第21話 焦り

コーヒーを入れた後も勉強会はしばらく続いた。一人で勉強している時より集中できるので、この環境は非常にありがたい。


気づけば、外が暗くなり始めていた。


「お腹が空き過ぎて集中出来ません……………」


陽葵さんもそろそろ限界かな。


「そろそろ夕食にしましょうか」


俺は席を立ち、台所に向かった。


「今日は簡単に作れるものがいいです……………」


「陽葵、すぐに食べたいだけじゃん」


「だって邪魔しちゃいけないと思ってずっと我慢してたんですもん!」


陽葵さんはそう言った後、テーブルに経たりこんだ。


「もう席から立つ元気もありません」


簡単に作れるものか。

ご飯は夕方くらいに炊いておいたから、そこまでの料理じゃなかったらすぐに出来る。


そうだ───


「オムライスはいかがでしょうか?」


「良いですね………それにしましょう」


「お二人もオムライスでいいですか?」


「ええ、良いわよ」


「私は何でも大丈夫!」


ご飯はだいたい何作っても文句を言われないから、やりやすくて助かる。


俺はほんの数分でオムライスを完成させた。


「出来ましたよ」


そう言ってテーブルに皿に盛ったオムライスを持っていくと、陽葵さんが生気を宿したかのように、起き上がり、目を輝かせた。


そんなオムライスは作るよりも早い速度で全員が平らげた。


夕食を食べ終えた後、美穂さんだけは自室に戻り、残りの二人はソファーで寛いでいた。


俺はお風呂を沸かしに行った後、テーブルで勉強を再開した。


「日高くん、意外と体力あるのね」


「全然ないですよ。運動神経悪いですし」


「精神的な話しよ。家事をやりながら勉強もするなんて大変でしょ」


「大変ではありますが、別に無理はしてません。家事をする事は苦ではないですし、勉強も皆様が居てくれたので楽しかったです」


教えたり、教わったり、一人ではできない事をし、お互いに理解を深めていく。

勉強はストレスになるとやる気を無くす。その一番の原因が分からない、だ。それが無いだけでも勉強は捗る。


「そう」


すると琴音さんが俺の隣に座り、再び教科書を広げた。


「……………」


そんな突然過ぎるの行動に俺は思わず琴音さんを見つめてしまった。


「な、何よ。私もまだやっておきたい所があっただけよ」


「そ、そうですか」


突然、隣に座ってきたからびっくりした。


琴音さん、俺に気を使って一緒に勉強してくれてるんだろうな。ありがたい。


「陽葵はやらないの?」


「私はもう限界です…………」


陽葵さんはソファーに寝転んだ状態でそう言った。


「あんな感じで陽葵さんは大丈夫なんですか?」


俺は琴音さんに小声でそんな質問をする。


「ええ、陽葵はあんなんだけど、ずっと学年一位なのよ」


「すごっ。やっぱり天才は違うなぁ。………ちなみに琴音さんは何位なんですか?」


「二位よ」


そう言う琴音さんはどこか悔しそうな雰囲気を出していた。


「ずっと二位なのよ。どれだけ頑張っても少しの差で陽葵には負けてしまうの。悔しくて後悔するから一位を奪奪うのはもうやめたわ」


「そうだったんですね」


まあこの二人の余裕そうな感じからして五位以内ではあると思っていたけど。

まさかの一位、二位だったとは。美穂さん、相当プレッシャーになってるだろうな。


俺も負けてられないな。


そんなところで勉強を再開した。


「これどうするんだっけ……………」


俺は数学のある問題に詰まっていた。


すると隣に座っている琴音さんが何やら周りをキョロキョロをし始めた。

そうして「どこが分からないの?」と言い椅子ごと距離を詰めてきた。


「えっと…………」


俺はさっきの通り、問題集を琴音さんの方に近付けようとした。が、思いのほか琴音さんが近くにおり、このまま問題集を進めてしまうと、胸に触れてしまいそうだったので、寄せれなかった。


