第8話 平静を保とうとする主人と熱で無自覚に色気がダダ漏れな従者




 学校から戻って来たハルが部屋に入ると、か細いユキの声が聞こえた。


「は、る……?」

「うん。そうだよ。ぼくは、ここにいるよ」


 ユキの額にハルが触れる。


(うーん……若干熱いな。脈も上がってる)


 ハルは幼少期、体が弱かったためこの手の類は慣れている。ユキの様子を観察して、ハルは環境変化による体調不良と判断した。

 ハルは優しくユキの手を握った。

 ユキの体調が悪い時はいつもこうして一緒にいる。不安が和らぐのだ。


「は、る」


 ユキがハルの名前を呼んだ。


「なぁに? ユキちゃん」


 ハルはゆっくりと落ち着いた様子で話した。こうした方が、安心するのだ。


「ごめん、なさい」


 突然の謝罪に、ハルはきょとんとした。


「……どうして?」

「勝手に、離れた。私は……ハルの、従者なのに」

「でも、何か目的があったんでしょ? なら仕方ないよ」

「……」


 ハルは優しい。基本的に怒らない。

 だからユキは胸が苦しくなる。

 おまえは悪い、と怒られたほうがマシだ。

 ハルの優しさに、ユキの心が溶かされる。


「カイって人に、何かされた?」

「っ……ううん、されて、ない」


 今日のところは、とは言わなかった。

 もう何年も昔に少しあった、と言ったら、ハルが心配しそうだったのでユキは言わなかった。言えなかった。


「……ハル」

「なぁに?」


 次の瞬間、穏やかで冷静だったハルが通常に戻った。


「あつい。服脱ぎたい」

「……へ?」


 ユキが重い体を起こす。

 そしておぼつかない動きで学ランを脱ぎ、汗で湿ったシャツのボタンを取り始めた。


「ちょっ、ユキちゃん!? なにして……」

「ぼたん、とってる」

「それはわかるよ!!」


 ハルは思考を巡らせた。


(この場合ってどうするべき!? たしかに暑くて脱ぎたくなるのはわかるけど、ぼくの立場も考えてよ! ユキちゃんは気にしないかもしれないけど目の前でいつもより色気増した状態で服を脱ごうとしないでよ!!)

(寒い、けど、暑い……もうむり……)


 ユキの体からシャツが離れた。


「あっ、あっ……」


 ハルはどうすればいいのかわからず、逃げ込むように脱衣所へ行きタオルを取ってきた。


「これで拭いてユキちゃ……ん!?」

「ありがと、はる」

「ちょっと! なんで、し、下まで脱いでるの!?」

「……? あつい、から」

「〜〜っユキちゃんのばかぁ……」

「は、る……?」

「ああもうわかったよ!」


 ハルは意を決してユキに近づく。


「は、る……」

「〜〜〜〜っ!」


 熱を帯びた瞳と、汗ばむ体。そして、いつもより弱った下着だけを残した裸体に、ハルは羞恥とほんの少しの興奮を抑えようと必死になる。

 そして次の一言により、ハルはこの部屋から一歩も出ることを許されなくなった。


「はる」

「っ、どうしたの、ユキちゃん」

「……て」

「え?」

「からだ、ふいて……?」

「え!?」


 ただでさえ目のやりどころに困ってなるべく遠ざかりたいのに、もっと近づいて……密着する形になれと言っているのだ。

 そのような意図がないにしろ、ユキが熱でうまくからだを動かせないにしろ、この注文は受けるべきだろうか。


「……いいの? ぼくは男で、今ならユキちゃんを押し倒すことだって可能なのに……」

「はるは、そんなこと、しない」

「っ……」


 それはユキの思い込みだ。長年の信頼だ。

 だが、これはユキの願いでもある。

 ハルだから、頼むのだ。


(ずるいよ、ユキちゃん)


 どこにも襲わない保証なんてないのに。

 いつもユキはハルを試しているような気がする。


「……わかった。からだ、拭くよ?」

「ん……」


 ユキがハルに体を預ける。

 なるべく視線を避け、意識しないようにと思いつつも、タオル越しに伝わる柔らかな感触は捨てきれない。

 ハルに伝わるユキのすべてがハルを魅了し快楽へと誘っているかのようだ。

 拭き終わると、ハルはゆっくりとユキを寝かせて布団を被せた。さすがに着替えはできそうにない(物理的にも精神的にも)。


(……終わった)


 ハルは疲労感と達成感でいっぱいだ。

 手にはユキの着ていた制服が。これから洗うのだと思うとまた心臓が持ちそうにない。しかし、先程の体験よりはまだ楽だろう。

 そう思うことでハルは精神を保っていた。



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