第26話 デート当日
琴音さんと約束した土曜日になった。
朝、俺が起きると既に彼女は目を覚ましており、寝癖を整えていた。
「早起きですね」
「目が覚めてしまったの」
朝は洗濯物を畳んだり、二人を起こしたりとやる事があるので出かけるのは昼前になる。
なので琴音さんがこんなに早く起きる必要は無いのだ。
「先に朝ごはんを済ませましょうか」
「そうね」
俺は台所に行き、二人分の朝ごはんを用意した。
テーブルに座り、食べ始める。
一口食べたところで琴音さんが口を開いた。
「今日は新しい服を買おうと思うの」
「社交界のですか?」
「社交界はドレスだから違うわよ」
「あっ、そうでしたね」
社交界に出るって話だったから流れで勘違いしてしまった。
「ドレスは陽葵のを借りることになったわ。近々飛翔さんが陽葵の分と一緒に持ってきてくれるそうよ」
「どうして飛翔さんが?」
そういうのは飛翔さんの使用人が持ってくると思っていた。
「分からないわ。陽葵の様子でも見たいんじゃないかしら?」
娘思いの飛翔さんなら、分からなくもないな。
「それか、あなたがちゃんと仕事をしているのか見に来るのかもしれないわね」
ニヤリと笑みを浮かべてそう言う琴音さん。
冗談とは言いきれない事だったため、俺は嫌な妄想をしてしまった。
ちゃんと出来てるよな俺……………。
「そう思うと何だか緊張しますね…………」
そう言う俺を見て琴音さんは慌てた様子で口を開いた。
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないの。それに、もしもの事があっても私が守ってあげるから安心してちょうだい……………」
クビの可能性があるような言い方なのは気になったが、守ってくれるというのは非常に心強いし、ありがたい。
「そこまでして頂けるなんて、感謝します琴音様!」
持つべきものは琴音さんだったかぁ。
「そこまで言わなくてもいいわ。私にとって日高くんが居なくなることはある意味、死活問題なのよ。守るのは当然でしょ」
琴音さんは少し照れくさそうにしながら、そう言う。
「死活問題ですか?」
「だ、だって…………私だけじゃあの髪型は作れないし、他にも色々と……………」
何故かそう言った後、琴音さんは頬赤く染めた。
「もうこの話はいいわ。何だか恥ずかしい」
そう言って琴音さんはそそくさと朝ごはんを平らげ、自分の部屋に戻って行った。
今の可愛かったなあ。
俺は琴音さんのおかげで飛翔さんが来る事への不安を忘れることが出来た。
クビなんてそうそう有り得ないしな。
※
「まさか琴音が日高をデートに誘うとはねぇ」
出かける時間が近いてきたので、俺は琴音さんの髪を整えていた。
琴音さんは陽葵さんから借りた可愛らしいワンピースを着ていた。
昼前なのでさすがの二人も起きており、美穂さんがニヤリ顔で琴音さんをいじっていた。
「デートってほどでもないわよ。買い物に付き合ってもらうだけだわ」
「それをデートって言うんだよ」
「っ……………」
琴音さんは少し頬赤く染めた。
恐らくデートとなると妙に相手を意識してしまうので、緊張するのだろう。
だから彼女はそれを認めたくないのだ。
自分から恋愛をしてこなかった琴音さんはそういう面で意外と純粋なのかもしれない。
美穂さんはそれを言い事に調子に乗っているがな。
「出かけるのでしたら、タメ口で話してはどうですか? 変に気を使わない方が楽しめると思いますし」
陽葵さんは突然、俺にそんな提案をしてきた。
確かに敬語だと、お嬢様の買い物に付き添う世話係感が否めない。
「琴音様、どうしますか?」
「そうね…………」と少し悩んだ後、タメ口で話す事となった。
「じゃあ行ってくるわね」
「行ってきます」
俺たちはそう言ってドアを開けた。
「デート楽しんできてねぇ」
「いってらっしゃい」
美穂さんは最後まで琴音さんにいじっいた。
俺たちはエレベーターで一階におり、最寄り駅まで歩いていく。
琴音さんは美穂さんにデートデートと言われ続けたせいか、何だか緊張しているように見える。
「手でも繋ぐか?」
俺は冗談ぽくそう言った。
すると琴音さんは頬膨らませ、嘘っぽく怒りこう言った。
「ただのお出かけで手なんて繋がないわよ」
「デートでも繋ぐのは恋人くらいだぞ」
「どっちでもいいわ。とにかくこれ以上私をからかわないで。さすがに怒るわよ」
「了解」
駅に着いた俺たちは電車を待つ。
「社交界に出るって言ってたけど踊る相手はいるのか?」
「急にどうしたのよ? まさか私と踊りたいとか言うんじゃないでしょうね」
「もし言ったら?」
「断らせてもらうわ。あなたも変に目立つのは嫌でしょ」
「それもそうだな」
踊る相手がいないんじゃ楽しめないと思って聞いてみたが、この感じ、そういう事は気にしてなさそうだな。
まっ、琴音さんなら当日でも相手は見つかるか。
そんな感じで琴音さんと話しながら、ショッピングモールへと向かった。
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