第7話 穴を掘って埋まりたい反省会

 小学校の教科書を読み終えた後、私は二日間程寝込んでしまった。

 学校付属の医務室に勤務する医者によると、心労と風邪だそうだ。

 私としては、まだまだやりたい事が山積みで、寝込んでる場合じゃないという焦りがあったのだが、同時に、これまでの暮らしとは環境が激変したのだから、知らずストレスが溜まっていても仕方ないかという諦めの気持ちもあった。

 仕方がないので薬を貰って、部屋で大人しく寝て過ごした。

 学校の授業が始まる前で、まだ良かったと思おう。





 その後、新学期開始まで残りの日数が少なくなってきて、寄宿舎に次第に人が増えてきた。

 大半はクローツと同じで小学校を卒業したばかりの若者だが、その枠から外れる年少者や年長者の姿もちらほら見掛ける。

 また、エルフ族や小人族や獣人族といった異種族の姿もある。

 私が暮らす部屋も、これからしばらく生活を共にする同室者が揃った。

 一人目は当然クローツである。相変わらず彼の美貌は凄まじく、周りの者が動くのも忘れて見惚れたりしていたが、本人は至って呑気に、「これからよろしくなー」とにこやかに挨拶して回っていた。


 二人目は小人族で、見た目は幼児だが、その大きさは人間の赤ん坊程度の大きさだった。

 黒目が大きくてクリクリしていてとても可愛らしい、小動物系の子だ。

 子供や動物が特に好きな訳でない私ですら、彼を見ていると無性に撫でくり回したい衝動に駆られてしまう、恐ろしい魅力を持っている。

 しかし見た目に反して、人を見下した性格をしているのが難だ。

 名前はアーノルド・レッガート。薄茶の髪に琥珀色の瞳をしている。

「同室のよしみで、余をノルドと呼ぶのを許そう」と、小さな身体で偉そうに胸を張って言うので、私達はノルドと呼んでいる。

 見た目も幼いが、実年齢もまだ10歳だそうだ。どちらにしろ若い。態度は一番デカイが、室内最年少だ。


「余は偉大なるテトラ族ぞ」

「ふーん。でも冒険するには、移動が大変そーだな。歩幅小っちゃいし」

「そなたらが余の足となれば無問題だ」

「足!?」

「余は、移動の足を確保する為に、態々この学び舎まで来てやったのだ!」

「どーいう理由だそれはーっ!!」

 ノルドとクローツが頻繁に口喧嘩するので、部屋が一気に賑やかになった。正直ちょっとうるさい。

 そしてこの二人、しょっちゅう口喧嘩しているわりに、じゃれあっているようなもので、仲は別に悪くない。私から見ると不思議な間柄だ。


 四人目はエルフ族だ。見た目は7歳くらいの少年だが、実年齢は私と同じ19歳になるという。エルフ族は理想の泉に入らずとも成長が遅く、寿命も人より長いのだそうだ。

 名前はシェルカール・ラーズレエア。こちらも「吾の事は、シェルとお呼び下さいますよう」との事なので、通称で呼んでいる。

 ……シェルもノルドも言葉遣いが妙だが、そこは個性なのだろう。

 銀髪に紫の瞳をした彼も、クローツに然程劣らぬ美貌の持ち主だ。流石はエルフ、美しいのは種族的特徴か。


「シェルはなんで冒険者になろーと思ったんだ?」

「父母より武者修行の旅へ出るよう申し付かりまして。吾は未だ若輩者故、まずは世間を知る為にこちらで学ぼうと思った次第であります」

「武者修行って、エルフの優美なイメージとは程遠い気がすんな」

「吾が家は、代々続く武士の家系であります故」

「武士!?」

「エルフって弓使いのイメージがあるけど、シェルの武器は?」

「吾は刀の使い手であります」

(この世界にも刀があるのか。私より前にも、日本から落ちて来た人がいたのかな)



 ……それにしても、随分と個性的な面子が集まったものだ。

(しかし、私とクローツ以外は見た目子供とは。……クロス教官、完璧に弟の同室者を安全圏で固めたな)

 弟に過保護な兄に、ちょっと呆れる。

 安全圏ではあるが、同室者の面々は変り種ばかりだ。私だって異世界人だと考えると、この部屋で普通の人間なのは、クローツただ一人だけである。

 そうして、その過保護ぶりに呆れていたら、新学期が始まる前日になって、意気消沈したクロス教官からこっそりと、担当官の交替を伝えられた。





「……担当入れ替えって」

 いきなりの話に驚く。

 そもそも彼には、担当になるからと私の秘密を打ち明けたのだ。それが、新学期が始まる前から担当替えとは、一体何事?

