第17話 地獄のお茶会②
「陽葵のクラスは文化祭で出す店は決まった?」
「いえ、まだ決まってないですね」
「そっか。ちなみに陽葵は何がしたいとかはある?」
「せっかくなら、食べ物の店を出したいですかね」
陽葵さんの事だし、唐揚げとかになったらすごい喜びそうだな。
余ったら、隠れて全部食べるんだろうな。
「確かに。僕のクラスもそういった話しが出てきてるよ。今年はいつもより活気があってどうなるか楽しみだよ」
「確かにそうですね」
「ああ、でもテストが疎かにならないかが心配だね」
「よく聞きますからね。高等部一年の時が一番成績が落ちやすいって」
文化祭で食べ物を扱うとなれば、いつ買うのか、どこで買うのか、誰が買いに行くのか、そこから利益を出すために何円に設定すればいいのか、と決めることは多い。
もし、メイドカフェになるのであれば、衣装を作る必要もある。
クオリティを上げるのであれば、時間はいくらあっても足りないだろう。
焦ってテスト期間も捧げてしまう生徒が出るのも不思議じゃないのだろう。
この年に両立の難しさ、と計画の大切さを教えられるという訳だ。
やっぱり、この学園狙ってるよな。
「勉強の方は進んでる?」
「いえ、それがあまり進んでいないんです」
嘘つけ、毎日バリバリしてんじゃんか。
これがテストの結果で裏切ってくるタイプのやつか。
「陽葵もそうなんだ。僕もあまり進んでないんだよね」
いや、だから何でそんな嘘つくんだよ。
さっきテストが疎かにならないか心配、とか言ってたじゃん。
そう言ってる本人に余裕ないなら、この時期にお茶会なんて誘うなよ。
「そろそろ始めないと、とは思っているんですけど、一人だとつい甘えてしまって」
「僕も同じだ…………」
ん? この感じもしかして───
「陽葵、もし良かったら今度一緒に勉強しない? 分からない部分があるから、教えて欲しいんだ」
「え、えっと……………」
やっぱりな。
正直に言っておけば良かったのに。
陽葵さんはテーブルで隠れている手で俺の膝を軽く叩いてきた。
どうにかしろってことか!!
待ってくれ、俺のやる事は監視だけだったはずだよな。
それにこれ以上、勝手に話したら葉山に殺される気がする。
でも、断わったら殺されるじゃ済まない。
俺にとって学園生活は二の次、優先順位は世話係の方が上だ。
俺は頭をフル回転させ、打開策を考えた。
「…………申し訳ございません葉山様。テストまでの間、陽葵様には大切な用がありますので、そのお誘いを受ける事は出来ません」
「僕は君に質問してないんだけど」
「失礼しました」
ほら、怒られたじゃんか。
「日高さんの言った通り、外せない用事がありますのでお断りさせていただきます」
「そっか。少し残念だけど、仕方ないね」
葉山は陽葵さんの事ほんとに好きなんだろうな。
陽葵さんの対応の仕方は葉山が少し可哀想に思う。
それにしても何故、陽葵さんはきちんと断らないんだ? こんな微妙な返答ばかり続けている方が引きづって面倒な気がするのに。
よく考えたら親同士の関係ってだけでこの誘いすら断れないなんておかしい。断るだけでそこまで深刻になるか?
葉山なら、断っても陽葵さんに対して何かするなんて事はないはずだ。
それこそ、親同士の関係が悪くなるなんて大それたことなんて有り得ない。
金持ちならではの問題の可能性もあるが、その程度で壊れるならどの道上手くはいってないはずだ。
なら、考えられるのは一つ。
親に気を使っている。
飛翔さんと葉山の父親が昔からの仲であるのは間違いない。
であれば、陽葵さんと葉山が仲良くしているのはとても嬉しいことのはずだ。
だが、もし二人の仲が悪くなれば、親である二人も少し気まづく感じてしまうかもしれない。
そんなところじゃ無いだろうか。
陽葵さんが葉山に俺を紹介したということは、少なからず彼を信用しているということ。
あえて紹介したということは彼は口が堅い方なのだろう。
であれば、陽葵さんとの関係を親に話すなんてことも無いはずだ。
それなら、何の問題もない。
それに多分、この男は一度や二度断られた程度で凹むようなやつじゃない。
陽葵さんが俺を連れてきたのは、監視のためではなく、ここから逃げる易くするためだ。
「日高さん、時間は大丈夫ですか?」
すみません陽葵様。
「はい。あと五分程ですが」
陽葵さんはまさかの返答に驚愕の表情を浮かべた。
話が違うとでも言いたいのだろう。
そして残り五分という短い時間を葉山に提示した。
言うなら今しかないぞ。
俺は葉山に視線を送る。
葉山はその視線の意味を汲み取ったかのように口を開いた。
