第3話 所詮天然の美しさには遠く及ばず

 無条件で私を助けて親切にしてくれたイードとファーシアは、とてもいい人達だった。

 巫女のコーセルさんもいい人だった。勢い良すぎるからって、内心でちょっと疑ってしまって、申し訳ない事をした。

 コーセルさんは、私が女だからと泉見張り番を交替した神官さんにも、後できちんと口止めしておいてくれたというのだ。(私はうっかりその人の存在を忘れて、口止めをしていなかった)

 彼らは本当にいい人達である。

 でもまあ、単にあの人達が例外なだけだろう。そしてクロス教官は、ごく普通の人だと思う。

 普通の人だから、私を助けてくれるのは無償ではない。でも、だからといって、別に悪い人でもない。



「君には、弟の周りに注意してほしいんです」

「私に出来る範囲で頑張ります」


 そんなふうに秘密の取り決めをする。

 クロス教官には、学長経由で私の秘密を打ち明けた。

 担当教官である彼には、私のフォローをしてもらうだけでなく、通常の授業時間外に、この世界の常識なんかを習う予定となっている。

 だがそれで、教官に時間外手当てがつくとか、そういうボーナスはないらしい。

 つまり、教官にとっては単なる貧乏くじとなる。私のせいで、彼には迷惑を掛けまくっている。

 だからなのか、クロス教官は学長には内密に、私に一つの条件をつけてきたのだ。

 ……彼には別に、私の秘密を守るメリットはない。なのにこちらの勝手な事情で巻き込んで、フォローを頼むのだから、代わりに私に出来る事があるならする。

 これは立派な取引だ。


「弟は、とても美しい容姿をしているので心配なんです。冒険者志望の子の中には、乱暴な子もいます。

 本当は寄宿舎に入るのも反対なんですが、弟には自分が特別綺麗だという自覚があまりなくて、「寮で友達を作るんだ」と張り切っていて、結局、止められませんでした。

 貴方と弟が同室になるように裏から手を回しますから、弟に危険がないよう、よく見ていてください。

 あと、寄宿舎だけでなく学校でも、私の目の届かない所では出来るだけ一緒に行動して、弟を一人にしないようにお願いします」

「わかりました」

 私は素直に頷いておく。

 正直に言って内心では、過保護だとかブラコンだとか、教官に対して思うところは色々とある。それでもまあ、私でも出来そうな内容であるだけマシか。変な無茶振りをされなくて良かったと思おう。


「弟には、君が異世界人でわからない事だらけなので、一緒に行動して手助けをしてやってほしいと頼んであります」

「うまい言い訳ですね」

「実際、君はまだわからない事だらけでしょう。フォローしてくれる友人が傍にいるというのは、悪い条件ではないはずです」

「そうですね。確かに私も助かります」

「弟は幼い頃から何度も、誘拐されかけたり襲われかけたりと、危険な目にあってきました。いずれも家族が未遂で防ぎましたが、犯人は男も女もいました。なので本当に、弟に近づいてくる相手には、性別を問わず注意して下さい。

 その代わり、空き時間に貴方の勉強をみるだけでなく、内緒でお小遣いも支給します」

「それは大変そうですね。頑張ります」

「戦闘能力自体は、長年剣術を学んできた弟の方が、君より上だと思います。それでも、傍にいて警戒してくれる相手は多い方がいいですからね」


 過去にそんな事件が何度もあったというのなら、身内が過剰に心配するのも納得できた。それに、お小遣いが支給されるという条件も願ったりだ。

 持ちつ持たれつというヤツだろう。確かに悪い条件ではない。

 ただ、弟くんには、私がクロス教官の頼みで彼と行動しているのだという事を黙っているだけだ。

 多少後ろめたいが、大きな問題ではない。目立つ容姿をしていて、しかも過去に何度もそういった危機に晒されながら無自覚な本人にも、少しは問題があると思う。






 そんな訳で、クロス教官の弟と対面した。


「あんたが異世界から落ちてきたってヤツか? よろしくな、俺はクローツ・ガートレーンだ」

「…………ああ。はじめまして。キーセ・イースルーガです」

「あんたのが年上だろ。敬語なんか使う必要ないって」

「じゃあ、そうする」


(ごめんなさい。兄馬鹿とか過保護とか思ってごめんなさい。この人本当に綺麗です。天使ですキラキラです。寧ろ女神です。男の子なのに女神の如き美しさです)

 表面だけは無表情を取り繕いつつも、私は内心でかなり激しく動揺していた。

 無意味にクロス教官に内心で謝罪したり。


(なんかもう、次元が違う)

 自分も『理想の泉』に浸かって、髪や肌が前より綺麗になったとか、スタイルがよくなったとか顔が少しは整ったとか、密かに自画自賛していたけれど、この子はそんなレベルではなかった。


 月光を集めたような金糸の髪に、朝焼けの空のような澄んだ青紫の瞳、どんな陶器より繊細で滑らかな白い肌。

 どんな名人の手による傑作の人形よりも綺麗だ。

 というか、美しすぎて直視できない。


 ……考えてみれば、この世界の人々は全員、一生に一度は『理想の泉』に入るのだ。そこで多少は容姿が整うのだから、整った後の私のレベルで、ようやく平均的になる程度なのだ。

 生まれつき飛びぬけて美しい人とは、まるで格が違う。違い過ぎる。


(これはクロス教官が心配するのもわかる。過剰ではなく、妥当だ)

 綺麗すぎる存在というのは、ある意味で罪だ。

 まあ、慣れればきっと目の保養になるのだろうが。

 しかし今はまだ、そんな事を言えるような心の余裕はない。


「おんなじ学校に入るんだし、遠慮しないで何でも聞いていいからな」

「そ、そうさせてもらう」

 にかっと笑う彼のちょっと乱暴な口調までもが、果てしなく可愛く思える。

 私が女のままだったなら、あるいは恋に落ちていただろうか……と一瞬だけ考えて、すぐにこの子が高嶺の花すぎて、遠くから眺めるのが精々と思い直す。

 まあ、私は外見17で、実年齢19の大人だ。

 比べてこの子は、見た目も中身も、ようやく14歳になったばかり。

 こんな絶世の美形とお近づきになれたのだって、彼の兄が私の弱みを握ってるから、他よりは危険が少ないと判断した結果なのだし。

 余計な欲は身を滅ぼすだけだ。ここはおとなしく、彼の良き友人役を務めよう。


 ……そもそも、私は男と女のどちらに恋愛感情を抱くべきなのかさえ、未だ決めかねている。

 人の趣味嗜好に口出しする気はないが、自分が同性愛という壁を乗り越えられるかは、まだわからない。

 そして今の自分にとっては、男女どちらも、ある意味で同性のカテゴリに入るような気がしている。

 そんな状態では、恋愛なんて考えるだけ無駄だ。仕方なく、開き直って棚上げしている。


 ともあれ今は、恋愛よりも実生活の方が大事だ。異世界人に対して補助金の出る二年の間に、きちんと自活できるようにならないと、頼る人のいない私は、この世界で生きていけない。

 そちらの問題の方が、よほど重要だ。

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