 唖然とする私に、教官は「すみません」と謝る。


「弟の同室者と班分けに関して裏から手を回したのが、同僚にバレてしまいまして。身内だからと贔屓するのは、周りにも本人にも悪影響を与えるだけだと厳重注意を受け、担当交替という処置になってしまいまして」

「う、それは。……真っ当な正論すぎて、反論のしようがありませんね……」

「ええ、不正していたのは私ですし、文句は言えません」


 クロス教官はがっくり項垂れて反省している。同僚から余程きつい説教を受けたようだ。

 弟が心配なのは仕方ないにしても、教官として相応しくない行為だと自覚はあったらしい。

 共犯の私も居た堪れない気持ちになる。幸い、私との取引まではバレていないそうだが、やはり後ろめたい。


「キーセ君には申し訳ない事をしました。君とクローツを同じ班に入れたので、私が担当から外された事で、結果的に君の担当からも外れてしまって。

 ……君の事情を知っている学長に頼めば担当になれるでしょうが、そうなると今度は、どうして君の担当が私でなくばならないのかと、他の教官に不審に思われてしまうので……」

「いえ、いいです。そこまでご迷惑は掛けられません」


 私は観念して首を振った。

 クロス教官は彼なりに、私の秘密を知りながらフォローできなくなった事に罪悪感を感じている。それを知って、私の方が申し訳なくなってきた。

 教官は確かに見返りに取引を持ちかけてきたが、勉強はきちんと教えてくれたし、こまめに面倒を見てくれたのだ。これ以上、無理を押し通すのは申し訳ない。


「元々、こちらの都合で一方的に秘密を打ち明けて、フォローを頼んだだけですから」

 口にしながら改めてその意味を考えて、今更だが、自分の厚顔さに気づく。

 私のやった事とはつまり、無意識に堂々と、「私を優遇してほしい」と頼んだも同然だった訳で。

(うわ。穴があったら入りたい。……寧ろ、穴を掘って埋まりたい。

 確かに私は異世界人だってハンデはあるけど、だからって、自分だけを特別扱いしてもらおうと思っていた性根が恥ずかしい)

 つい勢いで、机に頭をぶつけて反省する。


「キ、キーセ君?」

「これは、私の方が反省しないと」

 突如奇行に走った私の姿に慌てる教官に、頭を机に押し付けたまま答える。

 性別が変わった事を秘密にすると決めたのは自分なのだ。本来ならば学長や教官にだって秘密を明かさず、自分だけで何とかすべき事項だったのだ。

 無意識に甘えていた。助けて欲しいと縋っていた。

 ……気づいてしまえば、こんなに情けない事はない。



 改めて教官にこちらの心情を話して、二人して溜息をつく。


「私は元より、清く正しくなんて立派な性格はしてませんが、それでも、自分が無自覚に甘えていたと気づくと落ち込みます。……もう少し、マシな人間でいたかった」

「君はこの世界に頼る人もいないのですし、それくらいは甘えてもいいのでは?」

「いえ。結局、冒険者を目指すと決めたのは自分ですから。それに、甘えていい相手に適度に甘えるのと違って、誰彼構わず甘えて当然って態度は、見ていて腹が立つじゃないですか」

 そんな相手とは親しくしたくない。だというのに、そんな行動を自分自身が取ってしまっていた事に、自己嫌悪が募る。


「まあ確かに、甘ったれた男なんて可愛くないですが。でもそう言われると、僕も迂闊にクローツを特別扱いできなくなるじゃないですか。あの子だって、いくら可愛らしくても男の子な訳ですし」

「バレて叱られたからには仕方ないでしょう。それに本当に危険な場面では、自分だけが頼りです。甘やかされるのに慣れてしまっては、命取りになりかねません」

 私の言葉に、教官は切なげに息をついて、首を横に振った。

「わかっていても割り切れないんですよ。クローツは目に入れても痛くないくらい可愛い弟なんですよ?」

「いい歳した大人が涙ぐまないで下さい。取引は別としても、クローツの事はちゃんと面倒見ますから」

「うう、君にそんなふうに言われると、自分が駄目な大人なんだと実感させられます」

「私も先程、自分の駄目さ加減を実感したところです」


 私達は夜遅くの自習室で、思う存分反省会をした。

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