第28話 ゲーセン

 久々のラーメンを堪能した俺たちは満足した気持ちで店を出た。


「美味しかったわね」


「ああ、最高だった」


 やっぱり店のラーメンは一味違うな。


 何て思いながら、俺は久しぶりのラーメンの余韻に浸っていた。


「これからどうする?」


 服を買うという予定も済み、やる事が無くなったため、琴音さんは俺にそう問いかけた。


「そうだな…………特に買いたいものも無いし、帰ってもいいけどな」


 俺がそう言うと琴音さんは少し残念そうに「そうね」と言った。

 どうやらまだ帰りたくないらしい。


 それを知った俺は琴音さんにある提案をする事にした。


「そうだ。せっかくショッピングモール来たんだし、ゲーセン寄ってくか?」


 その提案に琴音さんは目を輝かせた。


「そうね! 行きましょ!」


 琴音さんは俺を急かすようにエスカレーターへと歩いていく。

 俺はそんな琴音さんを見て、無意識に笑みがこぼれていた。


「何笑ってるのよ。早く行きましょ」


「ああ、今行くよ」


 俺は小走りで先を行く彼女に追いつく。


 ゲーセンのある階に付き、俺たちは中に入った。


 薄暗いフロアを照らす、色とりどりの激しい光と騒がしいゲーム音を聞いて、昔の記憶が蘇った。俺と雫にとってゲーセンは数少ない娯楽の一つだった。クレーンゲームもやっていたが、コインゲームの方が良くしていた。200円でどれどけコインを増やせるかによって、その日遊べる時間が決まる、というある意味のギャンブルだった。


 だが今日は違う。

 琴音さんはクレーンゲームにあるぬいぐるみに釘付けになっていた。


「これ可愛い!」


 なんて言いながらクレーンゲームのコーナーを回っていく。


「琴音さんは可愛いものに目がないな」


「当たり前でしょ。可愛いは正義よ」


「それは俺も同感だ」


 現に琴音さんを見ているだけで、目の保養が出来ているのだから。


「こ、この猫のぬいぐるみ………可愛すぎるわ!」


 そこには見るからにもふもふとしてそうな丸っこい猫のぬいぐるみがあった。

 のほほんとした顔には愛嬌があり、琴音さんを釘付けにした。


「じゃあこれやってみるか」


「そうね。……でも私、こういうのあまりやったことないから出来ないのよね」


「俺もそんなにやった事ないけど、難しいものじゃないから教えてあげるよ」


「そう? じゃあお願いするわね」


 そう言って琴音さんは100円を入れた。


 この台はボタン式ではなく、制限時間の間、自由に動かせるジョイスティック式のものなのでミスが置きズラく、簡単だ。

 それにぬいぐるみもそこそこの大きさがあるため、掴むのは容易だろう。


 琴音さんはジョイスティックを握った。


「ぬいぐるみの真上まで動かしてみて」


「わかったわ」


 俺の指示通り、琴音さんはジョイスティックを操作してアームをぬいぐるみの真上まで移動させた。


「そしたら横のボタンを押してみて」


「これね。わかった」


 琴音さんはボタンを押した。


 するとアームは二本の爪を広げながら、真下に落ちていく。

 そこに着いたところで爪は閉じ、猫のぬいぐるみをがっちりと掴んだ。


 そしてぬいぐるみを持ち上げていく。


 ───取れる、と淡い期待を抱いた瞬間、ぬいぐるみは落下した。


「……惜しかったわね」


「だな」


 ちょっと持ち上げた瞬間にアームがクソザコになるのほんとにやめて欲しい。

 取れるって勘違いして続けそうになるんだよ。

 それがクレーンゲームの怖いところだ。


 現に琴音さんはもう二回目始めてるわけだし。


 ここのクレーンゲームはバカ正直に直接掴んでも取れるようには出来てない。


 なら別の方法で取るしかない。


 ゲーセンに通っていたあの頃を思い出せ。

 誰かのやり掛けを探し、少ない軍資金で取れそうになっている台を狙い撃ちするハイエナムーブで鍛えた技術を。


「なかなか取れないわね…………」


 そう言いながら三回目を始める琴音さん。


「普通に掴んでも取れなそうだから、転がして取ろっか」


「どうやるの?」


「アームをぬいぐるみのおしりくらいまで移動させるんだよ」


 琴音さんは俺の言った通りにアームを動かす。

 そうして降ろしたアームはぬいぐるみを持ち上げ、ひっくり返した。

 それによってぬいぐるみが穴に近づいた。


 一回、二回、三回と同じ事をし、ついには穴のすぐ傍にまで持ってこれた。

 だがここが一番の難関だ。


 今ぬいぐるみは穴の周りを囲むプラスチックの板にもたれかかった状態になっている。

 ここで一歩間違えれば、最悪振り出しに戻ってしまうのだ。


「これくらいでいいかしら?」


「いや、もう少し後ろだ」


「これくらい?」


「行き過ぎだ」


「じゃあこれくらい?」


「行き過ぎだ」


「もう分からないわ………」


 琴音さんはどれくらい調整すればいいのか分からず首を傾げた。


 仕方ない。


 隣で見ていた俺は琴音さんが握っているジョイスティックに手を置いた。


「ひゃっ!」


 琴音さんは肩をビクつかせ、驚いた素振りを見せる。


「これくらいだ」


 俺は琴音さんの手ごとジョイスティックを動かした。


「ちょ、ちょっと! 日高くん!」


「ん? どうした?」


 俺がそう言いながら琴音さんの方を見ると、彼女は顔を赤く染めていた。


「手が……………」


 そう言いながらジョイスティックの方を指さす琴音さん。


 俺はその方に視線を向けた。


「あっ! ごめん!」


 そう言って俺はバッと手をどける。


 行き場を失った手を焦って台の上に置くと、そこにはアームを降ろすボタンがあり、押してしまった。


 俺の調整は完璧で見事にぬいぐるみを取る事が出来た。

 だがお互い恥ずかしさが残っており、喜びの声を上げることは出来なかった。


 人間とは不思議なものだ。

 一つを事に集中しすぎると、周りが見えなくなることがしばしばある。

 その結果、このような事故を起こしてしまうのだ。


 琴音さんは取り出し口から猫のぬいぐるみを手を取った。


「と、取れて良かったな」


「そうね。……あ、ありがとう」


 琴音さんはぬいぐるみで顔の半分を隠し、俺の方を見てそう言った。

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三大美人なお嬢様達の世話係をしているんだが、頼られ過ぎて困る シュミ @syumi152

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