第2話 冒険に心ときめき憧れる

 見知らぬ場所で呆然としていた私を保護して神殿まで連れていってくれたのは、冒険者のイードとファーシアという男女の二人組だ。

 彼らは恋人同士で、もう何年も一緒に冒険をしているのだと言っていた。


 私が二人に最初に会った時は、まるで言葉が通じなかった。(異世界なのだから当然かもしれない)

 けれど、ジェスチャーで彼らが持っていた水筒の水を飲むように何度も勧められて、恐る恐る口にしたら、いきなり言葉が通じるようになったので驚いた。


 彼らが水筒に入れて持ち歩いていたのは、『理想の泉』の水で、『力水』と呼ばれるものだという。

「力水は、その水が湧く所に神殿が建てられるくらいの貴重なものなの。簡易の魔避けにも使えるし、魔物の毒に効く毒消しにもなるし、とても便利なのよ」

 と、ファーシアが教えてくれた。

「そんな貴重なものを、簡単に持ち歩けるんですか?」

「力水は豊富に湧き出てるから、神殿が安めに販売してんだ。だから冒険者は大抵、この水を持ち歩いてる」

 私の疑問には、イードが答えてくれた。

 彼らが力水を持ち歩いていたお陰で、私は異世界ですぐに会話が出来るようになったのだから、幸運だ。言葉が通じるというのは、とても安心する。


 彼らと話をしていて、私は「もし魔法が使えるようになったら、冒険者になるのもいいかも」と、今後の展望に希望を持った。

 元々RPGのゲームとか小説とかが好きだったし、アウトドアも大好きだし、「異世界で冒険」という単語に心踊った。

 現実はゲームのように単純ではないと頭の片隅でわかっていても、冒険者になれるという選択肢が目の前に現れたら、やはりときめいてしまった。



 神殿の『理想の泉』には、私のような異世界人だけでなく、この世界の普通の住人も、一生に一度は必ず入るという。

 赤子の頃に入って、力を無意識に暴走させても困るので、ある程度成長してから泉に入るそうだ。

 その際には泉を管理する神殿に喜捨する(お金を払う)のが普通だが、異世界人がこの世界のお金など持っているはずもないので、無料で使っていいという決まりがあるとの事で。……親切な制度があって助かった。


 イード達に連れられて神殿についてすぐに、「とにかくまずは泉に入るべし」という話になったのだが、泉に入ったら性別が男に変わってしまったので、その後が大変だった。


 ただ、元は女だったのを人に知られて好奇の目で見られたくないと私が必死で訴えた為、それを知る人数は少ない。


 まずは、私を保護してくれた冒険者のイードとファーシア。

 私の「輝星」という名は日本でも、男か女か解り辛いものだったが、「キーセ」ならばこの世界においてそんなに珍しくないと、偽名を一緒に考えてくれたのも彼らだ。

 二人は私が冒険者養成学校に入るのを見届けた後冒険に戻って、今ここにはいないが、私物が何一つない私を気遣って、餞別に、小ぶりのナイフと水筒とリュックをくれた。

 とても気さくで親切な人達だった。異世界に落ちて初めて出会ったのが彼らのような人達で、本当に良かった。


 その二人より先に私の身体の変化を知ったのは、泉を魔物などに穢されないようにと見張り番をしていた、巫女のコーセルさんだった。

(泉の番は通常神官の役目だが、私が女だったので巫女へ交替してくれたのだ。『理想の泉』に入浴しても、大きな変化を齎すのは人生で一度きりなのだそうなので、使用者の人数も限られていて、私の他にはその場に使用者がいなかった)


 その他には、神殿の神官長のグラン様、冒険者養成学校の学長であるオリバー様、私の担任になったクロス教官。合わせて6人である。


 微妙な人数だが、計画的でなかったのを考えれば、秘密を知る人数は少ない方だと思う。神殿を訪れた際は、イードからフード付きのマントを借りて羽織っていたので、他人の目から見て、性別がわかる格好をしていなかったのも幸いだった。



 神殿は戸籍を登録する役目も兼ねている。

 神官長のグラン様は最初、性別が変わったなどの異例の事情を報告せずに、私の戸籍の登録申請するのには渋っていた。

 もし後々、知っていて報告しなかったのが問題になったらという可能性を考えれば、立場上渋るのは当たり前だろう。あとは、他に同じような事例が出た際に参考にする為にも、特殊例はきちんと記録しておきたかったのかもしれない。

 でも私が、「異世界人というだけでただでさえ余計な注目を浴びるのに、これ以上悪目立ちして、騒がれるのは嫌なんです」と必死に訴えたら、最後には折れてくれた。

 目撃者である巫女のコーセルさんも、目の前で性別が変わった事にとても驚いていたが、無闇に面白がらず、大いに同情してくれて、「秘密は必ず守りますわ。神に誓って!」と物凄い勢いで力説してくれた。

 コーセルさんのその台詞が、勢いありすぎて逆にちょっと心配になったが、ここは彼女の良心を信じるしかない。



 ……その後、無事に戸籍登録を済ませた後、冒険者になると決めて冒険者養成学校に入る事にした。

 この世界の常識を何も知らず、武芸の心得もないまま、いきなり冒険に出るなんて無謀な事は、とてもする気になれなかったから。

 イードとファーシアはとてもいい人達だったけど、出会ったばかりの他人である彼らにずっと頼り続けるのはやはり迷惑だろう。

 この世界では、不本意に落ちてきた異世界人は原則として2年間は生活費を支給してもえらるという優遇制度があり、学費も低利子で貸してもらえると聞いて、私はそう決断した。


 本気で命の危険がある職業につくなら、最低限のノウハウを手に入れてからでないと。

 冒険には憧れているけど、別に死に急ぎたい訳ではないのだ。




 養成学校の学長と担任教官に私の事情をあえて打ち明ける事にしたのは、私が挙動不審な態度を取ってしまった時に、フォローしてくれる人が誰もいないというのも困ると思ったからだ。


 だって、自分の身体でさえ、未だに着替えとかトイレとかお風呂とか、日常生活の色々に躊躇があるのだ。

 学校の寄宿舎は4人部屋で、お風呂やトイレも共有だと聞いて、秘密のフォローをしてくれる存在は必要不可欠だと思ったのだ。


 …………他人の身体を見て絶対に動揺しないという自信など、私にはなかった。

 これっぽっちも、なかった。

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