みっつめ:誰だおっさん。

 さて、俺は今大きな橋の上にいる。昔に想いを馳せながら、大きな川を眺める。ふと、中学時代を思い出してみる。

 さほど友人も多くない中で、よく遊んでくれた割。おかげで退屈な生活じゃなかった、今でも感謝はしている。

 さて、割、いつ来るかなぁ……。



 数時間後。

 さて、俺は今大きな橋の上にいる。昔に想いを馳せながら、大きな川を眺める。

 ……遅い。

 待て、さすがに遅すぎだ。いつまで待てばいいんだ?もう、先に秘密基地行っちまうぞ。

 ……アリ、だな。先に行くか。


 土手を滑り降り、橋の下へを除く。

 木の板でできた壁と、ブリキの屋根と。雨の日なんかは放課後よくここにきて、二人で馬鹿みたいに遊んだりしたっけ。雨漏りも凄かったけど。

 離れたところから見てもその小屋はボロボロで、でも、あの時とは変わりないように見えた。

 さて、とりあえず中に入るとするか……と、小屋に近づいたタイミング。

 何かが焦げるような、燃える匂いが鼻に着く。

 火事?いや、そんなわけはない。

 目を凝らせば、ブリキの屋根が作る隙間から黒煙が上がる。

 火事じゃね!?!?!?

 俺は大地を蹴った。懐かしの小屋が、燃えているのだ。

 割との思い出が、目の前で、燃えてしまうかもしれない。

 さほど遠くない場所から駆け出し、ドアなどない入り口にたどり着く。

 燃える室内を頭に浮かべ、俺は小屋を除く。


 ……


 …………


 ………………


 数秒。

 目が合った。

 

 そこにあったのは、焚火と、割りばしに刺さり銀で包装されたおそらく芋であろう物と。

 焼き芋を美味しそうにほおばる、赤いジャージの女学生の姿だった。


「だ、」

「だ。」


「誰だお前っ!」

「誰だおっさん。」


 瞬きを数回。わずか3秒ほどの間を置いて、口を開いた。

 切迫した俺とは違って、どこか悠々とした態度の女学生は、その瞳を俺に向け続ける。

 ファスナーの開いた赤いジャージを羽織り、白いシャツに紫のスカートの、どこか見たことのあるような制服を身に纏う。どこか眠たげな瞳はぱっちりと開かれ、少なくとも俺の存在にびっくりはしているようだ。焼き芋を咀嚼しながら、ピンクのスマホをいじる。焦げ茶色のボブヘアーが、ふわりと揺れている。


 一言目から更に静寂が続いた後、女学生は焚火のほうに目をやる。

「あちゃちゃ、焦げちゃう焦げちゃう。」

 くるりと割りばしを回し、銀の包装はかさりと音を立てる。

 ただひたすらにのんきなそんな姿を見て、俺の心境はもはや呆れとも呼べるような感情に支配されていた。

 

「い、いや…」

「お前、焚火なんてしてたらそりゃ人も来るだろ……」


 いろいろと言いたいこともあったが、それどころじゃない。

 この女学生、焚火で黒煙を上げている立場の癖して、来た人に対し「誰だおっさん」とのたまったのだ。

 普通!橋の下から!黒煙が上がってたら!

 人は来るだろう!

 あと!俺は!


 おっさんじゃな~~~い!!!


「あ、それもそうかぁ。」

 だらだらとした口調で、女学生は答える。

 あぁ、なんか、俺こいつと話したくね~。会話が難しいタイプだろこいつ。いや、俺は言える立場にいないけどさ。


「まぁまぁ、そんなピリピリしないで~。おっさんも、ど?焼き芋。」


 女学生は、銀で包装された芋を1つ抜き、軍手でつかみ、割り箸をこちらに向けて渡す。

 いらん、と言いたかったが……。


 ぐぅ。


 くそう、正直な俺の腹め。これじゃ拒否もできないだろう。


「い、いただこう……。……いや待て、俺はおっさんじゃない!これでもまだ24だ!」

「え?そうなんだ。老け顔だからわかんなかったや~。」

 にへらと笑いを浮かべる女学生に、呆れを越してもはや軽蔑さえ覚える。

 銀の包装を剥けば、そこにはくすんだ紫色が姿を現した。ホカホカと蒸気を上げ、顔を温めていく。割ってみれば、鮮やかな黄色が待っていた。いい匂いが鼻を刺し、今すぐにでも食べたくなる。


 ぐぅ~。


 先ほどよりも一際大きな腹の音を立てる俺を、女学生が笑っているような気がしてくる。

 どうだっていい!もう、食うしかない!


 はふっ。


 あつあつの芋を一口ほおばれば、その熱さに口内が火傷してしまいそうだ。

 ただ、ただ。美味い、すごく美味い。

 なんてこった。ほくほくと口の中で崩れる芋は、適度な蜜を垂らしながら口の中で溶ける。

 秋の風物詩、さつまいも。久々に食べたが、こんなにもうまいとは。この芋が上手い芋なのか?それとも、この女学生が芋を焼くのが上手いのか?

 いや、落ち着け。何イモ食って幸せになっているんだ。

 姿勢を正し、芋を片手に女学生を指さす。

 

「おい!女学生!なんでこんなとこに居やがる!」


 正直滅茶苦茶なことを言っている。理解しているさ、そんなこと。

 冷静に判断ができない俺は、こう聞くしかできないんだ。


「じょ、女学生って……。えーっと、普通に芋食べてるだけ~……だけど?」


 うーむ、そのまんまの答えが来た。見りゃ分かるよ。

 

「おっさんこそ、なんでこんなとこに?あ、煙みておなかすいちゃった?」


 半分正解で、半分不正解……いや、5分の4くらい不正解か。

 そもそも、煙みて「わ~おなかすいた~」はならんだろ、阿呆か。

「阿呆か。」

 やばい。口から出た。

「なぬ。おっさんやるね。初対面に悪口とは、恐れ入った。」

 けらけらと笑いながら、俺を嗤う女学生。くっ、ぬかったか。

「くっ……橋の下から煙が上がってたら、誰でも心配になるだろう!」

 秘密基地の様子を見に来た、なんて言ったら、馬鹿にされるに決まっている。ここは、優しい大人ムーブをかまして……――


「よ~う真門!元気してたか~!秘密基地、中どんな感じだ~?」


 後ろから肩を組まれる。あ~~~~~~、タイミング悪すぎだろお前……。


 確かな絶望を感じながら、俺は天を仰いだ。

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