第20話 勉強会

今日は休日。

文化祭の事で盛り上がっていた数日だったが、中間テストの方が先に来るというのを忘れてはいけない。


さすがの俺も焦ってきているので、家事が終わった後はずっと勉強をしている。

そうしていると三人もテーブルに集まり、各々教科書を広げ始めた。


勉強会のスタートだ。


いつも騒がしくしている美穂さんも勉強となると邪魔になら無い程度には静かになる。


それでも完全に静かにならない訳は───


「ここも分かんない! 誰か教えて!」


こんな感じで分からない問題が出ると頭を抱えてそう懇願してくる。


どのような理由があるのかは知らないが、美穂さんは相当勉強に追われているように見える。

他の二人より、勉強をしている姿を良く見る。


「ここはまず因数分解から始めるのよ」


「な、なるほど…………」


琴音さんは理系教科が得意らしい。

勉強をしている素振りは全くなかったのに、美穂さんを教えられるくらいの余裕を持っている。


これが才能か。


俺自身は今のところ分からないところは───無いこともない。


数学の方は問題ないのだが、化学がどうも苦手だ。


「日高さん、分からないところでもあるのですか?」


さっきから同じ問題で手が止まっているの俺を見て察したであろう陽葵さんがそう言ってきた。


「ここの問題なのですが……………」


俺は正直に分からない部分を指さす。


「なるほど、ここの問題ですか……………」


陽葵さんは問題が見える距離まで体ごとこちらに来た。

距離感的には肌と肌がくっ付くくらいだ。


俺は一瞬、ドキッとしてしまったが、陽葵さんが分かりやすく説明してくれているのを聞いて、そんな気は完全に失せた。


「───後はこの公式に当てはめるだけです」


「なるほど、ありがとうございます」


陽葵さん、流石に勉強出来るな。

彼女こそが天才と呼べるのだろう。


「他に分からない問題はありますか?」


「では、この問題も教えて頂けたら幸いです」


「分かりました」


陽葵さんの体が更にこちら側に傾く。

だが、俺はそんな事気にしていなかった。


ただ単純に教えてくれるなら、教えてもらおうという気持ちで望んでいた。


「おぉーい。おぉーい琴音? どうしたの? 日高の方ばっか見て」


そんな美穂さんの声に俺は反応してしまった。


視線を前に向けると、琴音さんがボォーとこちらを見てきた。


その視線に気づいた琴音さんが顔をハッとさせる。


「どうかしましたか?」


「っ……………何でもないわ。少し二人の距離が近いと思っただけよ」


その指摘に俺は陽葵さんとの距離感を再確認した。彼女も同じ事をしていた用で、お互い肩あたりに目がいったところで、ようやく状況を理解した。


「…………すみません」


「いえ、こちらこそ気づかず申し訳ありません」


俺たちはすっとお互いの距離を離す。


「最初から問題集をこちらに移動させておけば良かったですね」


「そ、そうですね」


俺は陽葵さんが体勢を変えずとも見える位置に問題集を動かした。


「琴音〜、私を教えてる時も日高を見てるなんて…………どうしちゃったの?」


「別に、何でもないわよ……………」


そう言いながらも、俺の方を見て少し不機嫌な顔をした琴音さん。


待ってくれ。俺なんかしたか?


俺は数分前までの自分を振り返り、琴音さんの期限を損ねることをしたのかを考えた。


結果───何も分からなかった。


「日高さん、聞いてますか?」


どうも、陽葵さんは教えてくれていたようで、上の空だった俺を見て声をかけてきた。


「あっ、すみません」


「聞いてないなら教えませんよ」


「大丈夫です。お願いします」


すると、俺の肩を誰かが叩いてきた。


その方に振り向くと美穂さんがいた。


「日高、ちょっとそこ退いて」


「えっ、どうしてですか?」


「良いから良いから。陽葵に教えて欲しいところがあって」


「今、私が教えて貰ってたんですけど…………」


「化学なら、琴音も出来るんだし、琴音に教えてもらいなよ」


何か企んでいるかのような笑みを浮かべでそう言う美穂さん。


どういう意図かは知らないが、琴音さんの機嫌を取るチャンスと考えよう。


俺は問題集を移動させ、琴音さんの隣に座った。


そうして問題集を俺と琴音さんの間に広げた。


「教えてください」


「良いわよ」


琴音さんは快く了承してくれた。


「ここはまず───」


琴音さんはさっきの事をまるで気にしていないのか、淡々と分からない所を教えてくれた。


「ありがとうございます」


俺は彼女の言う通りに問題をとき始める。


気にしているのか、分からなくなった俺は琴音さんに直接聞いてみる事にした。


「琴音さん、よく分からないんですがすみませんでした」


「何のこと?」


琴音さんはほんとにわかってないかのように首を傾げた。


「えっ、さっき私の方を見て怒ってませんでした?」


「あぁ〜………あれは別に良いわ。ただの冗談よ」


「そ、だったんですか……………」


まあ、今思えば怒られる理由なんて無かったもんな。


俺は一安心し、問題を解いていった。





「あぁ〜もう限界。一旦休憩」


「コーヒーでも飲みますか?」


「あっ、飲む!」


「いただきます」


「承知致しました」


俺は席から立ち、台所へと向かった。


美穂さんや陽葵さんは疲れのせいか、テーブルに寝そべっていた。


あれ? 琴音さんはどこ行った?


「手伝うわ」


「大丈夫ですよ。お湯を沸かすだけですし」


「良いから、粉だけでも入れさせて」


「? ……………分かりました」


琴音さん、今日は少し変だな。


「日高くん、気になってるわよね? 美穂が何であんなに焦ってるか」


「…………少しは不思議に思いましたね」


「美穂の親は結構、厳しい人でね。最初は私たちと住むことも反対されてたのよ」


美穂さんの性格的に親も能天気な人なんだとか勝手に思っていが違うのか。


「最終的に陽葵のお父さんが話をつけてくれたんだけどね」


さすが、自由を勧めている飛翔さん。


「それでね。美穂、この家に残るのを条件でテストで三位以内に入れって言われてるのよ」


「もし取れなかったら実家に戻されるのですか?」


「ええ、そうね」


だから美穂さん、すごい勉強してたのか。

この家に残っていたいから。それで焦っていたのか。


もしかしたら、この家で美穂さんが自由過ぎるのも、実家ではできなかったから、その反動なのかもしれない。


「今までは何位くらいだったんですか?」


「5位が最高よ。それも中等部一年。それ以降は10位とかその辺だわ」


学年が上がれば、必然的に内容も難しくなっていく。美穂さんはそれに伴って順位が落ちていってるのか。


相当頑張らないときついかもな。


湯を沸かしている内にテーブルでうたた寝をしている美穂さんを見てそう思った。

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