第10話 事の重大さをわからせる主人と珍しく動揺する従者




「……ねえハル」

「なあに? ユキちゃん」

「今日も休む必要ある? 私、元気になったよ?」

「だーめ。病み上がりなんだから」


 ハルに促され、ユキはベッドに入る。

 まだ制服しか服がないのでシャツとズボンを履いてベッドに横たわる。


「……ハルも休む必要あった?」


 今日は学校。先程ダイキも「やっべ遅刻する!」と急いで出て行った。


「だって、ぼくがいないとユキちゃんはすぐに動くでしょ? 見張りだよ、見張り」

「はあ。もう好きにすれば」

「うん。ありがと」


 ユキはいい子いい子とハルに頭を撫でられた。「やめて」と言うも、ハルはやめない。


(なんなんだよ、うざったい……。私は子供じゃないんだけど)

(ユキちゃんかわいい……。一人にしちゃうとすぐに不安になるのに、強がってる)


 こういう時はハルの方が強い。それは長年の経験からユキが一番よく知っている。だが認めるのとはまた違う。


「……出てってよ、ハル」

「やだ」

「やだって……」

「ぼくがユキちゃんといたいからいるの」

「ハル……」


 ハルがまたユキの頭を撫でた。


「ユキちゃんは無防備だから、すぐにバレちゃいそうでヒヤヒヤするよ」

「大丈夫よ。私、強いもの」

「うーん……それはわかってるけど」


 ハルがベッドの上に乗った。髪から頰へと手を滑らせる。さらさらとしていて、気持ちいい。


「ハル……?」

「ユキちゃんはさ、自分のこと全くわかってないよ。全然わかってない。だからぼくは心配になるんだよ」


 さらさらとした髪。

 なめらかで温かい肌。

 細い腕。

 自分だけに注いでくれる視線。

 ユキのすべてがハルを魅了させる。


「今のユキちゃんは弱ってるから、こんなぼくでもユキちゃんのこと、止められる。ちょっと力を入れれば、ユキちゃんは動けなくなる」

「そうかもね」


 ユキは否定しない。

 実際そうだと思ったからだ。


「つまり、ぼくができるってことは他の人もできるってことだ。今、ぼくがここを離れれば、ユキちゃんの秘密は知られちゃう。最悪の場合、誰かに攫われちゃうよ」

「……」


 ハルが力を入れた。ユキが顔を顰める。


「ハル。痛い」

「うん。知ってる」


 知ってるならなぜ?とは言わなかった。


「どけて」

「……ねえ、ユキちゃん」

「なに?」

「これがもしだったら、ユキちゃんはどうするの?」


 が誰を指しているのかはわかった。

 ハルは、ユキがカイに襲われることを想定して言っているのだ。


「……蹴って逃げる」

「やってみて」

「……」


 ユキは何もしない。


「やらないの?」

「ハルだもの」

「ぼくじゃなかったらできるの?」

「ええ」

「でも、できるって保証はないよね?」

「……それは」


 ハルが力を弱めた。


「ほらね。だからぼくは学校に行かない。ユキちゃんが心配だから」

「……平気よ」

「平気じゃない」

「攫われる前に他の誰かに見つかって、そいつも捕まるわよ」

「っ……、じゃあこれは?」


 ハルがユキの唇を奪った。

 ユキは逃げようとするも、ハルが腕の力さっきのように強めたせいで逃げられない。


(なにが、起きてるの。なんでハルが私にキスしてんの? なんで、どうして……)


 数秒後、ハルがユキから唇を離した。

 互いに息を整える。先に口を開いたのはハルだった。


「じゃあ……実際にこういうことされたら、どうするの? 逃げられなかったらされるがままになるの?」

「っ、口で言いなさいよ、口で。実際にする必要あった!?」

「しなかったらユキちゃん適当に流して終わるでしょ」

「……よくわかってんのね、私のこと」

「何年一緒にいると思ってんの?」

「それもそうね」


 少し強引過ぎたかと若干後悔するハルだが、キスをしたことに後悔はない。いつかしようと思っていたことでもあるからだ。まさか、こんな形でするとは思ってもいなかったが……。


「ハルのバカ」

「うん。知ってる」

「知ってるじゃないわよ!」

「そっか。ごめんね」


 そう言って、ハルはまたユキの頭を撫でた。優しく、ふわふわとした撫で方だ。ユキはこれが好きで、苦手だ。


(そんなふうに触らないでよ……)

(こうすると、ユキちゃん照れるんだよね)


 珍しく主従らしくなっている。


「何かあったら呼んでね。ぼくはずっとここにいるから」

「呼ばないわよ」

「そっか。おやすみ」

「……おやすみ」


 そうしてユキは眠りについた。

 ハルは自然と笑顔になった。


(好きだよ、ユキちゃん。大好き)


 この想いだけは、声に出さず、呟いた。



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