはユキが戻ってきたのを確認すると、「二度と来るなよ」と言って寮に入って行った。


「ユキ、ちゃん」


 あれだけ近かったはずのユキが遠い。


「ユキ、ちゃん……っ」


 胸が苦しかった。


―――ずっと、ハルのそばにいるから。私がハルを守るから。約束する。


 そう言ってくれたのは、嘘だったのだろうか。自分のことが好きと言ったのも、嘘だったのだろうか。

 恥ずかしそうにした表情も、照れたときの愛らしい仕草も。すべて、すべて―――。


「ゆ、き……ゆき、ちゃん……っ」


 ハルは嗚咽する。

 悔しくて、悲しくて。


「うそだっていってよ、ねぇ」


 ユキとの思い出は、鮮明に覚えている。


―――ほぅら朝だぞ起きろ〜?


 強くて、


―――えー? 今はハルしかいないもん


 楽観的で、


―――なっ……! かわいいってなによ! かわいいって!


 照れ屋さんで、


―――……好きよ


 素直で、


―――私は、ハルが好き


 愛おしい。


「ユキ、ちゃん」


 なのに今、こんなにも遠い。


「ユキちゃん……っ」


 ハルはそれが信じられなくて、信じたくなくて、苦しかった。


(どうして行っちゃったの、ユキちゃん)

(ごめん、ハル。本当にごめん……っ)


 ユキが特進クラスの生徒になったと知らせが来たのは、ハルが寮に帰ってすぐのことだった。



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