第29話 解消された悩み

ゲーセンでしばらく遊んでいる内に日が暮れ始めた。

夕食の準備をする必要があるため、そろそろ帰ることにした。


俺たちは横並びに、行きよりも少し近い距離で共に駅へ歩いていた。

きっと世話係とお嬢様という関係ではなく、普通の友達として今日一日を共にしたからであろう。以前よりも仲良くなれた気がした。


「ごめんなさい。荷物を全て持たせてしまって」


「良いよ。俺が持つって言ったんだし」


服にぬいぐるみと少々嵩張るが、そこまで重いわけではない。

別にかっこつけないとかそんな理由で持ったのではなく、単純に女子に荷物を持たせて、俺は手ぶらっていうのは何だか良くない気がしたからだ。


琴音さんは思ったより可愛い格好に慣れるのが早かった。

知らない人の視線だからというのもあるだろう。だが以前の彼女であれば、こんな誘いをしてくる事もなかったはずだ。

きっと彼女の中で何かが変わったのだろう。

それが俺にとっても嬉しいことだった。





俺たちは他愛もない話をしながら電車に乗り、自宅のある最寄り駅に着いていた。


「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ」


「俺も楽しかったよ。また誘ってくれ」


「…………そ、そうね。また行きましょ」


琴音さんは嬉しそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべそう言った。


「それで、来週から髪型変えるのか?」


「そのつもりよ。今日この格好をして外に出て、………それで気づいたの。私が間違えてたって。だからもう大丈夫よ。あなたには感謝してるわ。ありがとう」


飛び切りの笑顔を浮かべそう言う琴音さん。


彼女にとって可愛い格好をするというのは一つの夢であった。

それがついに叶ったのだ。嬉しくないわけが無い。


「そっか。じゃあ来週からは少し早起きしてもらわないとな」


「どうして?」


「髪のセットに時間かかるから」


「…………確かにそうね」


琴音さんは少し悩ましい顔をした。


「早起きは嫌か?」


「いいえ、嫌いじゃないわ。だって可愛い自分でいるためだもの」


琴音さんはニコリと笑いそう言った。


「そうか。じゃあいつもより30分早く起きるぞ」


「えっ! そんなに…………?」


「当たり前だろ。二人が起きる前じゃないと俺も暇がない」


琴音さんは少し驚いた顔をしていたが、意見が変わることは無かった。

逆に一段と嬉しそうな、期待の籠った表情を浮かべて歩いていた。





「ただいま」

「ただいま帰りました」


俺たちは自宅に付き、部屋に入った。


リビングに向かうと美穂がニヤニヤと俺たちの方を見てきた。


「デートはどうだった?」


美穂さんはそう言って琴音さんに詰寄る。


「楽しかったわよ。とっても」


琴音さんは笑顔を浮かべ素直にそう答えた。


そんな彼女の様子に美穂さんは拍子抜けといった顔をした。


琴音さんはそんな美穂さんを置いて洗面所に向かった。


「何かあったの?」


不思議な顔をした美穂さんがそう言った。


「強いて言うなら大きな悩みが解消されましたね」


「わお、それは良かったね」


そう言う美穂さんは何だかすごく安心たような顔をしていた。


「日高さん………お腹、空きました………」


テーブルにへばりついた状態の陽葵さんがそう言った。


「すぐ夕食を作りますので少々お待ちください」





夕食を済ませ、三人が交代でお風呂に入っていた。


琴音さんが入っている間にこの話は行われた。


「琴音はもう可愛い格好で学園に行くことが出来るんですね」


陽葵さんが嬉しそうにそう言う。


「まだ分かりませんが、恐らく大丈夫だよ思います」


学園にはこれまでの琴音さんを知っている人が多くいる。

前の方が良かったと思う生徒も出てくるだろう。もしそれを面と向かって言われた場合、彼女がどう思うのかまでは、さすがに分からない。


だが今日の様子を見ている限り、きっと彼女は乗り越える事が出来ると思う。


「そっか。じゃあデートは成功したんだね」


「そうですね。とても楽しませてもらいましたよ」


「ふーん」


美穂さんはニヤついた顔でそう言った。


そうしている内に琴音さんが風呂場から出てきたため、この話はここで終わりとなった。


「次、日高どうぞ」


彼女で最後だったため、俺が風呂に入る番になった。


「分かりました」


俺はそう言って風呂場へと向かった。

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