「………………陽葵、最後にこれだけ聞いてもいいかな?」
「は、はい。何でしょうか?」
「文化祭最終日の社交界の事なんだけど。踊る相手は決まってるかな?」
「……………決まってませんよ」
陽葵さんは葉山相手にバレる嘘はつけない。
関係が悪くなる原因になりうるから。
「じゃあ、僕と踊ってくれないかな?」
葉山は緊張しながらもそう口にした。
陽葵さんは少し戸惑った顔をする。
そして陽葵さんは俺の膝を手で叩いてきた。
だが、俺はそれに答えない。
俺は黙って席を立つ。
「どこに行くんですか?」
「お手洗いに」
俺はそう言って足早にその場から離れ、トイレの方に向かった。
中には入らず、葉山からは見えないところで立ち止まる。
「待ってください」
すると案の定、陽葵さんが来た。
「どういうつもりですか?」
「陽葵様が私に出した指示は監視のはずです。あの場から逃げる手伝いをするなんて聞いてません。そのつもりであるのなら、最初から誘いを断ればよかったのでは?」
「…………それは………断れないですよ」
「どうしてですか?」
陽葵さんは何か言いずらそうにしながらも黙り込んだ。
「陽葵様、葉山様は本気です。はぐらかしてばかりは良くありませんよ」
「葉山さんは父の親友の息子で、私たちを合わせたのも父なんです。もし彼と私の関係が悪くなったら父が責任を感じてしまうかもしれません。父に迷惑をかけたくないんです」
お嬢様というのは、つくづく親に振り回されっぱなしだな。俺の親より背負ってものが大きいのは確かだし、それは子供にも言えることなのかもしれない。
必要以上に人の目を気にして、神経質になって、悪い方向に進んで行く。
そのほとんどが杞憂である事に気が付かない。
ほんとに───
「バカですか?」
「バ、バカ!?」
「ええ、バカですよ。陽葵様は彼の事を知っているようで、何も知らない。数分見ていただけの私でもわかるようなことにあなたは気づいてません」
「な、なんですか急に」
陽葵さんは頬膨らましてそう言った。
「これまでもあんな風にはぐらかしてきたんですよね? でも今回は逃げられないよう強引に誘ってきたんじゃないですか? だから昨日、あんなに悩んでいた。違いますか?」
「うっ…………あ、合っています」
陽葵さんは悔しそうな顔をしてそう言った。
「もう彼の気持ちにはとっくに気づいてるんですよね?」
「……………はい」
「なら、それに応えてあげるべきです。無理なら無理と伝えなきゃいけません」
「そんな事したら、葉山さんを傷つけてしまいます」
「大丈夫ですよ。葉山様は一度振られたくらいで諦められるような人間じゃないんですから。これまではぐらかされても諦めず、陽葵様を誘い続けてきたのがその証拠です」
「……………確かに。分かりました。ちゃんと伝えてきます」
「では直ぐに席へとお戻りください。私は店の外で監視しながら待ってますから」
「……………分かりました」
そう言って陽葵さんは席に戻って行った。
俺は店の外で二人の様子を観察する。
どうも陽葵さんはちゃんと断ったらしい。
葉山が凹んだ顔をしているのが、何となく見えた。
それに慌てて不器用なフォローをしている陽葵さんが見え、俺は笑ってしまった。
最終的には涙目で俺の方を見てきたが、俺はわざとらしく陽葵さんから目を逸らした。
これは二人の問題だ。
俺の出る幕じゃない。
※
少しして二人は店から出てきた。
「それじゃあ。僕はこっちだから」
「はい。さようなら」
「…………うん。またね」
葉山は肩を落としながら、とぼとぼと歩いて帰って行った。
陽葵さんは頬膨らまし、怒った顔で何かいいかげな顔をして俺を見てきた。
「タメ口がよろしいですか?」
「ええ!! もちろんです!!」
「…………それで?」
「何で助けてくれなかったんですか! 私日高さんの方見ましたよね? それなのに日高さんわざと目を逸らしましたよね? 葉山さん、凄い凹んでたじゃないですか! 私に嘘つきましたね!」
陽葵さんは俺への文句を全て吐き出した。
「それだけ俺への文句しか出ないって事は、葉山と仲が悪くなったわけじゃないんだな」
俺がそう言うと陽葵さんは顔をハッとさせた。
「……………まあそうですけど。何なら逆にちゃんと言ってくれてありがとうって感謝されました」
やっぱり葉山、はぐらかされてたの悩んでたのか。
「何だか悔しいです! 全部、日高さんの言った通りになったじゃないですか!」
「これが不器用と器用の差ってとこかな」
「やかましいです!!」
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