第5話 RPGのような世界だけれど

 私達は三人で街中を歩いている。クローツとの顔合わせを終えた後、商店街に買い物に出たのだ。

 手続きが済んで無事に生活支給金が出たので、生活必需品を最低限揃えなければならない。今着ている服以外には着替えさえないのだ。

 元々自分が着てきた服は女物だった為、神殿の備品の男物の服一式と交換してもらった。なので私が持っているのは、イードとファーシアがくれたナイフと水筒とリュック。そしてトロンカードだけだ。


 以前の私は、やや茶色みを帯びた黒髪と黒目という、日本人にありがちな色味だったが、泉に浸かった事で容姿がかなり変わった。髪の色は漆黒に。そして目の色は紫へと変わったのだ。

 更に、肌の色も少しだけ白くなった。ただ、肌は完全に白くなった訳ではなく、黄色人種の範囲内か、あるいは混血といった色合いくらいかもしれない。よくわからないけど。

 身長も結構伸びて、女性だった時よりも20センチくらい大きくなった気がするのだけれど、それでも歩くのに支障が出る事はなかった。……これも泉の効果なのだろうか。

 以前の自分より整った見た目になれたので満足していたが、多分容姿的には平均内の平凡なレベルだと思う。こちらの人達が全員泉に浸かるから、全体的にレベルが高いからだ。

 でも私個人としては、自分の容姿へのコンプレックスが殆ど解消されたから、満足している。


「キーセって、元の世界でも冒険者だったとか?」

 クローツからそんな質問をされた。

 彼はその神々しい美貌を除けば、話しやすくて親しみやすい普通の男の子だ。かえって私の方が、男性的な喋り方にしようと気を付けているせいで、固い言葉遣いになっている。

 街を行く人々は、彼の美貌に見惚れて動きが止まったり、笑顔で手を振ったり、果物をお裾分けしたりしている。彼はまさしく地元のアイドルなのだろう。

「いや、違う。元の世界では学生だった。冒険者になるって決めたのは……まあ、憧れかな」

「あー、わかるっ。俺も小さい頃から憧れてたしっ!」

「冒険者に憧れる人は多いですよね。魔物を倒すと強くなれますし、老化が緩やかになって、寿命も延びていきます。なので、それを目当てに冒険者になる人も多いですね」

 クロス教官から、聞き捨てならない言葉が告げられる。

「強くなれたり、老化が緩やかになったりするんですか? それって、ゲームのレベルアップのような感じで?」

「あー、確かに。ゲームっぽいかも」

 私の質問に、クローツが先に納得した声を上げた。

 言ってから気づいたが、どうやらこちらの世界にも、RPGのようなゲームは存在するらしい。まあ、私の世界にあったゲームと同じかはわからないが。

「強い魔物を倒す程、沢山の経験値が得られて、レベルが上がりやすくなる。そうった意味では、ゲームと似たシステムですね。確かに」

(おおー! 本気でゲームっぽい世界なんだ!)

 それを聞いて、私の中で冒険に対する憧れがぐんと増した。


「……けれど、正真正銘の殺し合いとなるのですから、時と場合によっては自分が殺される側になりうるという事は、くれぐれも忘れないようにしてください。ゲームと違って、現実にはやり直しも復活もないのですから」

 浮かれていたら、クロス教官から真剣な表情と口調で釘を刺された。

「はい」

「うん」

 私はクローツと二人、神妙に頷いた。

 言われてみれば、いくらゲームに近くとも、現実は現実なのだ。死んでしまえば取り返しはつかない。浮かれてばかりでは駄目だった。



「まあ、にーちゃんの言う通り、死んだらそれまでってのは確かだけどさ。それでもやっぱ、冒険には憧れるよ。

 俺だって風魔法の素質はあるし、剣の修行もしてるし、ちゃんと真面目に冒険者を目指すつもりだぜ! キーセもそうだよな? キーセの魔法素質は?」

 露店売りのお店の人に貰った小ぶりのリンゴっぽい食感の果物をシャリシャリと食べながら、クローツが改めて冒険の話を続け、私にそう質問する。

 まあ、知り合ったばかりの今、お互いの共通点で分かっているのは、冒険者志望で同じ養成学校に入るって事くらいしかないのだ。他に手頃な話題がないとも言える。

「神殿で調べてもらったら、雷魔法の素質があるって言われた」

 私もお裾分けで貰った果物を齧ってみる。リンゴより甘味が薄くて水分が多い気がする。あっさりした風味だ。皮の色は薄い黄色で中の身はリンゴと同じような白だった。甘味としては物足りないが、喉を潤すには丁度いい感じがする。

「おおー雷か!! カッコいいじゃん!」

「雷は、クローツの風のように、防御には向いてない気がするけど」

 まあ私としては、魔法の素質があり魔力も結構高いって言われただけで充分嬉しかったから、種類は何でもいい。役立たずでなければ許容内だ。魔法はやはり憧れだ。

「んー、確かに、雷魔法で防御って……想像つかねー。どーやんの? にーちゃん」

 雷と防御が連想できず、二人で首を捻る。クローツは早々に自分で考えるのを諦め、現役教官である兄へと質問した。

「体の表面近くを電気の膜で覆って、触れたら痺れさせる魔法とかならあるかな? あとはかなりの大技になるけど、敵との間に雷の壁を作るとかかな?」

 流石に弟相手には敬語じゃなく、普通の言葉遣いで返すクロス教官。弟に向ける微笑みは、業務用笑顔と違って温かみがあった。

「なるほどー。攻撃力はめちゃ高そうだし、冒険者向きの魔法だな」

「ああ、私もそう思う」

 クローツの笑顔につられて笑う。魔法を覚えるのが楽しみだ。早く習いたい。



 着替えやタオルや歯ブラシなどの生活必需品を買って歩きながら、気になった質問をする。

「そういえば魔法って、『理想の泉』に入るまでは、誰も使えないのか?」

 確か、力の暴走を防ぐ為、ある程度育ってから泉に入るのだと聞いた。という事は、私のような異世界人と同じく、あの泉に入るまでは、この世界の人達も魔法が使えないのだろうか。

「そうですよ。魔力の強さや備わる属性は本人の資質によって違ってきますが、泉に浸かる事で、その才能が開花するのです。力水は世界の祝福と言われる所以の一つですね」

 クロス教官が答えをくれる。

「力水は魔物除けにもなるしな」

 クローツが他の用途も付け加える。

「ああ、そういえば、傷にも病にもある程度は効果があるとも聞いた」

 私もそれを聞いて、イードとファーシアから聞いた、力水の用途を思い出した。浸かると見た目が変わるとか、飲むと言葉が通じるとか、実際に体験した効果が特に記憶に残ってたけど、そういえば他にも用途があると言っていた。

「大きな怪我を即時回復する程の強い効果はないですが、小さな怪我なら徐々に治っていきますよ。神殿で安く売っていますし、懐に余裕があれば、常に持ち歩いておいた方がいいくらいです」

「検討します」

 補助金とクロス教官との取引くらいしか収入がない今、私にお金の余裕はないのだけど、それだけ有用なら、常備品として用意した方がいいという言葉も頷ける。

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