第12話 ヒーローの如く現れた主人とヒロインの如く助けられた従者




(平和だ)


 ユキは教室の窓辺からハルを見て思った。

 ダイキに秘密を知られて早一ヶ月。ダイキは誰にも話さなかったし、ユキの秘密を守るのに協力してくれている。

 だから、ダイキ以外の人がユキの秘密を知っているとは思ってもいなかったのだ。


「ユキ様はいらっしゃいますか?」


 教室に来客が現れたのは、昼休みの時間だった。特進クラスの制服を着ている人だった。それを見た時、ユキが思い浮かべたのはただ一人。

 嫌な予感しかしなかった。


「ユキ様ですね」

「!」


 一瞬のうちにユキの前にやってきたその生徒は、恭しく一礼した。


「わたくしはカイ様の従者を務めさせていただいております、サクと言うものです」


 ユキは警戒心を表す。


(話したら女だってバレるもんな)


 睨むのがユキの精一杯の抵抗だ。


「カイ様がお呼びです。ユキ様」

「……」


 おそらく、カイが呼んだのは―――。

 そう思うと、ユキは怖くなった。


(クソ)


 何をされるかくらいわかる。カイのことを一番理解しているのはユキだからだ。


「場所は案内いたします。ついてきてくださいますか?」


 選択肢なんかないくせに、と悪態をつく。

 ユキは立ち上がり、サクに目で「早く行け」と伝える。すると、ハルがやってきた。


「どこに行く気ですか?」

「……それは申し上げられません」

「ユキ……を、どうするつもりで?」

「存じません。カイ様のみが知ることです」

「そう。なら、主人のぼくも一緒に行く権利がある」

「!」

(ハル……!?)


 それはユキにとってこれ以上にないありがたいことだ。だが相手はカイ。ハルも一緒に行くことは可能なのだろうか。


「申し訳ございません。カイ様はユキ様のみをお呼びでして……」

主人ぼくが知らないところで従者ユキを行かせるわけにはいきません」

「……」


 夜、ユキは部屋から抜け出した。

 ハルは寝ている。一度寝るとなかなか起きないので、ハルにバレる心配はない。ユキは必要な荷物を持って、窓から外に出た。

 待ち合わせの場所は寮の少し先にある大広場だ。約束の時間まで、あと少し。

 彼は街灯に照らされてやって来た。


「随分と早いなぁ、


 軽装で現れた彼は、不敵に笑っていた。


「……今はユキよ、カイ」


 彼―――カイは、「どっちでもいいだろ」と言ってユキの方へと歩いた。


「重要なことよ。これから先、のだから」

「そうだったな」


 カイが喜んでいるのは当たり前だ。唯一のお気に入りを手に入れたのだから。


「……震えてるな」

「っ……、悪い?」

「いいや。俺が怖いんだろ? マシロ」

「訂正して。私はユキよ」

「どうせここには二人しかいないんだ。いいだろ別に」

「よくないわ」


 ユキは真っ直ぐにカイを見た。


「私は、ユキよ」


 これだけは、何が合ってもはっきりさせなければならないのだ。


―――今のユキは、昔のように弱いだけのマシロではないのだと。


 カイは「わかったよ、ユキ」と言った。


「荷物はそれだけか?」

「ええ。これ以外に必要なものはない」

「そうか。……行くぞ」


 ユキはカイの後ろをついて行く。特進クラスの生徒が暮らす寮に行くのだ。


(……ごめんね、ハル)


 そこでこれから、ユキはハルと別れて過ごすことになる。これはユキが決めたことだ。ハルにはもちろん言っていない。ハルがユキのことを知るのは明日になるだろう。


(もう、後戻りはできない)


 ユキはすでにカイと契約してしまった。

 だからユキにはもう選択肢がない。

 進むべき道は、一つしかないのだ。


「着いたぞ」


 カイに案内され、ユキは寮に入って行った。



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