琴音さんは俺との距離など気にせず、分からない箇所を教えてくれる。


何か、すごい距離詰めてきてる気がするんだが。


少しの圧迫感がありつつも、柔らかい肌と良い香りのダブルコンボで悪い気はしなかったし、俺から近づいた訳でもないので、そこまで気にする必要も無いと思った。


「───後はこれを代入すればいけるわ」


「ありがとうございます」


あり変わらず教えるのが上手いな。

この調子だったら琴音さん、テスト余裕なんだろうな。


俺はそんなことを思いながら、教えてもらった問題を解いていく。

その間、琴音さんは何故か自分の勉強をせず、俺を見つめてきているのが横目で分かった。


だが俺は気にせず、問題を解いた。


「これで合ってますか?」


そう言って琴音さんの方に振り向いた。


「っ!? あっ、そうね。合ってるわ」


琴音さんは慌てた様子で俺から目を逸らし、解いた問題を見てそう言った。


どうしたんだろ? 今日、何か琴音さんの様子がおかしいんだよな。


すごい、俺を見てくるし…………ん? いや、まさかな。


俺はある考えが頭をよぎったが、流石にそんなわけないとすぐに否定した。





日付が変わった時間。

俺はしないといけない事を終え、そろそろ寝ようかと二階の自室に向かっていた。


いつもは三部屋とも暗くなっているはずなのだが、真ん中の───美穂さんの部屋だけはまだ明かりが付いていた。


寝落ちしてないか、と俺は思い、部屋のドアをノックする。


返事が返ってこなかったので、俺はドアを少しずつ開けた。


そこには真剣な顔で勉強をしている美穂さんの姿があった。


すると人の気配を察知したのか、美穂さんがドアの方に視線を向けてきた。


「わっ! 日高。除き?」


「違いますよ。寝落ちしていないかの確認です」


「えっ、もうそんな時間!?」


時間忘れるくらいってどんだけ集中してたんだよ。


「とっくに日付変わってますよ」


「やばー。でもここだけ終わらせたいからまだ起きてるよ。日高は先に寝て大丈夫だよ」


三位以内に入らないとこの家に居られない、か。


美穂さんはここでの生活を守りたいと思ってるんだな。


「あまり詰め込み過ぎるのも良くないですよ」


「そう言われてもね。来週で一週間前だよ」


「…………確かにそうですね」


それだけ本気という訳だ。


「勉強の邪魔をしてすみませんでした。失礼します」


美穂さんは恐らく三位を目標に勉強している。

一位、二位の二人に勝とうなんて思っていないはずだ。

だがあの二人に追いつけるくらいの勉強が必要。そうなった時、美穂さんに残された手は二人よりも勉強時間を増やすしかない。


だが、この調子でやっていたらきっと続かないだろう。


時間を忘れるほどに勉強をしている。

その中に焦りがないとは言いきれない。


そんな時に分からない箇所が出たら、その焦りが更に大きくなる。


美穂さんはずっと明るい。

その性格が逆に本心を読みずらくしている。


ほんとにあのまま一人にしても大丈夫なのだろうか。


俺は自分の部屋に戻り、少し考えた後、おる策を思いついた。


コンコン


俺はある部屋のドアを叩く。


もちろん返事は返ってこない。


なので俺は容赦なくその部屋のドアを開けた。


「うわっ!? どうしたの日高」


そう言って驚いた顔をする美穂さん。


「まだ起きてるんだよな?」


「うん。起きてるけど…………口調どうしたの?」


俺は美穂さんの問いを無視して話を続ける。


「それなら、一緒に勉強しないか?」


「………………ありがとう。でも私は大丈夫だから、日高は寝て。世話係だからって先に寝ちゃいけないなんてないんだしさ。気使わなくて大丈夫だよ」


「何言ってんだ? 今の俺は世話係じゃないぞ」


「何言って───」


美穂さんは全てを言い終える前に顔をハッとさせた。


「口調の違いでそこまで変わるもんじゃないと思うけどなあ」


「俺にとっては変わる事なんだよ」


これが思いついた策だ。

俺はここに来た時、美穂さんにタメ口でも良いよと言われた。

だが俺は世話係の立場であるからとそれを断った。


そういう所はきちんとしていたかったからだ。


きっと世話係のままで誘っても気を使わないでと断られていただろう。


だから俺は蒼井日高というただの人間として美穂さん誘う事にしたのだ。


「それでどうする?」


「良いよ。やろっか」


そう言って美穂さんは机に置いてある問題集と教科書を持って部屋を出てきた。


「しょうがないから日高に付き合ってあげる」


「ああ、そうしてくれ」


これで良かったのかは分からない。

でも間違えてはいなかったのだろう。


なぜなら、美穂さんが嬉しそうしているのだから。

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