第23話 テスト
あれから一週間、二人が眠った時間に美穂さんと勉強するようになっていた。
最初は彼女の支えになれば、と始めた事だがいつの間にか俺が美穂さんに教えを乞うようになっていた。
そんなテスト期間が続き、ついに前日となった。
俺たちは時より教え合いながらも、自身の勉強に集中していた。
「明日ってほんとに英語と化学だけだよね」
「何回聞くのよ。心配しすぎ」
「だって、もし違う日の教科勉強してたらお終いじゃん!」
美穂さんは緊張のあまりか、嫌な想像ばかりをしていた。
ここまで頑張ったからこそ、失敗したくはないのだろう。
その気持ちは俺たちにも分かる。だから美穂さんから来る同じ質問をしっかりと答えてあげていた。
※
そうしてテスト当日。
「うぅ〜………胃が痛い。朝ごはん入んないよぉ…………」
美穂さんの緊張は限界突破していた。
最終日までこの調子で持つのかと、些か心配だ。
「ゼリーでもいいですから少しでもお腹に入れて置いてください。テストに集中出来なくなりますよ」
「うん。………わかった」
美穂さんはそう言ってゼリーを食べた。
「大丈夫かなぁ………大丈夫かなぁ………」
美穂さんはそう言いながら、頭を抱える。
ここまで弱った美穂さんを見たのは初めてだ。
そんな感じで天邪鬼になっている美穂さんの背中に陽葵さんが近づいた。
そして───
パシッ!!
「いたっ!!」
突然、美穂さんの背中を叩いた。
「不安になりすぎです。美穂はここまでいっぱい頑張ってきたんですから、もっと自信を持ってください」
「そうよ。変に緊張しすぎて実力を出せなかったら悔しいでしょ」
そんな感じで二人は美穂さんを励ます。
「美穂様なら大丈夫ですよ」
「みんなぁ〜…………」
美穂さんは俺たちの方を見て泣きそうになりながらそう言った。
「うん! 私、頑張るよ!」
※
~美穂視点~
ついにテストが始まった。
確かに問題は見ただけで分かるくらいに難しい。だが自分でも驚く程にスラスラとペンが動いた。
中等部の頃までとは違う。
陽葵や琴音に並べるようにと、お父さんに無理やり勉強をさせられ続けたあの日々とは。
お父さんの目をかいくぐり、サボる事ばかりを考えていたあの日々とは。
『どうしてお前はこんな順位しか取れないんだ!!』
テストが終わる度にお父さんから浴びせられる罵詈雑言。
中等部の頃にはもう慣れていたから別に怖いとも、頑張ろうとも思わなかった。
ただただ不快な、『すみませんでしたお父様』とロボットのように謝るだけの時間。
どうしてこんな家に生まれたんだろうと。
どうしてお父さんが出来なかった事を私にやらせるのだろうと。
陽葵や琴音に追いついて一体何になるんだと───。
中等部の頃、成績が右肩下がりになっていったのはお父さんに対してのせめてもの反抗だった。
気づいて欲しかった、こんなやり方で私は二人に追いつけないと。最初から戦う気なんてないと。
でもお父さんは気づいてくれなかった。
少しずつ私の自由が奪われていくだけだった。
さすがに限界だった。
そんな時、二人から一緒に住もうという誘いが来た。
嬉しかった。やっと解放されると。
この地獄から、お父さんから逃げられると。
でも現実は違った。
お父さんは中々認めてくれなかった。
当然だ。
私の成績は下がり続けていたのだから。
お父さんから怒られるのは怖くない、でも反抗するのは怖かった。
だから自分の力で説得するなんて出来なかった。
結局、陽葵のお父さんに頼ってしまった。
三位以内に入れという条件を出されたものの、何とかあの家に住むことを許された。
きっと不可能だと、その条件を出したんだと思う。
確かに今回のテストは親の言う通りにしているだけなのかもしれない。
でも今までとは少し違う。
自分がやりたいと思って勉強をした。
───二人と一緒に居たいから。
