第14話 愛の告白をした主人と愛を受け入れた従者




(クソ……っ)


 ユキはサクから受け取ったを読んで、顔を歪めた。


(全部、根回し済みだったか)


 カイは人の痛いところを突くのがうまい。そして、人の心情も理解している。だからカイは欲しいものを手に入れられるのだ。

 シャワーを浴び終えたユキは、ベッドで本を読んでいたハルに近づいた。


「あ、シャワー終わった?」

「うん。いつも私が一番でいいの?」

「ぼくが何か忘れ物したら取りに行きにくいでしょ?」

「? そう?」

「そういうもんなの」

「ふぅん」

(変なハル)

(ほんと無防備だよね、ユキちゃんは)

「じゃ、ぼく入るね」

「ん」


 ハルが風呂に行っている間、ユキにどっと疲れが押し寄せた。ユキは上の自分のベッドに行く気力がなかったので、春のベッドに代わりにダイブした。


「疲れた……」


 今日カイに会ってユキは確信した。ユキはカイと会うと調子が狂うのだ。だから体調も崩したのだ、と納得した。


(……あ)


 ユキは近くにあったタオルケットを手に取った。そして嗅いだ。


(ハルの匂いだ)


 この匂いを嗅ぐとユキは自然と落ち着く。ひだまりのような、優しい匂いだ。雪はこの匂いが好きだった。

 顔をうずめたり、体に巻いたり。今は全身をハルの匂いでいっぱいにしたかった。そうこうしていると、ハルがやって来た。シャワーを浴び終えたみたいだ。

 ハルはユキの姿を見ると一瞬動きが止まって、それからゆっくりと聞いた。


「……なに、してるの?」

「あ、ハル。ごめん、ベッド借りてる」

「いや、それはいいんだけどさ」


 本音を言えば全く良くないが、とりあえず本題に入りたかった。


「ぼくのタオルケットで、何してるの?」

「ハルの匂い嗅いでた」

「……え?」

「だから、ハルの匂い嗅いでた。あーでも吸ってたって方がしっくりくるかな。それとも……」

「わかった。わかったからちょっと静かにして」

「? いいよ」


 ユキはその間くるくると動く。


(え、待って、めっちゃ可愛い。てか、ぼくの匂いを嗅いでたってどういうこと? なんでくるくる動くの? いや、それよりも今のユキちゃんめっちゃ可愛い。超可愛い。最高なんだけど……じゃなくて!)


 それに耐えられなくなったハルは深いため息を吐く。そして、ユキを抱きしめた。


「ハル?」

「あんまり動かないで」

「はぁ」

(なんで抱きつく? 動いちゃダメなの?)

(まだユキちゃんの匂い残ってる……よかった。ぼくので消えちゃうかと思った)


 ユキはハルがいることに安心感を抱き、ハルは雪の匂いが残っていることに安堵した。どちらにも嬉しいハグだった。

 ハルは数分の間こうして、そして、ユキに二度目のキスをした。


「〜〜は、はる、なにし……」

「静かにしないと隣に聞こえちゃうよ?」

「っ、〜〜っ」


 ハルのセリフはいつものユキのセリフだ。

 ユキはハルを思いっきり蹴って怒りたかったが、それだとハルが怪我をしてしまうし、ユキの声が隣の部屋にいる人に聞こえてしまう。

 ユキにできるのはハルのキスを拒まずに受け入れることだけだ。


(ちょっ、ハル!?)


 ハルの舌がユキの口内に入ってきた。温かくて、柔らかい。一度目のキスは触れ合うだけだったが、今のは完全に侵入してきている。


「ん、んんっ……ん……っ」


 小さな声がユキの口からこぼれる。部屋に響くのは二人が触れ合う音と、ユキの必死に抑える声。

 しばらくして、ハルがユキから唇を離した。そしてユキの耳元でこうささやいた。


「気持ちよかった?」と。


 ユキは顔を真っ赤にして顔をベッドで隠す。恥ずかしくて死にそう、とはこのことを言うのだとユキは知った。

 そんなユキがハルは可愛くて、顔が綻んだ。


「前にも言ったけど、こんなことされたらどうするつもりなの?」

「……っだから、私も前に言ったけど、実際にしなくてもいいじゃない!」

「ごめんね、ユキちゃん」

「もっと謝れ!!」

(そういうユキちゃんも好きだけど……やっぱり)

「っ!」


 ハルがまたキスをした。


(なんなのよ、なんなのよ……っ)


 ユキはハルのキスを拒めない。拒まない。

 抵抗するも、わかっているのだ。ユキはハルからのキスを求めているのだと。甘くて、溶けてしまいそうになるキスを。

 長いキスを終えると、ユキは一言「ハルのばかぁ」と恨みげに言った。


(そんな潤んだ目で言われたら、逆にしたくなっちゃうんだけど)


 なんて、ハルの心境をユキが知るはずもない。


「ユキちゃん」

「……、……っ」


 ハルの顔がユキにさらに近くなって、軽いキスをされた。そして―――


「ぼく、ユキちゃんが好き」

「っ……」

「強いところも、弱いところも、かっこいいところも、かわいいところも、全部、全部好き。大好き」

「なっ……! かわいいってなによ! かわいいって! 一番私に無縁の言葉ナンバーワンでしょ!?」

「ぼくにとっては一番ぴったりの言葉なんだけどなぁ」

「〜〜っ」


 ハルがユキの髪に触れた。さらさらとした髪は、すぐに指の間からすり抜けてしまう。ハルが優しく口付けをすると、ユキはまた羞恥で震えた。

 そんな姿を愛おしむかのような表情に、ユキは乱される。


「ユキちゃん」

「なに……」

「ユキちゃんはぼくのこと、好き?」

「はぁ!!?」


 そんなことを言わせる気か!?とユキは目で言う。だが、ハルは逃してくれなかった。ユキが自分の気持ちを言うまで何度も、何度も、深いキスを重ねた。

 そして―――


「……好きよ」

「!」

「私は、ハルが好き」

「〜〜っ! 本当に?」

「何度も言わせないでよ!」


 恥ずかしいんだから、と言われると、これ以上意地悪はできない。でも、大事なことなのだ。


「ぼく、多分最後までしちゃう」

「……………………、〜〜っ!!?」


 その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。何時間かかってもハルは構わなかった。ちゃんと理解してほしかったのだ。


(するって、え、夜のやつ、だよね?)

(ユキちゃん、知ってるといいんだけど……。さすがにぼくの口から説明するのは恥ずかしいし、そのまま流れでやっちゃうのは嫌だからなぁ)

「正直に教えて、ユキちゃん。ぼくのこと、好き?」


 これは、おそらく、ノーと言うべきなのだろう。主人と従者の垣根を超えて一線を越えるなど、ハルの父親に知られれば即解雇は確定だ。

 だが、ユキはハルのことが好きで。

 ハルで満たされたいと思った。


「っ……!」


 ユキは自らハルの背中に手を回し、キスをした。それが今のユキの精一杯の返事だった。だが、二人にはそれだけでよかった。それだけがよかった。


「愛してる、ユキちゃん」


 二人はつながり、愛を確かめ合った。

 そして―――




「ハル。私も好き。大好き。……だから、ごめんね」




 ユキが、部屋から消えた。



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