第25話 休息

 俺は夕食の準備をしていた。

 数種類作る予定なので少し時間がかかる。

 その間、三人は撮り溜めていたドラマを見ていた。


「テスト終わりのこの時間、最高だよねぇ」


「そうですね。解放された感じがして最高です」


 そんな感じで久しぶりにくつろいでいた。

 二人は完全に脱力しており、風が吹いたら飛んでいくんじゃないかと思うほどにソファーにだらんと座っていた。


「手伝ってもいいかしら?」


 琴音さんは台所で慌ただしくしている俺を見て、そう言った。


 断っても引かないだろうしな。


「お願いしてもいいですか?」


 そう言うと琴音さんは少し嬉しそうにこちらに来た。


「鍋の様子を見て置いてくれませんか? アクが出てきたらお玉ですくってください」


「分かったわ」


 琴音さんは陽葵さんほどのポンコツでないため、これくらいなら普通にできる。


 琴音さんは鍋の様子を見ながら、口を開いた。


「あなた凄いわね。世話係の仕事をしながら学年で4位なんて」


「皆様に支えてもらった結果です。私一人なら4位なんて取れてませんから」


「謙遜は良いわ。私たちに教えてもらったとはいえ、あの順位を取れたのはあなたが努力した結果よ」


 確かに努力した結果ではある。

 だが三人に助けられたのも事実だ。そのおかげで解けた問題もたくさんある。


 俺は料理を進めながら、琴音さんに「ありがとうございます」と言った。


 琴音さんはニコリと小さく笑みを浮かべた。


「それより琴音様、アク取ってくれますか?」


「あっ、忘れてたわ………」


 そう言って急いでアクをすくう琴音さん。


 訂正しよう。

 彼女もポンコツだ。


「…………美穂様が残れて良かったですね」


「そうね。日高も支えてくれてありがとう」


「世話係として───いえ、友達として当然のことですよ」


 あの勉強の日々は世話係としてではなく、友達として接してきたからな。


「友達………そう…………」


 琴音さんは何だか複雑な表情を浮かべた。


「テストも終わった事ですし、本格的に文化祭準備を進められますね」


「そうね。あなた、本当にメイド服を作るのかしら?」


「そのつもりですけど」


「そう。分かったわ」


 琴音さんはそう言った後、アクをすくいおえたのか、お玉を置いて「他に何か手伝えることはないかしら?」と言ってきた。


 俺は「皿を並べてください」と頼んだ。


 分かったって何を分かったんだ、という疑問はあったが聞くタイミングを逃してしまったので分からないままとなった。



 ※



「「「いただきます」」」


 夕食を作り終えたため、俺たちは揃って食べ始める。


 緊張と寝不足であまり食べれていなかった美穂さんはものすごい勢いでご飯を食べていく。


「ゆっくり食べなさい。喉に詰まるわよ」


「仕方ないじゃん! 今までちゃんと食べれてなかったんだから」


「急がなくてもご飯は無くなりませんから、ゆっくり食べてください」


 このままだと美穂さんに全部食べられてしまいそうだ。

 だがいつもの調子に戻ってくれたのは嬉しくもあった。


 テスト期間中は美穂さんから明るさが消えてたからな。


 食べ始めて少し立ち、お腹も落ち着いてきたのか美穂さんが口を開いた。


「ありがとね日高」


「? ………何のことでしょうか?」


「テスト期間のことだよ。一緒に勉強してくれてありがと。あの時、ほんとは限界ギリギリで投げ出しちゃいそうになってたから、日高がいてくれて凄く助かった」


「そうですか。…………私も美穂様には頼りっぱなしでしたから、感謝してます」


「二人して寝落ちしてた時は驚いたわ」


 琴音さんがそう言った。


「えっ! そんな事があったんですか!」


 またしても何も知らない陽葵さん。


 そんな感じで嵐のように過ぎ去ったテスト期間は、俺たちの関係を強くする結果に終わった。



 ※



 夕食を終え、三人が交代で風呂に入って行った。


 寝不足のせいか、俺が風呂を上がった頃には美穂さんと陽葵さんはリビングのソファーで眠ってしまっていた。


「子供みたいね」


「気持ちはわからなくもないですけど……………」


 俺たちはどうするか悩んだ末、二人に毛布をかけて、そのままにしておくことにした。


 理由はあまりにも気持ちよさそうに眠っているので、無理に動かして起こすのも悪いと思ったからだ。


「琴音様は大丈夫なのですか?」


「ええ、今すぐ寝たい程でもないわ」


「そうですか」


 俺は使ったフライパンを洗う。


 琴音さんはテーブルの椅子に座り、チラチラと俺の方を見てくる。


「どうしました?」


「っ……………ぶ、文化祭の事なんだけど。今年は社交界に出ようかと思うの」


「そうなんですか。良いと思いますよ」


「でも人前で可愛い格好をするのはまだ怖いの。だけど髪型だけでも今から変えていきたいと思ってるわ」


 琴音さんも少しずつ成長している。


「だから………その…………」


 恥ずかしそうにしながら、言葉を濁す琴音さん。


「休日、一緒に出かけてくれないかしら? もちろん可愛い格好をして」


 俺は思ってもいなかった誘いに驚き、思わずフライパンを洗う手を止めた。


「えっ?」


 俺のこの反応が良くなかったのだろう、琴音さんは一気に顔を赤くし、あたふたし始める。


「別に深い意味は無いわ。ただ知ってる人が多い学校でいきなり格好を変えるのは難しいから、知らない人ばかりの外で慣れてからにしようと思っただけよ。でも一人で出かける勇気は無いから、あなたに付いてきて欲しいと思ったのよ…………」


「あっ、そういうことですか」


「そ、そういうことよ! …………それで一緒に行ってくれるかしら?」


 琴音さんは期待の眼差しを俺に向けてくる。


 あの二人ではなく、俺を選んだ理由は知らないが、頼られたのであれば断る選択肢はない。


「もちろん良いですよ」


「ほんと! ありがとう。じゃあ土曜日空けといてね」


「承知しました」


 琴音さんは嬉しそうな笑みを浮かべながら、小走りで自分の部屋に戻って行った。

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