第19話 葉山帝

俺は葉山と共に中庭に来ていた。

彼の片手にはコンビニ袋が握られており、お昼ご飯に見てた。


「ここなら人もあまり来ないし、良いかな」


そう言って葉山はベンチに座った。

俺はその隣に少し間を開けて座った。


葉山がコンビニ袋からパンを取り出した。


「意外とそういうの食べるんだな」


「日常生活はこんなもんだよ。お金があっても無駄遣いしていい訳じゃないからね」


「そうか…………」


昨日の感じからして葉山は真面目なんだよな。


「今更だけど、敬語使わないんだね」


「学園ではタメ口を使えって言われてるからな」


「確かにその方が怪しまれないからね」


葉山は普通に雑談をし、パンかじった。


「…………それで、俺を呼び出した理由は?」


「そんなに警戒しないでよ。別に怒ってないからさ」


俺はその言葉に少し驚いた。


昨日、俺は葉山に対して邪魔ばかりしていた。

怒られる以外の理由があるとは思えない。


「昨日、陽葵に何か頼まれたんだよね?」


「やっぱり、バレてたのか」


「うん。陽葵は分かりやすいからね」


確かにそれは否定しない。


「四条さんが好きなのか?」


「うん。そうだよ」


葉山は隠すこともなく、正直にそう言った。


「小等部の頃からずっとなんだよね。ちゃんと僕の誘いを断ってくれたのは昨日が初めてだったんだけど……………」


「それは悲しいな」


良くここまではぐらかされても諦めようと思わなかったな。

こんなイケメンなのに一途とは、意外と葉山の事は嫌いじゃないかもしれない。


「だから君には感謝してるんだよ。今日はそれを言いに来たんだ」


「別に、俺は何も…………」


「何もしてなかったら、陽葵はあんなこと言わないよ」


幼馴染だもんな。俺より陽葵さんの事は理解しているか。


「律儀だな」


「陽葵の気持ちをやっと聞けたからね。これくらい当たり前だよ」


「意外と大丈夫そうで安心した」


「そ、見えてるなら、安心だよ……………」


葉山は泣きそうな顔を俺に見せてきた。


「わ、悪い」


「でもはぐらかされるよりは胸がスッキリしてるよ」


「諦めるのか?」


「いいや、諦めないよ」


葉山は真剣な眼差しで俺を見てきた。


「そうか。応援してる」


そう言って俺はお弁当を食べ始めた。


「そういう君はどうなんだい?」


葉山から思いもしなかった質問が来た。


確かに警戒するか。

誰よりも陽葵さんに近い存在だもんな世話係って。


でも世話係をしていてわかった。

あの人はダメだ。

家事は出来ない、料理はできない、おまけに部屋を散らかす。

陽葵さんとこの先ずっと居ると確実に身が滅ぶだろう。

死なないためにもあの人を選ぶのはダメだ。


だが、それを葉山に言うのは良くないだろう。


「有り得ないよ。四条さんとはあくまで世話係とお嬢様の関係。それ以上でもそれ以下でも無い」


「…………そうか。それなら安心できるよ」


「安心って、俺が葉山に叶うはずないだろ」


「そうでもないと思うよ。僕からしたら君も立派なライバルだ」


イケメンからライバル認定されるとは………………。


「いや、だから俺は四条さんに何も思ってないって」


「あっ、そうだった」


葉山はそう言って冗談ぽく笑った。





「ひ、だ、か、さん!!」


「何でしょうか陽葵様…………」


家に帰るなり、陽葵さんが頬膨らまして俺の方に来た。


「どうして唐揚げ押してくれなかったんですか!」


「いや、それは…………」


男としてメイドカフェを捨てる訳にはいかなかった。


「日高はむっつりだからね。当然だよ」


「この変態! 今すぐ唐揚げを作ってください!」


そう言って陽葵さんが軽く俺を叩いてくる。


「分かりましたから殴るのをやめてください」


俺がそう言うと陽葵さんは直ぐにその手を止めた。


顔をムッスっとさせながらもソファーに座った。


俺はこれ以上、陽葵さんを機嫌損ねないよう急ぎ、台所へと向かった。


「メイドカフェに決まったのはいいけどさ。衣装とかどうするんだろうね」


「裁縫が得意な人がするんでしょ」


琴音さん、すごい勧めていた割にはそういう作業は丸投げなんだな。


確かに予算を考えると作る選択肢しかないのは事実だ。


俺は鶏肉をタレに漬け込んで揉む。


「日高は裁縫できるの?」


「まあ、人並みには出来ますよ」


俺がそう言うと琴音さんが期待の眼差しを送ってきた。


「やれという事ですか?」


「別に、嫌々やらせるつもりは無いわ。でもあなたなら綺麗に作ってくれそうじゃない」


琴音さんにとって、俺は女子より女子力ある男という認識になっているんだよな。


「嫌ではありません。文化祭ですし、私に出来ることなら手伝いますよ」


「そう。…………なら私も少しは手伝ってあげるわ」


「琴音さんは裁縫が出来るのですか?」


「ボタンを付けるくらいならできるわ」


それくらい出来るなら、十分か。

何気にメイド服を作るのが一番時間かかるだろうし、人手は多い方がいいだろう。


「では、ボタンを付けるくらいは手伝ってください」


「分かったわ」


琴音さんは少し嬉しそうに微笑んだ。


俺はタレに漬けた唐揚げに片栗粉をまぶし、熱した油の中に入れた。


ジュワァと揚げている音が響いた。


それを聞いて陽葵さんは目を大きくして台所を見てきた。


どうやら、機嫌は直ったらしい。


そうしてしばらく揚げて、唐揚げは完成した。


更に盛り付け、テーブルに運ぶ。


陽葵さんは目を輝かせ、今か今かとその皿を見ていた。


席に全員分が揃い、食べ始める。


陽葵さんは一つを唐揚げを一口で頬張った。


サクッという良い音が聞こえたと同時に、陽葵さんが幸せそうな笑みを浮かべた。


「うま〜」


こうして陽葵さんの機嫌は完全に直った。

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