───二人に追いつきたいから。
───お父さんを見返したかったから。
だから、勉強した。
確かに自分の力だけではどうしようもなかったのかもしれない。
琴音にも陽葵にも、日高にだって助けられ続けた。
これはその恩返し。
絶対に三位になってみせる。
私は問題を解き続けた。
これまでに無いくらいに頭をフル回転させ、一つのミスも起こさないように注意しながら解いていった。
あっ、ここ日高に教えてもらったところだ。
そんな感じで死にものぐるいで勉強したテスト期間は思ったよりも呆気なく過ぎ去っていった。
ここまで時間が惜しいと思ったテスト期間はなかったと思う。
本気でやるとはこういうことなんだと、初めて気付かされた。
成績発表までの間、私は生きた心地がしなかった。
「大丈夫です! 美穂なら大丈夫です!」
「うん………私なら大丈夫…………」
「もしかしたら私が三位を取ってるかもしれませんね」
冗談ぽくそう言う日高。
「うぅ…………」
「ちょっと日高、冗談にしてはやり過ぎよ」
「すみませんでした美穂様」
そう言って慌てて私に謝る日高。
「私が………私が日高に負けてるわけないでしょ! どれだけ日高に勉強教えたと思ってるのよ」
「それもそうですね。おかげで助かりました」
「感謝してよね」
何故だかは分からない。
日高から掛けられる言葉は二人から掛けられる言葉よりも元気が出るし、自信が持てる。
二人よりも簡単に手の届く、近い存在だからなのかもしれない。
彼には負けたくないと、そう思いムキになってしまう自分がいる。
おかげで少しだけ不安が取れた気がした。
そうして待ちに待った成績発表が行われた。
この学園は中庭の壁に一位から最下位まで、全てが貼りだされる。
なので最下位を取りたくないと大半の人が必死に勉強するのだ。
「わ、私向こうで待ってるから二人が確認してきてよ」
「ダメよ」
「自分で見るべきです」
そう言って私の手を二人が握って無理やり引っ張ってくる。
いざ自分の順位を見るとなると怖気付いてしまう。
抵抗できないと分かった私は、目をつぶって二人の思うがままに歩みを進めた。
「目を開けてください」
「う、うぅ…………」
「ほら、ここまで頑張ってきたんでしょ」
私は恐る恐る目を開けた。
目の前にはすでに順位が張り出されている。
一位 四条 陽葵
二位 桜崎 琴音
二人はすごいな。
やっぱり勝てないや。
この下に私の名前が無かったら、と思うと怖くてその下が見れない。
でも見ないと何も分からない。
私は恐る恐るその下の順位に目をやった
三位 ……………………………花沢 美穂
「うそっ………………」
「おめでとうございます! 美穂!」
そう言って私に抱きついてくる陽葵。
「おめでとう」
そう言って私の肩に手を置く琴音。
「………三位? …………私が…………」
これが現実か分からず、何度も何度も順位を確認してしまう。
「そうですよ! 美穂! 美穂が三位です!」
「やった…………やった! 私やったよ!」
途端に視界がぼやける。
きっと泣いてしまっているからだろう。
こんなに嬉しかった事、達成感を感じたのは初めてだったから。
私は二人を強く抱きしめた。
いつもは離しなさい、と言う琴音も今日だけは許してくれた。
「これからも一緒だね!」
「そうね」
琴音が私の頭を優しく撫でてくれた。
「やりましたね美穂!」
陽葵が一緒になって泣いてくれた。
四位 蒼井 日高
「良くやったな美穂」
日高の、そんな声が聞こえた気がした。
涙のせいで姿は見えなかったけど。
ずっと応援してくれる事だけは分かった。
「うん、頑張ったよ。ありがとね日高」
私の───私たちの最高の世話係。
彼がいてくれて、出会えてほんとに良かったと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます