第24話 テストの後

「日高、お前……………裏切りやがったな!!」


 そう言って洋介が俺に泣きついてくる。


「四位って、お前…………高すぎるだろぉ」


 そう言って悲しそうになっている洋介だが、別に順位が悪かったという訳でもない。

 56位、普通より少し上くらいの順位だ。


「裏切ってないぞ。俺はちゃんと勉強したって言っただろ」


「それでも四位になるとは思わないじゃん。いつもは三位の葉山が五位になったんだぜ」


 まあ美穂さんと同じくらい勉強してたしな。

 ちゃんと結果に結びついたし、俺は満足だ。

 それに完璧な葉山に勝てたのもちょっと嬉しい。


 それと───


「日高くん、ここ教えてくれないかな?」


 クラスの男女、数人が俺に勉強を教えてと頼んでくるようになった。

 別に気があるとか、そういうわけでは無く、単純に人気すぎる三人より、聞きやすいからという理由だ。


「良いよ」


 そんな理由でも嬉しくはある。クラスに馴染めるのは外部生としてもありがたいことだからな。


 でも一つ問題がある。


「それ、数学かしら?」


「こ、琴音さん。そうだけど…………」


「それなら、私が教えてあげるわ」


「良いの!」


 こんな感じで時より、琴音さんに邪魔される。

 どういうつもりなのかはわからんが、誰か───特に女子に勉強を教えていると、たまに睨んできたり、取られたりするのだ。


「お前、桜崎さんに何かしたのか?」


「わからん……………」


 洋介にも分かるほどに露骨なので、どういう意図なのか気になっている。

 怒っているのか、とも思ったが家では普通だし、別に触れてこないので単純に教えるのが好きというだけの可能性もある。


 女というのはほんとにわからん。



 ※



 そうしてお昼になった。


「日高くん、お昼一緒に食べないかい?」


 そう言う葉山が教室のドアの前にいた。


 いつもの爽やかさは半減し、どこかくたびれた具合の悪そうな顔をしていた。

 さすがに二個も順位が落ちると精神的に来るものがあるのだろう。


「…………良いよ」


 俺はお弁当を持って教室を出た。


 前と同じ場所のベンチに座ると、葉山は途端にため息をついた。


「……………まさか、五位まで落ちるとは思わなかったよ。一体何が起きたんだい?」


「強いて言うなら、俺と花沢さんが死にものぐるいで勉強したってだけだ」


「なるほど、それだけか」


 葉山はツッコミを入れる気力もないのか、そう答えた後、コンビニ袋からおにぎりを取りだした。


「陽葵に追いつこうと勉強してたのに、こんなに下がってたら、さすがに失望されてるよね」


「どうだろうな。そういう話はしてこなかったけど」


 まず、葉山の順位知らないんじゃないかな。

 だって陽葵さん、美穂さんの順位まで見て満足したのか、俺の順位すら知らなかったし。

 一緒に住んでる身として少し傷ついたくらいだ。


 だからこの事は葉山には秘密にしておこう。


「そうか。良くはないが、少し安心したよ」


 そう言って葉山はおにぎりを一口食べた。


「君も中々やるね。正直見くびっていたよ。次は負けないよう勉強するから、覚悟しててね」


「ああ、俺も負けるつもりは無い」


 このイケメンに唯一勝てるかもしれない勉強をそう易々手放すわけないだろ。


「話は変わるけどさ。君のクラス、メイドカフェをするらしいね」


「ああ、来るのか?」


「もちろん行くよ。だって陽葵のメイド姿が見れるんだよ」


 当たり前と言わんばかりに真面目な顔でそんなことを言う葉山。


 自覚がない分、余計にキモく見えてしまった。


「葉山のクラスは何するんだ?」


「執事喫茶だよ」


 なるほど、考えてる事はほとんど同じか。


「君も来るといいよ」


「…………考えとくよ」


 いや、行かんわ。

 葉山のいる執事喫茶とか、女子で満席になるだろ。そんなところに俺が行くとか、めちゃくちゃ浮くじゃん。


「売り上げまで負けたくないから僕はこの文化祭、本気で行くつもりだよ。最悪、休憩なしで働いてもいいくらいに思ってる」


「そんな事したらメイド姿の四条さん見れないぞ」


「そ、それでも…………いや、休憩なしはやめとくよ」


「そこは折れるのね」


 そんな感じでお昼は過ぎ去った。



 ※



 そうして放課後となった。

 部活を休んで文化祭準備をしているクラスメイトが数人、教室に残っていた。


 そんな中、帰宅部の俺は手伝うことも無く教室を出た。

 別に準備をサボりたいとかではなく、今日は二人に頼まれ、美穂さんのお祝いをする事になったのだ。


 本人はそんな事しなくて良いよ、と言っていたが二人がそれを良しとしなかった。

 俺自身も乗り気だったため、二人の意見に賛同した。


 夕食は豪華なものにするつもりなので、早く家に帰って準備をしなければならないのだ。


 俺は少し早足に家へと向かう。


 先に教室を出た三人に追いつけそうな勢いだ。


 マンションが見え始めた頃、黒塗りの高級車の前で美穂さんが立っているのが見えた。


 何だ? と首を傾げながらも気にせず歩いていると、物陰から誰かに引っ張られた。


「陽葵さ───」


 俺が言い切るより先に、陽葵さんに口を塞がれた。


「喋らないでください」


 小声でそう言う陽葵さん。


 よく見ると琴音さんも後ろに隠れていた。


「どういう状況ですか?」


 俺の視線には車に乗ったおじさんと美穂さんが話している姿が写っていた。

 何を話しているかはあまり聞きとれないが、美穂さんの様子がいつもと違うのにだけは気づいた。


 どういう訳か敬語で、背筋を伸ばし、礼儀正しくしていた。


「車にいる人、美穂のお父さんなの」


「あの人が……………」


 確かに厳しそうなおっさん顔してるな。


 すると美穂さんは突然お辞儀をした。


 それと同時に車の窓が閉まり、発進した。


 美穂さんは車が完全に見えなくなるまでお辞儀をしたままだった。


「終わったみたいね」


「ですね」


 俺たちは物陰から出て、美穂さんの方に近づいた。


「日高も増えてる」


「何話してたんですか?」


「テストの結果。三位っての見せたらお父さん見るからに動揺してた」


 美穂さんは満足そうな笑みを浮かべてそう言った。


「実家に帰るくらいなら、死んでも三位取るに決まってるもんねぇ」


 ざまぁみろと言わんばかりに車が過ぎ去った方にべーと舌を出す美穂さん。


 そうして俺たちは揃ってマンションの中に入った。


「疑問に思ったのですが、何故、二人は隠れてたんですか?」


 俺がそう言うと二人は美穂の方に視線を向けた。


「だって私あの人、大っ嫌いなんだもん。そんな人に大好きな二人を合わせたくないじゃん」


「なるほど……………」


 ここまで娘に嫌われる事する父親って何者なんだよ。

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