第22話 頑張ってるな
一階に降りた俺たちはテーブルの上に勉強道具を置いた。
席に座るなり、欠伸をする美穂さん。
本当は眠たいのだろう。
「コーヒーでも入れるか」
「そうだね…………」
俺は立ち上がり、台所へと向かった。
「やっぱり、日高とはタメ口の方が話しやすいなぁ」
「じゃあこういう時だけはタメ口で話すよ。もちろん世話係としてじゃないからな」
「おっ、やったー!」
そんな会話をしつつも、いつものようにコーヒーを入れ、テーブルに運んだ。
「ありがと」
そう言って美穂さんはコーヒーを一口飲んだ。
そうして勉強を再開した。
「日高は眠たくないの?」
「そうだな。俺、どちらかというと夜型だから」
「そうなんだ」
実家にいた時も夜中に勉強をする事が多くあった。そのおかげで生活リズムはめちゃくちゃになり、夜になると逆に元気になるようになったのだ。
つくづく思う、人間は夜行性なのではないかと。
この三人は遅くても日付が変わる前に寝る健康優良児なので、0時を過ぎると眠たくなってしまうのだろう。
「日高、ここ分かる?」
「ん? どこだ」
美穂さんは化学のある問題を指さした。
「あっ、ここ琴音さんに教えてもらったところだ。分かるぞ」
「ほんと! じゃあ教えて」
そう言って美穂さんは俺の隣の席に移動してきた。
「───こうすれば、後は公式に当てはめるだけだ」
「なるほど………ありがと」
そう言って美穂さんは問題を解き始めた。
「美穂さん」
「美穂でいいよ。その方がしっくりくる」
「じゃあ美穂。数学はどこまで進んだんだ?」
数学の勉強をしている美穂を良く見ていたので、少し気になったのだ。
「一周と半分くらいかな?」
「すご。めちゃ進んでんじゃん」
「数学苦手だからね。まだまだ足りないくらいだよ」
確かに美穂はずっと琴音さんに教えてもらいながら、数学の勉強をしていた。
だが最近は自分だけで解いている姿も見るようになった。
「すごいな」
「ん? 何が」
「いや、すごい頑張ってるなって。ここまで努力できるのは素直に尊敬できるよ」
「…………日高も知ってるんだね。私が必死になって勉強してる理由」
「ああ、琴音さんから聞いた。三位以内に入らないといけないんだよな」
「うん。でも今の自分じゃちょっと厳しいかなって」
勉強はすればするほど、時間が足りないんじゃないかと嫌でも考えてしまうようになる。
膨大なテスト範囲を一周したところで全てが理解出来ている訳では無い。
場合によっては三周してやっと、なんて事もあるのだから。
美穂は今その状態なのだろう。
一分一秒でも時間が惜しい。眠たくても寝れないほどに根詰め過ぎている。
「ほんとにそうか?」
俺はそう言って数学の問題集を美穂の方に寄せた。
「ここの問題、俺に教えてくれ」
俺は難しい応用問題を指さした。
「うわっ、めちゃ難しいとこじゃん。日高性格悪いよ」
「分からないから質問してるだけだ。美穂が分からないなら明日、琴音さんに聞くけど?」
俺がそう言うと美穂は頬膨らまして「出来るし」と言った。
美穂は言った通り、この問題の解き方を教えてくれた。
琴音さんよりも分かりやすく、丁寧に。
きっと何度も解いて理解したのだろう。
「じゃあこっちは?」
「こっちはね───」
そんな感じで俺は分からない問題を質問し続けた。
美穂の口から分からない、という言葉は出ることなく、淡々と解き方を教えてくれた。
「ありがとう」
「もう分からないところはない?」
「ああ、美穂のおかげで全部分かったよ」
俺がそう言うと、美穂はドア顔をしてきた。
「厳しいかもって嘘つきやがったんだな。もうこんなに出来るようになってるのに」
「そうかな? 私はまだまだな気がするけど」
「数学苦手なやつが他人に応用問題を教えられるくらいになってるのがまだまだなわけないだろ。もっと自信持って。根詰め過ぎて体調崩されても困るからな」
「褒めてるのか、文句言ってるのかどっち?」
「どっちもだよ」
俺はニヤリと笑みを浮かべてそう答えた。
「何それ。そこは褒めてるっていうところでしょ」
そう言って美穂も笑みを浮かべた。
※
それから一時間以上、二人で勉強していたところ、横目に映る美穂が手を止めているのが見えた。
やめるのかな? と思い振り向くと、ペンを持ったまま眠ってしまっていた。
「さすがに限界が来たみたいだな。これ以上やっても頭に入らないだろう」
俺は席を立つ。
そして美穂を支えながら、彼女の椅子を引いた。
そうして彼女を起こさないようにゆっくりとお姫様抱っこをした。
席だと腰が痛くなるだろうしな。
俺は美穂を抱っこしながら、ゆっくりと階段を上がる。
起こさないようにと慎重に上がっていたものの、少しの振動でか、美穂が目を開けた。
「あれ…………日高?」
「寝てろ。俺もそろそろ寝る」
「…………まだ……………ううん。分かった………」
眠気には勝てなかったのか、美穂そう言ってまた目をつぶった。
スースーと一定のリズムで寝息を立て可愛らしい寝顔を俺に見せてきた。
熟睡しやがった。
俺は美穂を落とさないよう、慎重にドアを開けた。
そうして彼女をゆっくりとベットに寝かした。
「おやすみ」
そう言って俺は立ち去ろうとドアの方に向かう。
リビングから差し込むに光に美穂の部屋は照らされており、くっきりとでは無いが、何となく置いているものが見えた。
机に山ずみになって置かれた教科書。
置ききれなかったものが椅子の周りに散乱していた。
片ずける余裕もなかったのか、と床に落ちている教科書に手を伸ばした時だった───
「寝ている間に人の部屋を漁るなんて、中々やるね」
「ち、違う。片ずけようとしただけだ」
「知ってるよ」
半目の状態で笑いながらそう言う美穂。
「はぁ〜…………冗談言ってないで早く寝ろ」
俺はそう言って美穂の部屋を出た。
「付き合ってくれてありがと」
「ああ、こちらこそ」
そう言って俺は部屋のドアを閉めた。
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